見出し画像

農産物と同じはずの“繊維産地”が、ほとんど知られない理由

2023年はこちらのnoteをスタートしまして、今日は2回目の投稿をさせていただきます。

ふだん、取材いただいた時や、どこかで何かお話をさせてもらう機会があると、滔々としゃべり続けるので、たしかに僕自身がHUISをはじめてから考えるようになって、アウトプットしたいことがたくさんある気がします。

なのですが、具体的に何かを質問されると考えていたことを思い出していろいろ話し始めるものの、ふだんは思い出そうと思ってもすぐ思い出せないので、なにか聞かれて話す機会があった時などに、ここにサッと書く、というスタイルでいけるといいかなと思っています。

今日はタイトルにある「農産物と同じはずの“繊維産地”の情報が、ほとんど知られない理由」について書いてみたいと思います。

遠州織物を知り、HUISをはじめて最初に考えたのがこのことでした。

繊維産地は、農産物の産地とすごく似てる

僕は行政職員として浜松市に10年勤めていたのですが、そのうち退職するまでの7年という長い間「農林水産業の振興」の業務を担当していました。

若手職員は3年毎に異動するのが通例なので、7年というのは異例の長さだったのですが、流通、組合(農協・漁協・森林組合)、地産地消、6次産業化・ブランド化、広報など、さまざまな一次産業に関わる業務をさせていただいていたので、頭の中のベースがどっぷり一次産業でした。

第一回で書かせていただいていた通り、「遠州織物」という生地を生産している遠州はすごい地域だ、ということを知ったのですが、なんというか、聞いた当初は、他にもそういう良い生地を作っている地域や、あるいは国があると思っていました。

お米だったら「魚沼産コシヒカリ」、牛肉なら「松阪牛」がもちろん有名ですが、他にもお米や肉牛を作っている地域はあるわけで、それぞれにブランド化を図って一生懸命切磋琢磨している、というもので、そのなかの一つなのかな、なんてイメージしていました。

ただ、知っていくと、旧式の織機を使った高級糸の細番手高密度の生地を作る産地なんて、もう世界中どこにもない、唯一、遠州だけで、とんでもない技術を持った機屋さんたちがこの技術を閉ざさまいとがんばっている。
でも、ジリ貧で今にも消えて無くなってしまいそうな産地なんだ、ということを知ります。

日本中、どこもブランド牛を育てなくなって、和牛というものを見ることはほとんどない。畜産業が残っている国内産地は最強の松阪牛を作る松阪だけ、あとは安価な輸入牛肉しか流通していない。そんな感じなんだと理解するようになります。

そして同時に、繊維産地って、それほどまでに一般消費者に対して情報が伝わらないものなんだ、と思いました。松阪牛は松阪牛としてはっきりとブランド化されていて、消費者に認知されています。
松阪に行けば間違いなくおいしい松阪牛のお店があるし、少なくとも、そこに住む地域の方々はそのことを誇りに思っています。

こうした素材そのものが消費者に届けられる農産物と比べ、「生地」はとにかく生産者から消費者までの距離が遠い。

繊維業の特徴のひとつは、流通において、中間に関わる役割を持つ人が多い、ということです。
アパレルは、素材そのものの価値よりも、デザインや見せ方といったものが尊重される世界です。僕は、それ自体はとても文化的で尊いことだと思います。だからファッションはこれほど魅力的で、人にとってとてつもなく大きな産業になっている大きな要素だと思います。

ただ、一方で、こうした部分での優先順位を持つ人をたくさん介することで、素材そのものの価値について、その情報はどんどんと薄まっていきます。どの国で、どの産地で作られた生地か、という情報すら、流通の途中で消えてなくなってしまうのです。だから、遠州に住む人すら、遠州織物のことを知らないのです。

