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コラム9 手術が上手な外科医って? その1

タイトル絵は、有名な「ドクターX 外科医 大門未知子」より

「私、失敗しないので。」
わざわざ言うこともないかと思いますが、医者は絶対にこんなセリフを言ってはいけません。
医師国家試験でも患者さんに向かってこういうセリフを言う選択肢を選ぶと、「禁忌肢」ということになり、一発で不合格になる危険があります。
まあ、そういうのも含め、アンチテーゼ的な意味で楽しむのがこのドラマなんでしょうが…。
さすがに僕は見ていていい気分はしないので、見ていません。

「天才外科医」という言葉は、いつの世もみんなを魅了します。
他の人にはできない手術を軽々とやってのける。
助けることができないと思われていた患者を救う。
ブラックジャックの時代から現代に至るまで、そんな話はいつの世も見る人をワクワクさせてくれます。
実際に外科医の中には子供の頃にそういう漫画やアニメを見て、憧れてなった人もたくさんいます。
僕も子どもの頃にはよくそんな漫画を見ました。
印象に残っているのはドクターKとかですかね。
どんな臓器でも手術しちゃうので、外科医ってそういうもんかなと思っていたんですが、実際の外科医は全然違って、専門性を高めるにしたがって臓器別に分かれていき、自分の専門臓器しか手術しなくなります。
そんな中、唯一子どもも大人も手術してよくて、体表から腹部臓器、胸部、泌尿器、婦人科系臓器などありとあらゆる部位を手術していいのは小児外科医だけです。
最後に残されたGeneral surgeon(ジェネラル サージャン:全身を診れる外科医)ってやつですね。
そんな魅力に取りつかれて、小児外科医を選択する医師も多いです。

僕は小児外科医になり、専門医になり、指導医になり…。
気が付くともう20年以上外科をしています。
数多くの外科の先生方に指導していただき、更に現在では指導をする立場になっています。
今回のコラムはそんな小児外科医から見て、「手術が上手な外科医ってどういうことか?」をテーマにして書いていこうと思っています。

1. 何のために手術がうまいのか?
2. 手術室に入る前から手術は始まっている
3. 手術で使用する技術の要素
4. 手術のトレーニング法

という順に沿ってお話をしていきます。
あ、今回はコラムで、論文紹介とかではないので基本的に全部無料にする予定です。
雑談だと思ってください。
例によって話は長いので、前後編に分けます。

1. 何のために手術がうまいのか?

手術がうまいとは何かを考えるためには、まず何のために手術がうまいのかを考えなければなりません。
単に手術が早い=うまいであれば、早く終わればどんな合併症を起こしてもいいのかということになりますからね。
もちろんのことですが、手術というものは患者さんという相手がいて初めて成り立つものです。
患者さんを治療する手段が手術であると同時に、「手段の1つでしかない」ということを十分に分かっておかねばなりません。
手術の適応というのは様々であり、例えば外傷の出血などで手術をしないと命が危ないような絶対的な適応から、他の治療よりは成績が良いという相対的な適応、別に手術をしなくてもそれなりに暮らせるけど、希望に応じて手術をする社会的な適応まで、多くの理由で手術が行われます。
全ての手術において共通するのは、患者さんのために手術を行うということです。

つまり、手術がうまいというのは、結果的に患者さんにより有益であったということに尽きます。
確かに手術がより早く終われば患者さんへの侵襲も減るわけですが、きちんとメリハリをつけて20分で終了した鼠径ヘルニアの手術と、やや雑に縫って10分で急いで終わった同じ術式の手術を比較して、早ければうまい!というのは間違いだと思います。
でもそんなことを言い出すと、何をもって手術がうまいのかを比べるのはとても難しいのです。
治療成績(生存率や合併症率)で比較すると言っても、患者さんというのは全く同じ状態の人がたくさんいるわけではないですから、そう簡単に比較なんてできません。

そいうことで、ともすれば外から見て非常に分かりやすい、手術の時間、手の動きの早さや正確さ(結紮や縫合手技、剥離手技)といったものですぐ「上手!下手!」と言ってしまいがちですが、そんな技術は手術に必要な要素のごくごく一部でしかありません。
まあでも、本当に手術が洗練されている人で、糸結びとか縫合だけヘタクソだよね…なんて医者はいないとは思いますが。


