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メレンゲドール

甘いものしか食べないのに、どうしてあたしの体はお砂糖じゃないんだろう。

最後まで誰も手をつけなかったケーキの上のメレンゲドールをフォークの先端でつつきながら、わたしはため息をつく。

いいなあ。わたしもこんなふうに、溶けたり腐ったりしない永遠のお砂糖になってしまいたい。

甘いものしか食べないというハンガーストライキをはじめて今日で3日目。

そろそろ爪先くらいはお砂糖になってやしないかと、トウシューズで地面をとんとんと叩くけれど、ちっとも崩れやしない。

わたしは、大人になりたくなかった。

毎日成長していく自分の体が怖かった。

大人たちは、空っぽなわたしのことを、若いというだけで価値があると言った。それはまるで、秒速でわたしの価値がすり減っていると言っているようにわたしには聞こえた。

大人にならないと大人の気持ちはわからない。大人がいいのか悪いのか、想像すらできない。だからその言葉は、わたしにとっては呪いのように重たかった。

お砂糖だけを食べていれば、いつか体ぜんぶがお砂糖になるかもしれない。そしたらこのメレンゲドールみたいに、永遠に今のままでいられるのかもしれない。

そう思ってわたしは、甘いものしか食べないという決断をしたのだった。

「あんたはいいねえ」

「そうでもないわよ」

相変わらずフォークの先端でなでたりつついたりしながら話しかけていると、不意に答えが返ってきた。

メレンゲドールのお姫さまは、ピンク色のドレスを着て、にっこりと笑顔をつくったまま、ピクリとも動かずぶっきらぼうにそう答えた。

「なんでさ。だって、永遠にきれいでかわいいお姫さまでいられるんだよ、こんなうらやましいことってないよ」

「変わっていくっていうのは、時間を自分の中に積み重ねていけるっていうのは、ほんとうに素晴らしいことなの。歳を重ねれば重ねただけ、人間はどんどん美しくなっていくの」

「そうなの?」

「あなたに”若い”ことの価値がわからないのと同じように、大人には”大人である”ことの価値が、案外わからないものなのよ。でも側から見ているあたしにはぜんぶわかるわ。いくつだろうと、歳を重ねていくという、そのこと自体が素晴らしい」

すごいことを言っているようなのに、もちろんメレンゲドールの表情はぴくりとも動かない。わたしと目が合ってすらいない。

「あたしは、生まれたときから崩れるまで、ずっとこの姿。だから、どんどん変化していくあなたがうらやましいのよ」

「ふうん」

わかったような、わからないような。

シュガーレイズドされた彼女の体は、それでもやっぱりきらきらして綺麗だとわたしは思った。

それきり何を話しかけても答えは返ってこず、少し席を外したすきにメレンゲドールは弟によってあっけなく食べられ、消えてなくなってしまった。

そしてその夜わたしは、夕食のカレーを残さず食べた。わたしとしては久しぶりの甘くない感覚だったのだけれど、結果的にはわずか3日ばかりのハンガーストライキとなった。

大人になることの価値を、わたしはちゃんとわかる大人になろう。

中辛にたくさん汗をかきながら、そう思った。


***

左心房よりお砂糖は運ばれて蜜漬けになるあたしの体

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