そして、素材の価値の情報が薄くなるのであれば、それは効率良く生産できる安価なものにどんどんと置き換わっていくということが、実際、自然なことだと思います。

国内に繊維産地がこんなにもあることを知る

HUISの昔話に少し話を移します。

ブランドをスタートしてから、展開規模が大きくなってくると、次第に、地域内だけでなく、イベント出展などを機会に地域外に出ていくようになります。

そこで知り合ったブランドさん、担当者さんやオーナーさんと交流する中で、他産地のことを少しずつ知っていきます。

最初にそういう産地をテーマにしたイベントに出させてもらったのが、名古屋タカシマヤでの『もんぺ博覧会』でした。

これは、福岡・久留米絣をもんぺ(MONPE)にしてブランド展開されている「うなぎの寝床」さんが企画されていたイベントで、名古屋に程近い遠州のブランドとして呼んでいただいたのがきっかけでした。

久留米絣はもともと着物のブランド生地ですが、“日本のジーンズ=MONPE”というコピーで新たな価値を提案され、当時からうなぎの寝床さんは産地発ブランドとして有名でした。

その後、同じように産地をテーマとするイベントが少しずつ現れ始め、例えば、最高品質のコートを作るblanketさんと知り合い愛知県一宮市が尾州織物といってウール生地のすごい産地だ、あざやかなショールを展開するtamaki niimeさんと出会い、兵庫県西脇市(播州)は遠州と並ぶ綿織物の産地なんだ、といったことを知っていきます。

blanket
tamaki niime


せっかくなので、他にも主な繊維関係の産地をいくつかざっくり列記すると、

群馬・桐生 → シルクとジャガード織物
山梨・富士吉田 → シルク
北陸 → 化学繊維
新潟 → 横編みニット
静岡・浜松 → 綿・リネン(遠州織物)
静岡・磐田 → コーデュロイ(遠州織物)
愛知・一宮 → ウール(尾州織物)
愛知・三河&知多 → 綿(三河木綿・知多木綿)
滋賀 → 麻(近江上布)
三重・伊勢 → 綿(伊勢木綿)
和歌山 → 丸編みニット(メリヤス)
奈良 → 靴下
京都・西陣 →  シルク(西陣織)
南大阪 → タオルや毛布(泉州織物)
兵庫・西脇 → 綿(播州織物)
岡山・児島 → デニム
愛媛・今治 → タオル(今治タオル)
福岡・久留米 → 久留米絣

言う人によっては多少違いがあるかもしれませんが、僕の知った知識だとこんな分布です。(着物の生地を作る産地についてはまだまだ他にもあると思います)

こうした繊維産地のことを知るたびに、ああ、これは農産物と全く同じなんだ、と考えました。

産地は、地域の環境特性を活かして産地となる

浜松市は特に”国土の縮図”なんて表現されていて、日照量が豊富でかつ、地域内に気候や地形・土質が異なるさまざまエリアがあるのでよけい感じるのですが、農産物は、その土地の環境にあったものが特産品として育ちます。

例えば、浜松の「みかん」が育つ地域は、山間地に近い地域で、大きな石が土の中にごろごろとあるような痩せた土地です。
おいしいみかんが育つためには糖度を高めるため豊富な日照量が必要になるとともに、根からの水の吸収をどれだけ防ぐことができるか、というところがポイントです。水はけが良い痩せた土地で日照量が豊富な地域だからこそ、おいしいみかんが採れ、ブランド力は高まり、みかん栽培の技術が歴史的に成熟しているのです。

一方、国内で長野とならぶトップシェアを誇る浜松のセルリー(セロリ)が育つのは、天竜川西岸や浜名湖東側の地域で、ここは栄養分が豊富でふわふわの洪積埴壊土が広がっているため、栄養を必要とする西洋野菜がよく育ちます。

