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ジンジャーとシナモン

街のはずれに、いつからやっているのかもう誰も思い出せないほど昔からやっているカレー屋さんがあります。

お店の名前は“ginger and cinnamon”。特製カレーとスパイス入りのクッキーが名物のこのお店は、双子の姉妹ジンジャーとシナモンが営んでいることからその名がつけられました。

でも、本当の店名をちゃんと覚えている人はそう多くありません。落ち込んでいる人も疲れている人もすっかり元気になってしまう、魔法のようにおいしいカレーを出すこのお店のことを、街の人はみんな「魔女のカレー屋さん」と呼んで慕っていました。

そんなふうに呼ばれる理由は、カレー以外に、もうひとつありました。

それは、双子のジンジャーとシナモンのこと。もうずっと長いことふたりっきりでカレーを作りつづけているこの姉妹は、いったい今いくつで、どこから来て、なぜカレー屋を営んでいるのか、すべてが謎につつまれていました。

ふたりは、あるときは無垢な少女にも、またあるときは老獪なおばあさんのようにも見えました。

「おい、君たちは本当に魔女なんじゃないのか」

ときおり、そう尋ねる人もいます。

そんなときふたりは決まって顔を見合わせ、くすくすと楽しげに笑い合うのでした。言うに任せて否定も肯定もしないので、ふたりが魔女であるといううわさ話は、今や本当のこととして街中に語られていました。

彼女たちはどこから来て、どうしてカレー屋さんを開くことにしたのか。

それを知っているのは、ふたりのことをずっとそばで見守ってきた一羽のふくろうだけ。

これは、そのふくろうから聞いた、ジンジャーとシナモンのお話です。

ジンジャーとシナモンは、とても仲の良い、そっくりな双子の姉妹です。

背格好も顔つきもあまりによく似ているふたりは、それでも決して間違えられることはありませんでした。

というのも、ふたりは髪型だけがぜんぜん違ったのです。

ジンジャーの髪は、夏風に揺れる麦畑のような黄金色のショート。

シナモンは、暖炉の火に照らされたレンガのような赤茶色のロングカールをたゆたわせていました。

そして、性格もまるで違いました。

ジンジャーはおてんば。外に出て遊ぶのが大好きで、洋服は泥模様をつけてようやく完成するといった具合。動物たちの言葉がわかるので、ふくろうは彼女とおしゃべりするのが毎日の楽しみでした。

シナモンは内向的。本を読みはじめると話しかけても聞こえないほどの集中力を見せ、そうじゃないときはぼんやりした表情で、いつも空想の世界で遊んでいました。ふくろうにさえ見えない誰かと、よく話をしていました。

ふたりは、よく似ているのにぜんぜん似ていないお互いのことが大好きでした。ジンジャーはシナモンから妖精に出会ったときのあいさつの仕方を教わったし、代わりに雨が降る前の風のにおいを教えてあげました。自分の知らないお互いの世界のことを、ふたりとも大切に思っていました。

ジンジャーとシナモンには、両親がいませんでした。

小さな川沿いの草かげに、お互いを守るように寄り添っていた赤ん坊のふたりを見つけたのが、他でもないふくろうだったのです。

ふたりは今にも消えてしまいそうな命の灯を、懸命にあたためあっているように見えました。

ふくろうは、大慌てで川沿いに住むエマを呼びに飛んで行きました。

エマは、鋭いわし鼻と縮れた髪の毛を持った、西洋の魔女のような風貌のおばあさんです。気難しく笑うことがめったにないので、街の人からは煙たがられ、人里離れた川沿いのあばら家にひとり住んでいました。

でも、動物たちは、やさしさにあふれた本当の彼女の姿を知っていました。身ごもった鹿にわらの布団を運んでやったり、壁のすき間にうっかり咲いてしまった花を愛おしそうになでたり、誰に知られることなく、彼女は自然のすべてを愛していました。

