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自己免疫疾患。これ以上簡単にならない説明付き(おまけ付き)

たまには医者らしいことを書かないと、で最近のネイチャーの記事、自己免疫疾患に朗報か?の記事をわかりやすいようにまとめてお伝えしたいと思います。


ネイチャーの記事から 左の細胞がT細胞(警察官)右の細胞が抗原提示細胞(通報者)
NEWS FEATURE 23 January 2024

私が患者さんに病気の説明をする際に、よく使用する、リウマチなどの自己免疫疾患は「市民戦争」の説明。つまりちょっと乱暴ですが、市民同士が国内で戦争を起こす内乱に例えて、体の中の細胞同士が殺し合う状態になっていると説明します。

ネイチャーの記事で、この内戦緊張状態を、もっと「許容」状態に持っていくのを治療の主体とする、といういくつかの最先端の研究を取り上げているのです。面白かったのでご紹介。

体内の免疫活動は非常に複雑で全て明らかにはされていませんが、簡単にいうと以下のような細胞が関わっています。ここではこの4つを覚えるだけでOK。

  • T細胞:警察官の役割を果たす、悪い人を捕まえる細胞

  • 制御性T細胞:特殊なT細胞で司令官、主においおい、待て待てと制御をする役割

  • B細胞:抗体を作る細胞、抗体=兵器作り

  • 抗原提示細胞:抗原=異物・悪い人・敵を認識して通報する人、通報者

抗原提示細胞、つまり悪い人を認識して通報する人が間違った通報(味方なのに敵とみなす)をした場合、T細胞(警察官)過剰に反応し、B細胞(武器兵器作り)が進み、戦争状態、自分自身の体の部分を攻撃してしまうことになります。

こうやって、自己防衛のシステムが狂うと病気になります。例にはMultiple screlosis (=MS=多発性硬化症) は自分自身の神経の組織を攻撃し、セリアック病では腸内の内膜が攻撃されて起こります。他にもリウマチやループスなどの膠原病では関節や筋肉が炎症を起こし、糖尿病タイプ1ではインスリンを分泌する膵臓のβ細胞がこわされます。

今までは自己防衛のシステムが狂って体内で戦争が勃発していると、強力な免疫抑制剤、つまり全ての警察官、市民や国民に対して、外に出るなと戒厳令を発して活動を全部抑える薬しかなかったのですが、そうなると大事な経済活動も、悪いことをするバクテリア(細菌)や癌細胞を捕まえる良い警察官も動けなくなり、副作用として感染症になったり癌になるリスクが高まったりする副作用が問題でした。

市民戦争が起きてどこがどうなってるのかわからなくなって良い人も悪い人も全員戒厳令にするよりも、どこかで間違ってしまった通報者を止めたり、手当たり次第に市民を捕まえている警察官や、兵器を作る施設に、「いや、そいつは悪くないんだ、落ち着け」と働きかけることが一番理にかなっているということになります。これが「免疫寛容」です。

いつか人類の争いが終わるためには「許容すること」がカギだと書いた記憶があるけど、まるで体の中も同じですね。


新しい研究1: 肝臓を利用する


肝臓は、腸からの血液がろ過される場所です。腸は外に露出されているため(食べ物などが通りますでしょう)、外来からの敵(異物)=抗原が体内に侵入する場所です。この抗原は血液を介して、肝臓に到達します。したがって、免疫寛容を確立させるためには重要な臓器なのです。

いろんな細胞破片を肝臓に向かわせているのは、細胞の破片に糖タグ=tag=しるしがついているためだということがわかりました。この糖タグのしるしを、わざと、病気を引き起こしてしまうミエリンタンパク質抗原にくっ付ければ、肝臓に誘導でき、ちゃんと免疫寛容が確立できた、制御性T細胞と呼ばれる司令官である細胞を活性化させ、興奮しているいわゆる警察官の役目であるT細胞を制御することができたのだそうです。この戦略でマウスの実験ではありますが、2023年、多発性硬化症様疾患の症状を逆転させることができたのだそうです。


免疫寛容のために、肝臓を活用する研究例

糖タグ(しるし)を抗原(異物としてみなされているもの、仮想敵、悪いもの)にくっつけて肝臓送りにすると、制御性T細胞(特殊なT細胞で司令官、主においおい、待て待てと制御をする役割)を活性化させることができた

マサチューセッツ州ケンブリッジのアノキオンという会社では、この肝臓を活用した治療で、人間を対象にした実験が開始されていて、多発性硬化症患者を対象とした第1相試験を突破、現在、第2相試験に突入しているのだそうです。抗原が肝臓に到達した後にこの治療法がどのように作用するかについてはまだ企業秘密、でも、「強力な制御性T細胞を推進している」と説明されているそうです。

新しい研究2 : ナノ粒子

仲間なのか、仲間ではないのか(自分の組織なのか、侵入者なのか)を体の細胞が認識する過程は複雑です。通報者には侵入者を捕まえて、細胞内で処理し、antigen抗原=異物部分を提示する部分があります。これが、主要組織適合性複合体分子 (major histocompatibility complex molecules=MHC)です。通報者はナノ粒子(nanoparticle)と呼ばれるつぶつぶを表面からスパイクのように突き出すのです。 この粒々スパイクはT細胞(警察官)に認識され、攻撃するかどうかが決まるのです。このナノ粒子(nanoparticle)を活用することで、制御性T細胞を作らせようとする研究です。

ナノ粒子(nanoparticle)を利用して、制御性T細胞(Regulatory T cells)を作らせる
制御性T細胞は前述の通り、おいおい、待て待てと制御をする役割