セルリー農家・河合邦知さん(浜松市HP)より

川や湖に隣接するこうした土地は、大昔は川だったことが多く、山から流れてきたたくさんの養分を土が含んでいるためです。
仮に痩せたゴロゴロ石の土地に持ってくと、セルリーはまともに育ちません。その地域ならではの強みを活かした特産物が生まれるわけです。

こうした地域ごとの特産物の産地化を、生産・流通・ブランド化の面で大きな役割を果たしてきたのが、各地域に根付く農協です。厳しい出荷基準を設け、それに足る生産技術や資材を農家さんに提供し、品質基準の保たれた生産物を産地としてブランド化し、流通にのせるのです。

農作物に、洋服のようなデザインディレクションは不要です。中間に関わる人たちが、常に◯◯産という情報とともに、素材そのものを流通させていきます。◯◯産という情報を、信頼性の根拠として。これは水産物についても同じことが言えます。

そのおかげで、私たち日本人は、味だけでなく、地域性も感じられるこんなにも豊かな食文化を享受することができているのだと思っています。

繊維業に話を戻すと、先ほどの繊維産地の分布でよくわかるように、太平洋側に面した日照量の豊富な地域ではほとんどが綿織物の産地となっています。そのため、綿織物の産地は、現在も農業がさかんな地域です。

遠州織物の歴史も、綿花の一大産地となった江戸時代中期以降を発祥とするもので、農産物たる綿花栽培が繊維業の基礎にあります。

一方で、日照量の乏しい北陸地域は化学繊維の産地、群馬や山梨といった内陸部では、養蚕を基とする絹(シルク)織物の産地として残っています。

ここで、こうした特産物を見ていると、知られにくい繊維産地の中でも、一般消費者の方に比較的よく知られている産地というのは、「今治のタオル」「奈良の靴下」「岡山のデニム」といったものではないかと思います。

僕は、その理由は、生産品が最終製品により近いものだからだと考えています。

素材そのものが最終製品に近いということは、デザインをするという役割が薄く、生産者から流通までの間に介する人が少ないということです。だから、比較的農産物に近く、結果、産地そのものがクローズアップされやすい傾向があるのだと思います。

その点、「旧式のシャトル織機で織った細番手高密度の生地」というゴリゴリの中間材である遠州織物のような産地は、とても知られづらいのは自然なことなのだと思います。

楽しみで仕方がない、アパレルと繊維産地の未来

こうした中で、国内の繊維産地のことがきちんと知られ、技術を持つ職人さんたち生産を担う方々にスポットがあたるためには、流通の中間を担う自分達のような立場の人間が、どれだけ産地の価値ある情報を発信していけるか、が鍵だと僕は考えています。

HUISのような“産地発ブランド”は、生地を仕入れるために介する中間事業者が皆無です。また、ゼロ距離で産地、技術、生地の情報を得て、価値を知ることができます。これほど恵まれた環境はありません。

多種多様、豊かな繊維産地が国内にあります。担っている人たちがいます。たくさんの人に知ってもらえることは、地域の人の誇りになり、日本人にとっての誇りになります。

そして、それはファッションを楽しむ消費者のみなさんにとって、いかに幸せなことか、と思います。
外面的な情報だけでこれほど楽しめていたファッションの下には、無限に広がる日本の産地や技術という興味深い情報があるのです。さきほど話題にあった食文化と同じような世界が、その先にあるのです。

遠鉄百貨店「サンチノ -sanchino-」

WEBやSNSが発展し、生の情報・本当の情報を知ることができるようになった現代で、「産地発ブランド」と言われるブランドがもっともっと出てくる未来を予想しています。そういう核になる人や組織が、各地域に現れることを期待しています。

僕は今まで以上に、そうしたブランドさんたちと、切磋琢磨して交流する未来を、すごく楽しみにしています。


国内産地のことは、もう少し詳しく紹介できればと思うので、今年はHUISでひとつコンテンツシリーズを設けたいと思っています。

その他、僕の今知っている産地ブランドのご紹介も、また追々できればと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?