そして、動物たちや森の木や花たちも、エマのことを愛していました。

だから川辺に捨てられたふたりを見たとき、ふくろうは、エマなら助けてくれるととっさに思い立ったのでした。

ふくろうの予想どおり、エマは、ふたりを見るなり血相を変えてすぐに家に連れて帰りました。ひとつしかないスープ皿に温めたミルクを注ぎ、スプーンで交互に口に運ぶ。赤ん坊にミルクを飲ませるのは、エマにとって初めてのことでした。ぎこちない手つきに、ミルクは何度もふたりの口元をつたい、テーブルを汚しましたが、それでも1本の牛乳瓶はあっという間に空になりました。

今にも壊れてしまいそうなやわらかい生きものを前に、エマは神経のすべてを注ぎこみました。はたから見ればそれは、さながら魔女の儀式のようにも見えたそうです。

それまでじっとしていた金髪の赤ん坊が泣き出し、それにつられて赤毛のほうも泣き出したのを見て、ようやくエマは険しい表情を解き、大きく肩をなでおろしたのでした。

街の人は誰も知りませんでしたが、エマの特技は料理をすることでした。どこもかしこも古びたその家の中で、キッチンだけが神聖な場所のように陽の光を受けて輝いていました。棚にずらりと並んだスパイスの瓶にちなんで、彼女は金髪の方をジンジャー、赤毛の方をシナモンと名づけました。

その晩、彼女は自分のために、ジンジャーとシナモンをたっぷり使った特製のカレーを作りました。

そして、じっくりとかみしめるように味わいながら、ひとつしかない薄手の毛布を分け合って静かに眠るふたりを眺め、顔をくしゃくしゃにして神様に感謝したのでした。

それから、3人の生活がはじまりました。

エマは無口で無愛想なので傍目に仲良し親子には見えませんでしたが、ジンジャーとシナモンは動物たちと同じように、エマが本当はやさしくてとても愛情深いことをよくわかっていました。

それは、ふとした表情や仕草。ふたりを見つめる双眸のやわらかさや、眠れない夜にただ黙ってそばにいてくれること。神様に守られているような、絶対的な安心感がそこにはありました。エマからは本当の母親ではないことを早々に打ち明けられていましたが、ふたりはエマのことを「ママ」と呼び慕っていました。

夕飯どき、ふたりは競い合うように今日あったことを話しました。エマは、決して愛想よく話を広げるようなことはしなかったけれど、それでもふたりの話をきちんと聞きながら、おごそかにあいづちを打つのでした。

その一方で、エマはときに厳しいお母さんでもありました。

たとえばあるとき、シナモンがぼんやりと川沿いを散歩していると、鼻先をモンシロチョウがくすぐって行きました。

「ふふ、あたしを誘ってるの?」

シナモンは嬉しくなってその後を追いかけたところ、足をすべらせて川に落ちました。

「きゃあーっ!」

その悲鳴を聞きつけた早起きのふくろうは、「やれやれ、世話のかかる」と内心で思いながら、エマを呼びに行きました。

幸い落ちたところは浅く、流れもゆるかったので、ずぶ濡れになって翌日風邪をひいたことを除けばシナモンは無事でした。けれど、エマは元来のつり目をさらにつり上げて怒りました。

「いいかい、なにをするも自分の自由だ。ただね、誰かを悲しませることだけは絶対にしちゃいけない」

それはつまり、シナモンが川に落ちればエマは悲しいということ。

どんなにジンジャーが服を泥だらけにしようと、シナモンがうわのそらで話を聞いてなかろうと怒ることのないエマは、ふたりの身に危険が迫ったときだけは本気で怒るのでした。

「ごめんなさい、でも蝶々が」

「でも、で命が助かるもんかい。今日はごはん抜きだよ」

「えーっ!」

シナモンは両手でほっぺを挟んで叫びました。

エマの料理が大好きなふたりにとって、ごはん抜きは何よりも耐えがたい罰なのです。

エマだって、本当は無事だったというそれだけで嬉しかったし、なにも言わずにぎゅっと抱きしめたかった。でも、だからこそ、危なっかしい出来事に対してはどうしても厳しくなってしまうのでした。

それに、どちらかひとりがごはん抜きになると、決まってもうひとりがごはんを残してこっそりはんぶんこしに行くことをエマは知っていました。だから、そんなときは彼女の方でもわざとごはんを多くよそっておくのです。

