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中長期的な視点で考える非財務情報開示ーWhy?を問うリーダーシップの重要性とはー

昨今、ESG投資や人的資本の情報開示など、非財務情報開示が国内外で注目されています。そこで今回、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役の渋澤健氏に、『中長期的な視点で考える非財務情報開示』をテーマとしてお話を伺った記事から、一部抜粋してお届けします。

本イベントレポートの全文は、下記URLからダウンロード可能です。
https://www.hrbrain.jp/contact/whitepaper/hctimes-08

プロフィール

渋澤 健氏
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役
コモンズ投信株式会社 取締役会長

1961年逗子市生まれ。父の転勤で渡米。1983年テキサス大学化学工学部卒業。1987年UCLA大学にてMBAを取得。米系投資銀行で外債、国債、為替、株式およびデリバティブのマーケット業務に携わり、1996年に米大手ヘッジファンドに入社。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業、代表取締役に就任。2007年にコモンズ株式会社を創設、2008年にコモンズ投信株式会社へ改名し、会長に就任。2021年にブランズウィック・グループのシニアアドバイザーに就任。
経済同友会幹事およびアフリカ開発支援戦略PT副委員長、岸田政権の「新しい資本主義実現会議」など政府系委員会の委員、UNDP(国連開発計画)SDG Impact Steering Group委員、東京大学総長室アドバイザー、成蹊大学客員教授等。
著書に「渋沢栄一100の訓言」、「SDGs投資」、「渋沢栄一の折れない心をつくる33の教え」、「超約版 論語と算盤」、「銀行員のための「論語と算盤」とSDG」、他。

高まりを見せるESG投資の重要性

吉田:昨今、ESG投資の重要性が高まってきている状況です。日本と各国のESGに対する姿勢に関して、違いを感じる部分はございますか。

渋澤氏:世界的にESGというワードが普及されてから既に15年以上が経過しています。また、日本でも2015年にGPIFがPRIに署名するなど、社会的に意識せざるを得ない「流れ」が出来ています。そのため、それほど大きなギャップは感じていませんが、あえて相違点を挙げるとすれば、印象として、日本は「ESGウォッシング」の傾向が少なくないということでしょうか。特に個人向けの投資信託に関しては、形骸化したESGが多い印象です。

ESG関連のテーマファンドであっても、実際に目論見書を確認してみると、中身が伴っていないケースも散見されるため、この点は相違点であり改善点であると思います。ですが、これに関しては金融庁も課題意識を持っており、ガイドラインも発表しているため、今後改善が進んでいくことが予想されます。

吉田:昨年、ハーバード大学では、化石燃料への投資を中止するという発表もありましたが、この点に関してはいかがでしょうか。

渋澤氏:アセットマネジャーやアセットオーナーの、意識や行動に落とし込むレベルに関しては、ハーバード大学に限らず、海外の方が高い傾向にあるかもしれません。しかし、個人レベルの領域も加味すると、ESGというワード自体が認知されていないケースもあるため、一概に海外の方が全体的に広く浸透している、ということは言えないかと思います。

逆に日本では、「キャッチーな言葉」が浸透しやすい傾向にあります。そのため、「なぜESGに取り組むのか」といった根本の理解は不十分であっても、一般市民の領域まで聞き慣れたワードとして普及している可能性はあります。

逆風の中でもWhy?を重視すべき理由

渋澤氏:近年、ESGに対する注目度が高まる一方で、ポストコロナ、ウクライナ情勢等の影響による「物価高騰・金融緩和の引き締め」といった逆風で株式市場が芳しくない状況下において、「悠長にESGに取り組んでいる場合ではない」といった流れも出てきています。

特にアメリカでは、アセットマネジャーの受託者責任に関しては、法律によって厳密に規定されています。そのため、解釈によっては、「まずアセットオーナーに経済的リターンを返すべき」という考え方もあり、足元の運用環境があまり良くない場合などは、財務重視の投資へ揺り戻しが起きるケースもあります。社会情勢によって運用環境も左右されるため、こうした逆風の動きも想定しておくべきだと思います。

