「人材版伊藤レポート2.0」から考える人的資本経営〜これからのリスキリングと従業員エクスペリエンスとは〜
人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる「人的資本経営」。2020年9月の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~」(以下「人材版伊藤レポート」)の公表以来、日本企業の人事の間でも人的資本経営に対する関心が日増しに高まっている。
そして、人材版伊藤レポート公表から1年以上の時を経て、2022年5月に「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~」(以下「人材版伊藤レポート2.0」。文中の「レポート」という記載はこの「人材版伊藤レポート2.0」を指す。)が新たに公開された。本記事では、経済産業省 経済産業政策局 産業人材課長 島津 裕紀氏と、株式会社HRBrain 執行役員 EX事業本部 本部長 吉田 達揮による対談を一部抜粋してお届けする。
本インタビューの全文は、下記URLからダウンロード可能です。
「人材版伊藤レポート2.0」から考える人的資本経営〜これからのリスキリングと従業員エクスペリエンスとは〜
プロフィール
「人材版伊藤レポート2.0」の狙いと、人的資本経営推進におけるポイント
吉田:人的資本経営に対する関心は、日本企業の間でも高まっていると感じています。まず、2022年5月に公表された「人材版伊藤レポート2.0」の内容についてお伺いします。前回のレポートから、内容についてはどのように変化しているのでしょうか。
島津氏:「人材版伊藤レポート2.0」は、「人材版伊藤レポート」の内容を深掘り・高度化したものになっています。特に前回と大きく異なるところは、「3つの視点と5つの要素」という枠組みの中で、各項目ごとに、実行に移すべきだと考えられる取組とその重要性、そして取組を進める上で有効な工夫について、具体的に示している点です。ただし、ここで示している取組や工夫を、そのまま実行すればいいということではありません。事業内容や経営環境により、有効な打ち手は異なるものです。あくまでアイデアの引き出しとして、レポートを基に社内で人的資本経営について議論を深め、自社に合った施策を実行してもらいたいという狙いがあります。
吉田:人的資本経営の推進に向けては、何が最も重要なポイントになるのでしょうか。
島津氏:まずは、3つの視点の1つ目である「経営戦略と人材戦略の連動」が重要です。そのための取組として、「CHROの設置」そして「全社的経営課題の抽出」が重要なステップとなります。ただ、検討会では、「単にCHROというポジションを設置すれば良いと受け取られる可能性があるのではないか」という意見も出ました。そのため、レポートの中では「CHROの設置に当たっては、CHRO自身が従来の人事部長(人事担当役員も含む)が果たしてきた役割・責任との差異を明確に言語化して定義し、経営陣・取締役会と合意する」と示しました。
企業は従業員のリスキルを、どのように支援すべきか
吉田:続いて、「人材版伊藤レポート2.0」で提示されている取組の中から、特に企業の関心が高まっているリスキルと従業員エンゲージメントに絞って深掘りしていきたいと思います。島津さんはリスキル政策を主導していらっしゃいますが、「リスキル・学び直しのための取組」を進めるには、どのような対応が必要だとお考えでしょうか。
島津氏:まず大事なことは、従業員が将来を見据えて自律的に自分のキャリアを作ることです。そして、そのために、企業が従業員のリスキル・学び直しへの挑戦を徹底的に支援する姿勢を示すことが必要です。ここで重要な観点は、リスキル・学び直しが人事評価に結びついているかどうかです。従業員が学び、挑戦する姿勢を称える企業文化を醸成するためにも、報酬との連動は不可欠だと考えています。
ただ、ここで難しいのは、企業が事業戦略ドリブンでリスキル・学び直しを主導するということと、従業員一人ひとりが自律的にキャリアを作ることは、若干ベクトルが違うことです。レポートの中では、組織として欠けているスキル・専門性を特定し、それに沿ったリスキルを支援しながらも、従業員一人ひとりが学びたいスキルがあれば、イノベーションの幅を広げるという意味でも応援すべきだとしています。吉田さんはどうお考えですか?