2. 手術室に入る前から手術は始まっている


準備

「手術は準備が8割」という言葉があります。
このコラムでは、次の「3. 手術で使用する技術の要素」をメインとして、手術室で実際に使用する能力を解説していくわけですが、じつはそれは残り2割の要素でしかありません(まあ、経験とかは入ってくるから、そこまで言い切らなくてもいいかもしれないけど)。
手術の前に患者さん(もちろんデータを含めて)とじっくり向き合い、計画を立て、物品などの準備を整え、シミュレーションをし、肉体的にも精神的にも整えて手術に向かう。
それが一番肝要だというのは、すでに知られていることです。
英語でも「手術が難しいと感じるときは、十分に準備ができていないせいだ」という言葉があります。
最初に天才外科医のお話をしておいてなんですが、本来天才外科医でないと救えないような手術なんてほんの一握りもありません。
ほとんどの手術というものは、ある程度の水準の知識と技術と経験があれば、難なく遂行可能なものなのです。
だからこそ、手術が「難しいな…」と思うということ自体、事前準備に問題があるということです。

こんなえらそーなこと書いてますけど、当たり前ですけど僕は「この手術難しいな…」と思ったことが山ほどあります。
でもその後で、「なんで難しかったんだろう?」と振り返ることが、外科医にとって一番大事です。

本来であれば簡単に縫合や結紮ができるはずなのに、シチュエーションによっては難しい角度や狭い範囲での手技が要求されることはもちろんあります。
普段の練習で簡単な状況での練習ばかりしていたせいで、難しい場面で手技がもたついてしまったのかもしれません。
患者さんの状態把握や重症度認識が甘く、「もっと簡単に手術が進むはず」と思って入ったところ、思った以上に進行していたり、癒着していたり、炎症があったりしたのが反省点かもしれません。
単純にその手術に関する経験が足りていなかったのかも。
はたまた、昨日の夜に飲みすぎて二日酔いで体調がベストではなかったのか。
一緒に手術する上司がパワハラ気質で怖く、「うまくやらないと叱られる…」とビクビク緊張しながら手術していたせいで、手が震えて頭は真っ白。100%の能力を発揮できなかったのかも…。

そんなことあるの?と思うかもしれません。
でも、手術する医者だって、手術を受ける患者さんだって人間ですからね。
いろんなことが起こるんです。

そんな時、素直に「ここが悪かったのかな…」と反省し、改善し、次に生かすというのはとても大事なことです。
つまり、次の項で説明するような「手術で使用する技術」を高めることはもちろん大事ではあるのですが、前もって自分の技術を発揮できるように準備しておくことの方がもっとず~~っと大事ってことですね。
手術が上手くなるには…という本はいくつもあり、トレーニング法なども紹介はされているのですが、意外とこの「力を発揮するための準備の方が大事だよ」を強調してある本は少ないです。
なので僕は、ともすれば技術に傾倒してしまいがちな若い医師に「どういう練習すれば手術がうまくなりますか?」と聞かれた時、自戒を込めてこの「準備の方が大事」というお話をしています。
説教くさくなるけど。

3. 手術で使用する技術の要素

さて、やっと本題。
手術で使用する技術にどんなものがあるかというお話ですね。
漠然と「手術うまくなりたい」と思っていても、具体的に何を練習して、どううまくなりたいのか目標がわからないと、どういう練習をしたらいいのかは見えてきません。
昔ながらの外科の指導では、「糸結びや縫合を練習しろ!」「手術の絵を描け!」とか言われたものです。
確かにそれは間違いではありません。でも、「手術の技術のココを伸ばすために、〇〇をしなさい」という指導をしないと、言われた方の中には十分に意義を理解できずにしている人もいて、それでは練習の効果は半減してしまいます。

ということで、まずは手術室(手術中)において行われる、外科医の技術をきっちり分類してみましょう。


念…ではない

ああ、これハンター×ハンターで見たことあるやつ!…ではありません。
①手先の技術
②見分ける力(経験)
③メンタル
④コミュニケーション能力
⑤指導力
⑥積極性
僕は手術の際に使う能力はこの6つに分類されると思っていますが、それぞれが横にある能力とは密接に関係しています。
…って、説明すればするほどハンター×ハンターっぽいな。

①と②、場合によっては③まではよく「手術が上手くなるために」みたいな本に書かれています。でも、④~⑥が書かれていることはまれですかね。
なので、ここに書いてあるのは全て僕のオリジナルの考えということになります。
1つ1つ説明してみましょう。