吉田:ESG投資の場合、パッシブ投資による中長期的な企業価値向上は1つのポイントになると思いますが、短期的な業績変化のための投資を企業が行っているかどうかも重要ですね。

渋澤氏:そうですね。特に「E(環境)」と「S(社会)」の領域は、「ステークホルダーの価値を高めることによって、企業の長期的な価値を高め、株主の長期的な価値向上につなげる」という考え方が基本です。そのため短期的な視点を意識すると、上手く連動しない部分が出てくるかと思います。その場合は、「長期的な視点=今を蔑ろにする視点」ではないということを、一般市民の領域にも理解してもらうことが重要です。

一般市民の中には「自分たちの生計とESGは関係がない」、運用業界等の専門家は「アセットマネージャーが責任を追う受託者は、アセットオーナー(年金基金や生命保険など長期的な資産運用の投資家)である」と考えている人も当然います。ですが年金に関して言えば、アセットオーナーが運用する財源元は、将来年金を受け取る一般市民であり、大きく捉えれば一般市民が最終的なアセットオーナーであると言えます。

このことが認識できれば、短期的・経済的・市場的な逆境を作らないよう、ひとりひとりが意識を高めることにつながるのではないでしょうか。また、これによって、アセットオーナーの意識変革や、ESGウォッシングの回避にもつながると思います。

吉田:ESGを、一部の企業や投資家だけのものとして扱うのではなく、国民ひとりひとりがESGの必要性や重要性を根本から理解することが重要ですね。各個人が「将来何が必要か」「次世代に何を残していきたいか」について考えることで、資産運用の方法にも影響を与えることができます。

渋澤氏:資産形成の意識を高めることは極めて重要です。ただ、次世代に残す環境や社会について考えることは、自分自身の老後について考えることと同じだという意識を持つことも大切です。

ESGを推進するためのリーダーシップとは

吉田:ESGの活動に関しては、トップダウンとボトムアップの動きが連動することが重要です。そのためには「トップのリーダシップ」が非常に重要なポイントになるのではないかと思いますが、その点についてはいかがでしょうか。

渋澤氏:ESGに関しては、政府に全てを任せるのではなく、民間が「公共の財産とは何か」についてしっかり考え、コミットしていくことが重要です。しかし、経済社会に関わる全員がESGの参加者であり、利害関係者であるということを考えた場合、さまざまな正義がぶつかり合い、時にはESG全体の逆風となることもあります。

また、困難な状況と向き合うことを避けるような形で、本質から逸れた方向に進んでしまうこともあります。そうした時に、「何がどうして重要なのか」を唱えることができる、リーダーシップ的な存在は必須になるでしょう。

吉田:企業においては幹部がESGについてしっかり理解し、会社の文化に落とし込んでいくことがポイントになるかと思いますが、どのような点を意識すべきでしょうか。

渋澤氏:モデリングすることは難しいですが、企業においてはトップのコミットメントが絶対に必要です。従業員が「ESGは一部の関連部署だけのもの」というような捉え方をしているケースもあるため、「なぜESGが従業員にとって、企業にとって必要なのか」といったことを、繰り返し伝えていく必要があるでしょう。また、伝える際は、何をやるべきかという「ミッション」の前に、そもそも存在意義のなぜという「パーパス」を明確にすることが重要です。行動に伴う理由が明確でないと「評価のためのESG」となり、形骸化の温床になるため注意が必要です。

非財務情報開示に取り組む上で重要なこと

吉田:最近では、「積極的にヒトへの投資を行っていく」という岸田首相の発言などもあり、半ば強制的にルールが策定されつつある状況です。これに関して、渋澤様はどのように捉えていらっしゃいますか。