案の定その日も、ジンジャーが神妙な顔つきで「お腹いっぱい、ごちそうさま」と、半分以上残したごはんをそのまま部屋に運んでいきました。

ぱたんと閉められたドアの向こうから、しばらくすると小さな声でくすくす楽しげに笑い合うふたりの声が聞こえてきました。

その声を聞くと、怒っていたことも忘れ、つい眉尻が下がってしまいます。

そして、しれっと空になってシンクに置かれたお皿のふちを、苦笑を浮かべながらそっとなでたりするのでした。

ジンジャーとシナモンにとっても、怒られた日にこっそりはんぶんこして食べるエマの料理は、ドキドキも合わさってより特別なおいしさに感じられました。

ふたりは何よりも、エマの作った料理が大好きなのです。

中でもいちばん好きなのは、スパイスをふんだんに使った特製カレーでした。

エマのカレーは、いつも味が違いました。それも、とても不思議なことに、風邪をひいたときにはやさしく、落ち込んだときにはぴりっと辛く、いつもそのときのふたりにぴったり寄り添うようなおいしさなのでした。

「ねえ、どうしてママのカレーはいつも味が違うの?」

あるとき、ジンジャーが尋ねました。

エマは大まじめな顔でジンジャーを見つめると、

「スパイスの小瓶には、ひとつひとつ魔法が込められているんだよ」

と答えました。

「たとえばジンジャーには、前に進みたいときに背中を押してくれる力強さがある。シナモンには、どうにも動けない夜にそっとそばに寄り添ってくれる優しさがある。それは、小さいけれどたしかな、魔法の力なんだよ」

「うわあ、なんだかあたしたちも魔法使いみたいだ」

シナモンがうっとりつぶやくのを制して、さらにエマは続けました。

「ただ、ひとつだけでは魔法の力は使えない。いろんなスパイスが合わさって、はじめてひとつの魔法になる。あたしは小瓶に話を聞いて、言う通りに作るだけなんだよ」

「ママはスパイスとお話ができるのね!」

「すごいすごい!」

「なに、難しいことじゃないさ」

エマは、少し照れたのかうつむいて、興味がなさそうにあっさりと言いました。

その話がとても気に入ったふたりは、それからエマの料理のお手伝いをするようになりました。

もっともシナモンはよく作業の手を止めて小瓶に話しかけてましたし、ジンジャーは瓶ごと落としてスパイスの粉をしょっちゅう舞い上がらせました。それを見てさらにシナモンが「わあ、魔法の粉だわ」と言いながらうっとりするものだから、エマは内心ひとりで作った方が早いと思っていましたが、できあがったカレーはなぜか、エマも驚くほどおいしいのでした。

こうして、いびつながらもていねいにていねいに、スパイスの香りに満ちた毎日の中で、3人はゆっくり時間を重ねていきました。

やわらかな春の幸福な光があばら家の隙間からベッドを照らしたある朝のことでした。ジンジャーとシナモンは17歳になっていました。

控えめにカトラリーが合わさるカチャカチャした音で、ジンジャーは目を覚ましました。

夕べはママの誕生日だった。ケーキにチキンに、それからもちろんスパイスの効いた特製カレー。クラッカーを鳴らして三角帽子まで被せちゃって、ママったら相当迷惑そうな顔してたな。ふふ、本当は喜んでたことはあたしもシナモンもよくわかっているけど。

昨晩の幸せな思い出をゆっくり回想しながら、パジャマを着替えてキッチンに行くと、シナモンが朝ごはんを作っているところでした。普段朝ごはんはエマひとりで作ることが多いので、それはめずらしい光景でした。

「ママにもうひとつ、サプライズをしようと思って」

「素敵。あたしも手伝うわ。なにすればいい?」

そうしてふたりは、綺麗に切りそろえたりんごと温めたミルク、それからジンジャーとシナモン入りのクッキーを焼きました。

「このクッキー、ママ好きなのよね」

「そうそう。配合には厳しいけどね、ふふ」

オーブンを開けると、たちまちいい匂いが部屋中に広がっていきました。

「うん、今日のは最高の予感」

匂いは窓の外へと流れていきましたが、それでもエマは起きてきません。

「変ね、起こしに行こうかしら」

「待って、ジンジャー、あたしも一緒に行く」

並んでエマの寝室の前まで行き、そっとノックをするも、中から反応はありません。ドアを開けると、エマはベッドに仰向けで横たわっていました。

そばまで行かずとも、ふたりにはなにが起こったのかわかりました。

窓の外に桜の花が流れていく明るい光の中、エマは静かに息を引き取っていました。ふたりでも見たことのないようなやさしいほほえみを浮かべ、胸には昨夜の三角帽子を抱いて。