①手先の技術
これはむしろ説明不要でしょう。
手術というのは結局のところ手でするものです。
手術で使用する技術は、「オリエンテーションをつける、剥離、結紮縫合、止血」の4つであるとよく定義されますが、どれもトレーニングをすることによって高まります。
この中で、オリエンテーションをつける技術というのは比較的経験よりになり、結紮縫合なんてものは完全に個人技ですから、積極性をもって練習する人が高まります。
よく学生さんを「外科医にならない?」って勧誘すると、「自分は不器用なんで向いてないです…」なんて言われることがありますが、生まれつき(ほとんど後天性ですが)器用かどうかなんて正直ほとんど関係ありません。
でも、そんなことを言う人はたいてい「患者さんのために技術を高めようという積極性がない人」であることがほとんどなので、あっさり僕は引き下がります。そんな人に外科させたら危ないし。
念のため言っておきますが、内科医だから手技をしないわけじゃないし、外科医よりよほど繊細な手技が求められることだってあるんですよ。

②見分ける力(経験)
ベテラン医師が唯一えらそうにできるのがここですね。
手術を初めて見る人は、どんどん手術が進んでいくのを見て不思議に思います。
「なんでこの医者たちは、ここを切って、進んでいけばいいって分かるんだろう…?」と。
解剖の図とかでは様々な色がついている臓器や血管、神経などですが、実際には白と赤のグラデーションでしかありません。
「ここは大丈夫」「これがこの臓器だから、ここは安全。ここは後で剥離する…」とか考えるのは、経験なくしてはムリです。
どんな手術にも「ラーニングカーブ」というものがあり、たいてい10件くらい標準的な手術を行うと、その術式を安定してこなせるようになります。
これが経験のなせる業ですね。
もちろんもっと難しいシチュエーションなどもあるので、経験はすればするほど効果があります。
でも、その中でも経験の効果をより高めるために、手術が終わった後で詳細に思い描きながら、絵を描写していったりすると、どんどん技術は高まります
だから、数多くの外科修練のためのテクニック本で、「手術は絵を描け」と書いてあるんですね。
現在は様々な手術ですぐに動画を見て参照できる時代になりましたが、外科医が本当に「視て」いる風景は、現実世界の動画のままではありません。
経験をもとに臓器の構造を理解し、当てはめたイメージをそれに重ね合わせているのです。
だから、それを絵として描写しないことには、手術技術は高まりません。

また、この「見分ける力」を③のメンタルと隣り合わせにしているのは理由があって、外科医のこういう技能は、棋士で言うところの「局面記憶力」に似たものがあると僕は思っています。

③メンタル


(鬼滅の刃より)

メンタル大事ですよー。
手術って長いですからね。
僕は小児外科医なので、手術の多くが短時間の手術です。30分とか。
長くても2-3時間です。
まあ、大変な腫瘍の手術とかになると7-8時間になることもあるし、肝移植とかになると10時間超えることもありますけど…。
どんな長い手術になろうと、術者は一切喉も乾かないしおなかも空かない。トイレにも行きません。
(最近さすがに休憩をはさむ文化もでてきたようですが)
なんでだろう…?と思いますけど、実際にトイレに行きたくもならないんだから不思議です。それだけ集中を持続しているってことなんでしょう。
でも、本当に6時間、7時間を全集中でぶっ通すことはできません。
人間どんなに頑張っても、集中を続けられるのは2-3時間。
なので、いかに集中力をある程度キープしつつ、大事な局面でぐっと力を入れるか…という力の配分がとても大事です。
移り気や投げやりにならず、焦らず、慌てず、明鏡止水の心で…。

先ほど外科医の技術は棋士に似ているとお話しました。
僕は完全に下手の横好きですが、将棋が好きです。
局面を記憶しておいて次に活かしたり、ひたすら長時間集中して戦ったりするところなど、似ている点が多いと感じます。


日本臨床外科学会にて、「日本一有名な師匠」杉本八段とツーショット

でも、このメンタルにおいて異なるのは、外科医はチームで動くということです。
棋士は100%個人戦です。
メンタルの乱れが勝敗に直結する。
外科医はほぼ100%チーム戦です。すると、執刀医の心の乱れはチームワークの乱れにつながるのです。
そしてそれが患者の生死に直結する。
だからこそ僕は、このメンタルを④コミュニケーション能力の隣にしているのです。

と、③メンタルまで解説したところで、少しキリが悪いですが、
あまりに長くなってきたので「その2」に続きます。

<参考>
なし


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