渋澤氏:現状、財務情報の開示は法律制度として定められていますが、サステナブルな水準に関しては、あくまでもガイドラインとしての取り扱いです。そのため、「開示しないと上場できない」というものではありませんが、それでも開示報告書に記載するという流れは、明らかに出来つつあります。政府からの発信やグローバルスタンダードの存在は、流れを作ったり意識を高めたりすることにつながりますし、より広く浸透することで横比較も可能になります。そういった意味ではポジティブに働いていると言えるのではないでしょうか。

情報開示に関して、基本的に企業は守りの発言が多くなりがちです。マイナスの部分を公開したくないため、消極的な姿勢になるのは至極当然のことですが、改善すべき点を知り、ギャップを埋めていくことは、新たな価値創造にもつながりますし、それは企業にとってもプラスになります。特に上場企業では、国内の基準だけでなく、世界の基準に立つ必要があるため、積極的に実践へ落とし込んでいくことが求められます。

吉田: ISO30414が国際規格的になりつつ、国内では別の基準も策定されてきている状況ですが、どういった情報に着目して開示を行っていくべきだとお考えですか。

渋澤氏:元々「G(ガバナンス)」の領域は算出しやすく、測定対象が分かりやすい領域です。また、「E(環境)」と「S(社会)」を会社の事業として取り組むためには、軸となる「G(ガバナンス)」の部分をしっかり整えることが必要です。「E(環境)」の領域も比較的に算出しやすく、科学的根拠にも基づいていることから、「文化を越えた共通認識」が生まれやすい領域です。これに対して、「S(社会)」の領域は、測定対象が定まっていない部分が多く、比較がしづらい状況です。

また、各国の能力開発費用のデータを分析すると、日本は終身雇用体系のもと、ヒトへの能力開発に投資をしてこなかったということが読み取れます。これは日本の「失われた30年」を生み出した要因にもつながるのではないかと思いますが、もし「そのような状況下でも自社は人的投資を行ってきた」という事実がある場合は、非財務情報としてしっかり開示することが重要です。

また、先ほども申し上げた通り、「S(社会)」の領域には定まっていない部分が多くあります。ということは、ルールメイキングに関しては日本の企業も参画する余地はあるという発想もありえます。「株主のためだけではなく、従業員のために企業が存在している」といったことは日本の企業でよく言われています。であれば、こういった思想や考え方を基にして「人的資本を定義する」する姿勢が大事です。

吉田:ヒトへの投資は業績と相関関係がある、ということはよく言われていますが、利益あっての投資なのか、投資あっての利益なのか、順序を捉えることが難しい印象を受けます。因果関係についてはどのように考えていらっしゃいますか。

渋澤氏:エーザイ株式会社のCFOから6月に退任された早稲田大学大学院の客員教授の柳良平氏が提唱している「柳モデル」では、ヒトへの投資と企業価値(PBR)の相関関係が実証されています。どの企業にも通ずる因果関係については、証明が難しい部分もありますが、少なくともエーザイに関して言えば、人件費や研究開発費への投資が、年月を経て企業評価に対してプラスの影響をもたらしているということが分かるかと思います。

吉田:エーザイのような開示は、投資家の目線から見てもインパクトが捉えやすいので、企業評価にもつながりやすいですよね。また一方で、「正直そのレベルの分析や開示ができない」という声も多い印象がありますが、その点についてはいかがでしょうか。

渋澤氏:率直に申し上げると、「できない」のではなく「やりたくない」というのが本音ではないかと思います。「相関性が確かではない」「開示できるような数字になっていない」など、企業によってさまざまな理由があるのではないかと推察しますが、開示しない理由を「できないから」という理由で片付けてほしくないなという気持ちです。人件費やPBRのデータが取れない企業はないと思いますし、分析の計算式が分からないのであれば依頼するなど、方法はいくらでもあると思うので、ぜひ前向きな姿勢で取り組んでほしいと思います。

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