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クレセントムーン

満月の夜に変身するのは狼だけど、三日月の夜に猫が変身することを知っている人はあまり多くない。

夜の帳をひっかいた傷みたいな薄い月が三角峠の向こうにのぼるころ、あたしたち猫の瞳の中にも三日月が宿る。

その三日月はやがてめらめらと燃え上がって、全身を包みこむように熱がほとばしる。その熱が頂点に達する瞬間、あたしたちは一回転して、なんにでも姿を変えるのだ。

木になって一晩中じっとしているやつもいる。不眠症のカラスになって夜空を翔けめぐるやつもいる。毎回違うものに変わるのもいれば、種族の違う恋人と、その夜だけの逢瀬を重ねるロマンチックなのもいる。

その夜に出会うものたちが、猫か・そうでないかは目を見ればわかる。

変身してもあたしたちの目には三日月がある。淡い光をぼんやりと放って、本物の月みたいにほんの少しだけあたりを照らす。

でも、干渉しないのが猫たちのルール。変身したあたしたちは、ちらりと互いの目を覗きあって、知らんふりをしながら心の中で変身姿を称え合うのだ。

あたしはいつも、人間の少女に変身して、夜の学校に入り込んだ。街を歩いていると時折漏れ聞こえる英語のリスニング音がとても好きだったから。

ひんやりと冷たい廊下を、警備員にばれないようにそっと歩くスリル。猫だから、監視の目をくぐるのは得意なもので、一度もばれたことがない。

冬は教室の中で、そっと机や黒板の傷をなでる。夏は網戸の破れたプールに忍び込んで、水面に浮かびながら星を数える。

セーラー服のスカートをひらひらと揺らしてみたり、踊り場の出窓に体育座りをして夜空を眺めたり。リスニングの音は聞こえないけれど、人間として触れるひとつひとつが愛おしかった。

こんなに素晴らしいものを持っている人間がうらやましいと思う。

あたしはトイレの鏡にうつった光る瞳に、ため息を吹きかける。

このままずっと変身がとけなければいいのに。

でもその願いはかなわない。

太陽の光に照らされると、あたしたちはあっけなくただの猫に戻るのだ。

ほんものの鳥の鳴き声が聞こえだすころ、あたしは大慌てで窓から抜け出し校舎裏を走る。

門をよじ登って地面へと飛び降りる頃には、もうすっかり白い毛につつまれた猫に戻っている。

夜と朝が入れ替わるその瞬間はいつも、同じように魔法がとけて我に返った猫たちが、まだ覚めきらない夢に浸るようにそこかしこにいた。

でもあたしたちは猫だから、うろたえたりはしない。しゃんと背筋を伸ばして、何事もなかったようにまた新しい1日をはじめにいくのだ。


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三日月をガラスの瞳に取りこんであたし変身するから見てて

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