まるで、誕生日会の続きを夢に見ているような、そんな幸せそうな表情でした。

ふたりはしばらくの間、まばたきさえせずに立ち尽くしていました。

「わあああっ」

先に泣き崩れたのはジンジャーでした。ベッドサイドに駆け寄り顔を突っ伏すと、エマの手を握りしめてわんわん泣きました。

「ママ、ママ!」

それを見てシナモンもたまらずに、そっともう片方の手を取るとぽろぽろと涙をこぼしました。

香ばしい匂いにつられて窓辺にやってきたふくろうは、その様子を見てすべてを理解すると、なにも言わずにそのまま飛び立ちました。

森の動物たちにそれを知らせるのは、とてもつらいことでした。ふくろうは、ジンジャーとシナモンを連れて帰った夜の、エマのくしゃくしゃな笑顔を思い出し、ポロポロと涙をこぼしました。その涙が虫や草花たちへの知らせになりました。

翌朝、あばら家の周りは色とりどりの花で囲まれていました。それは、エマと、そしてジンジャーとシナモンのことが大好きな動物たちが置いていったものでした。

悲しさに満ちたその空間は、その気持ちとは裏腹に、あまりに美しかったとふくろうは言います。

弔いがすんだあとも、ふたりは泣き暮らしました。

ひそかながらも他になにも入る隙のないくらい幸せが満ちていたあばら家は、今ではすっかり力をなくし、そこだけ時間が止まったかのように気配を殺しました。

動物たちも、何度も様子をたしかめにきては、動かなくなった影に肩を落として帰っていきました。

ふたりは毎晩泣きながら手をつないで眠りました。そして朝起きて、世界にとって大切なものが欠けていることを思い出して、また涙があふれてくるのでした。

シナモンが川に落ちたとき、どうしてあんなにエマが怒ったのか、今のふたりにはよくわかりました。怒れる人はもうここにはいないのでした。

ふたりの様子を心配しながら見守っていたふくろうも、その悲しみの前ではなにもできず、ふたりに元の幸せな笑顔が戻ってくることをただひたすら祈りました。

その祈りが、伝わったのかもしれません。

ある真夜中ジンジャーは、3人で暮らす幸せな夢から飛び起きました。夢の中ではジンジャーもシナモンも、そしてエマも、楽しそうに笑いながらお手製のクッキーを食べていました。

穏やかな残像は現実をより濃くうつしだしました。叫んでしまいそうな気持ちのやり場を探し、とっさにジンジャーはシナモンの手を握りました。

「ねえシナモン、いなくなっちゃやだよ」

すると、それまで眠っていたはずのシナモンがゆっくりと目を開け、

「あたしはいつでもそばにいるからね、ジンジャー」

とほほえみました。

悲しみの中に、一瞬だけあたたかい光が灯ったような気がしました。それは、眠れない夜にずっとそばにいてくれたエマのあたたかさでした。さっきまでのこみ上げるような悲しみはすうっと消えてゆき、ジンジャーは安心してまた眠りの中に落ちてゆきました。