吉田:おっしゃる通り、バランスが非常に難しいですね。
大前提として、そもそも企業は従業員一人ひとりがどのようなキャリアを描きたいのか、どのようなスキルを身に付けたいのか、把握できていないことも多いのではないかと思います。まずはスキルの可視化や本人の希望を把握することが、バランスを保つ意味でも必要ではないかと考えています。
島津氏:まずは従業員を知るということが、リスキルに向けた一歩目になるのかもしれませんね。デジタル人材の育成は各社重要なテーマとしていますが、それがプログラミング言語の習得に終始しているケースも散見されます。むしろ求められるのは、身に付けたスキルを自社の課題に当てはめて、デジタル技術を用いて解決するということなので、少しズレを感じることがあります。
従業員エンゲージメント向上において重要な「従業員エクスペリエンス」という観点
吉田:では、リスキリングに続いて、人事からの関心が高まっている「従業員エンゲージメント」についてもお伺いします。昨今、従業員エンゲージメントサーベイを実施している企業が増えていますが、レポート内の「従業員エンゲージメントを高めるための取組」については、どのような対応が必要だとお考えでしょうか。
島津氏:表層的には、多様なキャリアパスを従業員に用意したり、様々な仕事の経験を積めるようにしたりと、人事制度を工夫することが有効な打ち手だと思います。ただ、少し抽象的な話になりますが、「従業員エンゲージメント」とは、そもそも自分が成長したいという想いと、その舞台としての企業の目指す方向性が一致し、絶え間なく成長機会が与えられるからこそ感じられるものだと思います。だからこそ、人事制度の整備も重要ですが、より根本的な部分で会社の存在意義や企業理念に共感できることが大切ですね。
吉田:当社が注目しているのは「従業員エクスペリエンス」です。従業員が組織との関わりを通じて得られる全ての経験や体験を指しますが、特に若い世代は「この会社ではこういう体験ができるからこそ、自分はここにいる」という存在意義を持ちたいという人が増えていると感じます。
島津氏:従業員エクスペリエンスは、従業員エンゲージメント向上という枠組みにとどまらず、「人材版伊藤レポート2.0」全体の要素の基盤だと思っています。従業員エンゲージメントを高めるためにも、従業員エクスペリエンスを企業が把握して、課題が大きい領域は、改善のためにアクションをしていくことが必要だと感じます。そういったことを機動的に実行できる会社は、従業員も「自分を見てくれている」と好意的に受け止めるのではないでしょうか。兼業・副業や社内公募制度も活用しながら、良い体験をしてもらえるよう取り組んでいくことが大切ですね。
吉田:人的資本経営を進めるには、従業員エンゲージメントの把握と、従業員エンゲージメント向上のための従業員エクスペリエンスのデザインが重要だという認識が広がってきているように感じます。実際に私たちにも、上場企業のお客様から引き合いを多く頂戴し、人的資本の情報開示に向けたご支援をしています。
<参考>
凸版印刷がトッパングループ23社でHRBrainの『EX Intelligence』を導入、従業員エクスペリエンスの向上・人的資本開示への取り組み強化へ
https://www.hrbrain.jp/news/introduce/toppan
経営戦略と連動し、従業員に寄り添い一人ひとりの能力・キャリア開発を両立
吉田:人的資本経営時代において経営と人事が協働することは不可欠です。その際、社内で共通言語を持つことはとても重要だと考えます。「従業員エンゲージメント」「キャリア自律」「従業員エクスペリエンス」などの言葉の定義がずれたまま話が進んでしまう可能性があります。だからこそ、最初に目線を揃えることがとても大切だと考えています。
島津氏:そうですね。特に経営企画と人事は視点が異なるため、話が合わないことも多いと、私自身の経験を通しても感じます。だからこそ、共通言語を持つことや定量データを基に対話を進めること、そしてレポートにも記載しているように、互いの役割を明確にし、対話を重ねていくことが重要になってきますね。
吉田:お互いの役割や視点を理解しつつ、同じ目的をもって共存していけるといいと思います。そのきっかけとして、当社もお役に立ちたいと考えています。最後になりますが、人的資本経営に関して人事はどのような意識を持つべきでしょうか。
島津氏:持つべき考え方は2つあると思います。1つ目は、人事部こそが企業価値全体を最大化できるというマインドを持っていただくことです。これまでの勤怠管理や給与計算といった人事の役割にとどまらず、企業の経営戦略と連動し、従業員に一人ひとりに寄り添った能力・キャリア開発の支援を両立する。これが人的資本経営の神髄だと考えています。
2つ目は、最初から100点の成果を出そうとしないことです。過去何十年と積み重ねてきた人事制度を根底から変えることになりますから、みんな不安です。労働組合との関係もありますし、従業員の反発を招くこともあるでしょう。そこですぐに成果が出ないから失敗だと諦めるのではなく、トライアンドエラーで改善していくことが必要だと思います。大企業では特に定期異動があり、人事の任期も3年前後のところが多いでしょう。そのような状況下であったとしても、自分の代で終わらせず、しっかりとバトンを後任につないでいっていただきたいですね。
吉田:個人の能力開発を徹底して行うという視点は、人事にとって非常に重要だと考えています。当社も人事評価クラウドから事業をスタートした時から、いかに個人のパフォーマンスを高めるかにフォーカスをしてまいりました。そして最近「Power to the People」というパーパスへ刷新したのですが、組織から個人の時代に移りゆく中、EX向上という考え方を啓発し、個人へのエンパワーメントという視点から企業の組織成長をご支援していきたいと考えています。島津さん、本日は貴重なお話の機会をいただき、ありがとうございました。
本インタビューの全文は、下記URLからダウンロード可能です。
「人材版伊藤レポート2.0」から考える人的資本経営〜これからのリスキリングと従業員エクスペリエンスとは〜
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