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満月クッキング

カーテンの隙間から差し込む夜の空気がとても明るくて目が覚めた。妙に明るいなあと思っていたら、そのまま眠れなくなってしまった。

何度か寝返りを打ってはみたけれど、ちっともまどろまない。

カーテンを少し開いて空を見上げると、そこには煌々と照らす大きな満月があった。

これまで見てきた満月の5倍は大きくて、2倍はきいろい。

どおりで目も冴えるわけだ。

眠ろうとするのをあきらめて、テレビをつける。

あてもなくリモコンのボタンを押す指が、ある番組に差しかかったところでぴたりと止まった。

頭でそれを気になると思うよりも早く、指先が反応したみたいだった。

やっていたのは料理番組だった。

見たことのない料理人と見たことのない助手がエプロンをつけてにこにこしている。

引っかかったのは、それが屋外だったからだ。しかも、夜。

どこかの屋上のような開けた場所で、空だけを背景に簡素的なキッチンが設えられている。

そしてその空には、今窓の外にあるのと同じ、あまりに大きくてまっきいろの満月が浮かんでいた。

あれ、これ、生中継なのかな。

「さあ、はじまりました、満月クッキング」

「先生、今日は何をつくるんですか」

「はい、お月さまのテリーヌとカナッペ、それからムーンコークをつくっていきます」

「わあ、素敵」

「まずはテリーヌから。月を端から削いでいきます」

そういうと料理人は、慣れた手つきでうしろにある月をくるくると回しながら、その輪郭を削ぎ落としていった。りんごの皮のようにするすると端から月がむけていく。

「お上手ですね」

「コツは、満月の丸い形をできるだけ壊さないようにすることです」

くるくると3周分くらい輪郭を削ぎ落とすと、満月は少し小さくなり、料理人の手元には蓄光石のようにぼんやりと光る月の一部が残った。

「これをゼラチンで固めます。その間にカナッペをつくりましょう」

ボウルに月のかけらとゼラチンを溶いた水を入れたものを冷蔵庫にしまい、さくさくと番組は進行していく。

今度は月をスライスして、その上にクリームチーズやらトマトやら、いろいろなものを乗せていった。どうやら月をクラッカーのようにしてカナッペをつくっているらしい。

「特に合う食材などはありますか」

「月は酸味がつよいので、マスカルポーネのような甘くてコクのある食材がおすすめです」

「なるほど」

月は酸味がつよいのか。ちらりとカーテンを開いて外を覗く。心なしかさっきよりも小さくなっている気がした。

「さあ、テリーヌもそろそろいい頃合いですね」

そう言って冷蔵庫からさっきのボウルを取り出す。

「わあ、おいしそう!」

「最後はムーンコークですが、これはとても簡単で、お好きなコークにお月さまを絞るだけです」

そういうと料理人は月をわしづかみにして、すでに用意されていたコーク入りのグラスにぎゅっと絞った。

光を放ったしずくが月からぽたぽたとこぼれてゆき、コークの中で不思議な具合に混ざり合う。化学の実験を見ているようだった。

「さあ、これで完成です!」

料理人の威勢の良い掛け声で、3品がカメラの前に並べられる。

ライトを照らさなくても、それぞれの料理はぼんやりと光を放っていた。

絞られた月はさっきまでと比べて明らかに小さくなって空に戻された。これまで見てきた満月と同じくらいか、それよりもやや小さいくらいだ。

「ちょっとしたパーティーにぴったりですね」

助手が手を叩いて嬉しそうにそう言う。

そこまで見ると、急にまぶたが重くなるのを感じた。重力に従うようにどさりとベッドへ横たわる。カーテンの隙間から見えた満月は、すっかりいつもどおりの色と大きさをしていた。

「次回は三日月クッキング。これからの季節にぴったりなさっぱりサラダとムーンパスタです。お楽しみに」

わずかに残った最後の意識で、助手がそう言うのを聞いた気がした。

次に目が覚めたときにはすっかり朝で、いつの間にかテレビは消えていた。

新聞のテレビ欄のどこにも「満月クッキング」の文字はなかった。


***

あかるくてさびしい夜はベランダでコークグラスに月を絞って

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