次の日の朝、シナモンは、懐かしい香りに目を覚ましました。

隣を見ると、ジンジャーがいません。

「ジンジャー?どこ?」

不安になって飛び起きると、キッチンの方からカトラリーのガチャガチャいう音が聞こえました。香りの正体も、どうやらそこにあるようです。

キッチンに顔を出すと、案の定ジンジャーが真剣な表情でスパイスの小瓶を見つめていました。

「こんな朝早くからなにしてるの?」

「おはようシナモン、ちょっと待っててね」

なにやら考えがある様子。シナモンは、エマの座っていた古びた木の椅子に小さく「おはよう」と声をかけると、言われたとおり自分の席に座りました。

しばらくすると、香りはよりくっきりとした形になってシナモンの鼻をくすぐりました。

「お待たせ」

そう言ってジンジャーが運んできたのは、カレーでした。

エマがいなくなってからというもの、ふたりともカレーを作る気にはなれずにいたので、それはとても久しぶりのことでした。

「どうしたの、急に」

「いいから食べてみてほしいの」

ジンジャーは、真剣な表情で言いました。

「わかった」

数々のスパイスが絶妙に混じりあった、極彩色の香り。

ああ、これだわ。

食欲なんてなかったはずなのに、その懐かしい香りは鼻の奥を甘くくすぐる。

「いただきます」

そして一口食べた瞬間、シナモンは、はっと顔を上げました。

それまでモノクロだった世界が突然鮮やかに色づいてゆき、風や水やありとあらゆる命の音が聞こえ出しました。

ふたりが閉じこもっていた場所が、いかに色も音もない暗いところだったかがはっきりとわかるくらい、それは鮮明な体験でした。

ジンジャーの作ったカレーは、やさしいのに、食べ進めるたびに体の奥からエネルギーが湧いてくるのでした。行き場をなくしていた今のふたりに、ちょうどぴったりのカレーでした。

「おいしい」

シナモンは言いました。

「おいしいよ、ジンジャー」

ジンジャーは静かにほほえみました。

「ママが昔、言ってたでしょ。“ジンジャーには、前に進みたいときに背中を押してくれる力強さがある。シナモンには、どうにも動けない夜にそっとそばに寄り添ってくれる優しさがある”って」

それは、スパイスに込められた魔法の話でしたが、ふたりにとってはその言葉そのものが魔法のように大切な意味を持っていました。

シナモンはうなずきました。

「昨夜、あたしが夜中に飛び起きたとき、シナモンが“いつでもそばにいる”って言ってくれた。あたしはそれを聞いて、すごく安心して、また眠ることができたの」

「うん」

「シナモンの魔法に、あたしは救われたんだよ」

「うん」

うなずきながら、シナモンはどうしても涙をこらえることができませんでした。

「だから今度はあたしが、シナモンの背中を押してあげたかったの。このカレーは、あたしの魔法」

「ありがとう、ジンジャー」

すぐににじんでぼやけてしまう視界を何度も何度もぬぐいながら、シナモンはカレーを食べました。

その凛としたやさしい味は、たしかに、動けずにいたシナモンに前に進む力を与えてくれました。

「世界には、たくさんの理不尽な悲しみがあるけどさ」

シナモンがカレーを食べ終わると、ジンジャーがぽつりと下を向きながら言いました。

「うん」

「あたしには、それを救うことはできないかもしれないけど」

「うん」

「だけどね、寄り添うことならできる気がするの」

そのとき、この家の時間が動きはじめたのを、ふくろうは見逃しませんでした。

悲しみは相変わらずにそこにある。でも、ジンジャーは、それを大切にかかえながら歩いて行こうとしていました。

「あたし、街に出て、カレー屋さんを開こうと思う」

シナモンは、目を細めて見つめ返しました。

「すてきだわ」

「強い力はなくても、このカレーには、やさしい魔法があるから」

「きっとママも喜ぶね」

「もちろんシナモンも一緒にやるのよ」

「え?」

「だってママが言ってたでしょ。“ひとつだけでは魔法の力は使えない”」

ジンジャーの言葉に、シナモンも、そっと声を重ねました。

「“いろんなスパイスが合わさって、はじめてひとつの魔法になる”」

ジンジャーはテーブルに置かれたシナモンの手に自分の手を重ねました。

「あたしには、シナモンが必要なのよ」

その言葉を聞いてシナモンは、心の底から幸せそうにふわっと笑いました。

それが、すべての答えでした。

それはもう、今からずっとずっと昔の話。ふくろうが聞かせてくれたこと。

今日も、街のはずれで双子の魔女はとっておきのカレーを作り続けています。

さびしいとき、ほっとしたいとき、心の隙間を埋めるようなおいしい匂いがただよってきたら、そっと“ginger and cinnamon”のドアを開けてみてください。

きっとあなたにぴったりの、やさしいおいしさに出会えるはずだから。


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