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【短編小説】公園と老人

うぁぉぉ〜!
老人はアゴが外れそうな程大きな口を開けて欠伸をした。開いた口の中は、歯はところどころ抜けている。シワだらけの顔をした中肉中背の老人は眠そうに目をシワに埋もれて分からないくらい小さな目をゴシゴシ擦った。

老人の周りにいた雀や鳩は驚いてパッと飛び立つ。ベンチに座っていた老人は何とか立ち上がると足を若干引きずりながら歩きだした。

市の中央に位置するK公園は広さ約20ヘクタール程の広さの大きな公園だ。
花壇や池もあり市民の憩いの場となっている。夏の強い日差しの中、ボランティアが汗を拭いながら花壇の雑草を抜いたり、季節外れの切ったアジサイの枯れた花の束を片付けている。

アブラゼミの鳴き声が鳴り響く中、老人は公園の中央を南北に貫く広い道を、太陽に背中を焼かれながらトボトボと歩いて行った。

公園のコイン式駐車場には、軽自動車やファミリーカーの中ではすこぶる目立つ、シルバーの高級なセダンが泊まっていた。
座席には小太りで頭が禿げ上がった眉毛が太めの中年の運転手が気だるそうに収まっていた。老人は重そうに手を持ち上げて、窓をコンコンと叩く。

運転手はハッと気付くと、急いで車から飛び出して後部座席のドアを開けた。

「社長、お待ちしておりました。暑い中、公園に長い間おられますとお身体に障りますよ。」

社長と呼ばれた老人は、難儀そうに身体を後部座席に押し込むと「田中ぁ、待たせたな。」と言ったぎりイビキをかいて眠りだした。

田中が後部座席のドアを閉めると、ドムっと重くて鈍い音がした。

敗戦直後、焼け跡に残された日本人達は日々生きるのに精一杯だった。
社長は、戦後の農地解放で残ったわずかな田畑を担保に金貸しから金を借りて種銭にして商売を始めた。

社長は進駐軍払い下げのテントのキャンバス生地で靴を作って、方々に大八車で売って歩くという商売をして細々と生計を立ていた。

その後、日本は朝鮮戦争の特需で戦後の復興を成し遂げて国民一人一人が豊かになると贅沢品を求めるようになっていった。

人々は富の象徴であるアメリカに憧れて、なんの疑いもなくその生活様式を取り入れだしたのだ。
期を見るのに敏感な社長はアメリカのファッションブランドを輸入し小売店に卸す輸入卸の会社を設立。そして大手百貨店と取引を始めて成功を収める。

その後、他の小売業界の重鎮達とアメリカを視察。その重鎮の一人が経営する会社に自分の会社の株を売り個人としては巨額の富を得た。

しかし、個人としては財産は死ぬまでに使いきれないぐらいあるけれど業界に何か痕跡を残さなければならないという意地とプライドが社長にもう一度、輸入卸の会社を創業をさせた。

だがファストファッションが全盛のこの時代に誰も好き好んでブランド品を買わない。また、百貨店の卸の方もECが主体になっており、百貨店に行く消費者自体が徐々に少なくなってきている。だから社長の会社は創業以来赤字が続きだ。

だが、今彼の中にはその意地とプライドの残骸だけが残り、すでに形骸化したお題目を社員に唱えるばかりの年老いた老人と成り果てたのだった。

社長を乗せたシルバーのセダンは閑静な住宅街の中を走り、その地区では一番大きい立派な門構えの家の前に到着した。

田中が大きな門の入り口のインターフォンを押した。「田中です。社長がいらっしゃいました。」インターフォンから「入ってもらって。」と声が聞こえる。足の悪い社長を気遣いながら社長と庭から玄関まで歩く。

ドアが開き「お父さん、お邪魔しているわ。」
と長女の茜が声をかけた。夫の冬彦が傍らにいる。田中は「一旦、失礼させていただきます。何かお車が必要であればいつでもご連絡下さい。」と言ってそのまま来た通路を引き返した。

内心田中は「やれやれあの一族の話し合いは一悶着あるんだろうな。」つぶやいた。

社長は長女夫婦に伴われ、玄関を上がったすぐ横にある広さ70畳程のキッチン付きの居間に入ると、茜がお茶を入れて待っていた。

そこには古めかしいマホガニーの机に肘掛け椅子が5脚あった。

長女の夫の冬彦が早速本題を切り出した。
「え〜っと、ネクサス(会社の名前)の方は今年度の決算も赤字でしたね。僕たちは、お父さんの会社にそれぞれ結構な金額を融資させてもらいましたけど、会社が倒産すれば融資した金も御破産です。お父さんはどの様にお考えですか?」