1 型糖尿病のマウスモデルで、このナノ粒子(nanoparticle)を利用して糖尿病の症状をストップさせることができたのだそうです。ナノ粒子は T細胞の増殖を促し、制御性T細胞に変化し、戦争を起こしている免疫細胞の活動をスイッチオフさせたかのような劇的変化を見ることができたのだそうです。


新しい研究3: 制御性T細胞を摂取


患者の血液から T細胞(警察官)を採取し、この中から制御性T細胞(特殊なT細胞で司令官、主においおい、待て待てと制御をする役割)のみを抽出し、体内へ再注射して戻す。特に、この制御性T細胞を疾患部位に誘導するように細胞を操作するのだそうです。 2024年に関節リウマチ患者に初回接種を行う予定まで漕ぎ着けているのだそうです。また、制御性T細胞は病気によってもたらされた損傷の一部を回復するのに役立つ可能性まであるということです。


 新しい研究4: B細胞の数を減らす


病気の原因となる免疫細胞を直接殺す治療法を開発している研究者もいます。どちらかと研究はT細胞(警察官)に注目が集まりがちであった中、B細胞をターゲットにした研究です。B細胞は、抗体を作る細胞で悪い人への兵器武器作りと説明しました。B細胞は抗体という兵器を生成するだけでなく、炎症を引き起こし、T細胞への大量に信号を送り、自己免疫疾患の燃え続ける炎を煽ると考えられるというのです。

兵器を作り続けるB細胞をターゲットに


患者の体から T細胞(警察官)を採取し、T細胞を操作し受容体を表現させ、体内に注入して戻し、autoantibodyという自己抗体(過剰な、自分自身を攻撃する兵器)を作ってしまっているB細胞をターゲットにし、B細胞を一掃させるというものです。まるで、普通の警察官から特殊な訓練を受けさせた特殊部隊に格上げし、敵を狙い撃ちさせるみたいなものでしょうか。

これまでのところ、合計15人の膠原病の患者さんに使用し(ループス8人、全身性硬化症 4人、特発性炎症性筋炎3人)症状は劇的に改善されたとドイツのチームが発表している様です。患者さんがしばらくして、新しいB細胞をまた産生し始めた後でも、全員が寛解を維持していることです。あたかもB細胞を一掃することで免疫システムがリセットされ、秩序を取り戻したかのようです。このB細胞をターゲットにした治療法は天疱瘡という皮膚科の疾患でも効果を発揮しているのだそうです。


ネイチャーでも結論で、問題は、こういう最先端の細胞療法には、高額な費用がかかること、そしてまだわかっていない潜在的な副作用などの課題もあると書いてはいますが、自己免疫疾患の治療に朗報であることには間違いないでしょう。


さて、個人的なおまけのお話を。

夫は「乾癬=カンセン」という皮膚の疾患を持っています。乾癬も自己免疫疾患です。前述、腸は外部に露出されているため(食べ物などが通る)、外来からの敵(異物)=抗原が体内に侵入する場所と書きましたが、皮膚も同様、外部に露出されているため、多くの異物にさらされ、免疫細胞が大量に常在している場所です、このため、自己免疫疾患の症状として出やすいのです。

乾癬は皮膚の症状のみですが、乾癬のある患者さん全体の10~15%に「乾癬性関節炎」という関節(脊椎含む)や腱付着部、指に炎症をきたす様になります。夫はまだ結婚してすぐ、整形外科の駆け出しの私に、自分の爪を見せてくれて、この爪で「乾癬性関節炎」と診断されたというなりゆきなどをこと細かに説明してくれました。

夫の指の変形、見えるかな、右はひどい時に出現する湿疹
ネットから拾ってきた乾癬性関節炎の爪の写真 針先で押したようなpitting nail


私は中国北京からイギリスへ就職先を探しているときに、整形外科の仕事がなかなか見つからなかったので、最初の2年間リウマチ医として勤務しましたが、この時、関節リウマチと乾癬性関節炎についてはほぼエキスパート以上レベルの知識を持っていたので採用してもらえたと思っています。これも、毎日「患者」と一緒に暮らしているせいで、ありとあらゆる文献も読んでいたし、何しろ理解度が深い(1例の症例を全部の症例に当てはめるのは危険な部分があるとは承知の上で)。

一般市中病院レベルでいえば、乾癬の診断はアトピーや、湿疹という診断で終わっているということも多いだけでなく、その中でも乾癬性関節炎としっかり診断するのは難しいかもしれません。まずは診断が正しくなければ、治療へはつながりませんよね。

一体、どんな最先端の治療が話題になっているのか、実践というより興味のレベルではあるものの、up-to-dateできていたのは、夫のおかげです。そして患者さんがどんなことに悩み、どんなふうに心配したり、ストレスを感じるのか、寄り添っているような気持ちになれるのは、自分自身が病気になるのとはまた一味違ったもっとも身近にいるものとしての経験を通してなのだと思います。

乾癬性関節炎でいえば、治療はステロイドのような昔からある抗炎症剤から、免疫抑制剤にシフトしています。そして、ご紹介したネイチャーの記事のように将来はもっとターゲットを絞った治療になっていくでしょう。

乾癬という病気を持っていることそのこと自体はいいことではないですが、その裏で結果として、良い影響を私に与えてくれている、それは

noteのれれこさんの名言

れれこさんの名言のように、マイナスをプラスに変えるのはあなた次第、ということなのかもしれません。




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