「ネクサスは創業してまだ5年だろ。10年後には採算ベースに乗る。儂が目の黒い内は間違いない!それとも冬彦君は我が社が明日にでも潰れると言いたいのか。」

社長は顔を真っ赤にしてツバを飛ばしながら言った。

茜は、「私は会社を始める事自体反対だったのよ。前の会社の株を売って結構なお金が入ってきたじゃ無い。何の為にお父さんは赤字会社を経営しているの?」とすかさず聞いた。

「それは路頭に迷った前の会社の社員を救う為であり、よりこの家を発展させる為でもある!二人共、何が言いたいんだ?。」

冬彦は、「率直に言わして頂くとお義父さんの会社に融資したお金を返して欲しのです。私達が所有しているネクサスの株を購入時の価格で買い取ってもらえますか?」と提案した。

社長はうなり声をあげて黙ってしまった。

2、3分後、ピンポ〜ンとインターフォンの音が鳴った。

冬彦がモニターの画像をチェックしてインタフォンで話す。「こんにちは。入ってください。」「静さんがいらっしゃったみたいです。」

息を切らして次女の静がドアを開けて玄関から居間に入ってきた。

「抜け駆けは許さないわよ!姉さん。」

「あら、時間がきたからお父さんとお話を始めていただけよ。あなたにも今日の話し合いの連絡はいってなかったっけ?」

「確かに話し合いの日時の連絡はもらったけど私が来るまで何で待っていてくれなかったの?」

「静、時間に遅れるあんたが悪いわ。」

「お父さん、私の株も当然買い取ってくれるんでしょうね!姉さんの株だけ買い取るの不平等だわ。」

「お前までそんな事を言うのか!どいつもこいつも欲の皮がつぱった奴らだな。我が娘らとも思えん。」

静がすかさず言う。「あら誰が一族の中で一番欲の皮が突っ張ってるのでしょうね?だって私達が学生の時、私達がよく分からないのにお爺様の養子に入れて相続税対策をなさったじゃ無い?お爺様もあの時半分ボケていたのに無理矢理ハンコ押させたのよ。私達はお金頂いたから良いけど、叔父さん達はいまだにその事を怒っているわよ。」

茜は、「とにかくお父さんがしっかりしているうちにネクサスの株や土地建物をどの様に分けるかを決めておいてして欲しいのよ。お父さんも年だから万が一何かあった時、私達も困ってしまうわ。ねぇ静?」

「えぇ姉さん。お父さんが今のうちに決めて、安全な遺言公正証書にしておいてもらうと助かるわ。ただし公正にね。」

「お前達は、儂が耄碌するとでもと言うのか!」

冬彦は「お義父さん、今日はその事をちゃんと話し合いたいからこの場を設けさせてもらったのですよ。」

その後、話し合いが2時間続いたが結局結論は出なかった。冬彦、茜、静はみんなそれぞれが神経をすり減らして家路についた。社長もくたびれてベッドに入ると死んだ様に眠りについた。

それぞれの欲とプライドがぶつかり火花が起こり一度燃え尽きて、お互いの心に種火を残した。いつかその種火は時がくれば大きな炎となり燃え上がるだろう。その時はきっと近い。

翌朝、社長はまたK公園に行っていつものベンチに座っていた。戦後、K公園では空襲で焼け出された人々が闇市を開いていた。社長もそのうちの一人で、進駐軍の払い下げのテントで作った靴をここで売っていた。あの時は貧しかったけど、何も持っておらず失う物もなかった。必死に商売をしてその日その日を生き延びる事だけを考えていた当時を懐かしむのが朝の日課だった。

それから社長は持ってきたパンをちぎってを無造作に地面に向かって投げた。ハトが集まってきてパンを貪る。その時何故か、社長は自分の死体をハトについばまれている様な気がして背中にぞぞっとした寒気を感じた。

どんより曇った空を見上げてみると、不思議な事にうっすらと虹がかかっていた。もしかしたら遠くで雨が降ったのだろうか?社長は不審がりながりもしかしたら吉兆かもしれないと思い、しばらくその虹を眺めて佇んでいた。

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