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小説たち

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掌編、短編小説と長編の第一話をまとめてます。多分、主人公は男が多い(笑)
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#恋愛小説

朝を待つ

朝を待つ

 あなたはずっと、朝を待っていたのかもしれない。

 朝待ち宵。
 透けていくその言葉を心の中で反芻しながら、遠くの空に生まれ行く朝焼けを見ていた。
 施設のバルコニーで、同じベンチに腰掛けるあなたを見やると、伸ばしっぱなしの髪が無風の中で微かに揺れる。それは東雲の空に色彩を乗せていく絵筆のように見えて、すこし哀しかった。こんな中でもあなたの髪は白いままなのだな、とひとり、心の中でつぶやく。

 

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相思相愛 side he

相思相愛 side he

 触れる唇からはまだ、好機のぬくもりが感じられた。

 うっすらと目を開けば、白い肌越しに夜の街のネオンが燦然と煌めく。ガラス戸の向こうのそれは、少し白ばんでいて、まるで俺たちだけ世界と隔たれた場所にいるみたいだった。

 ポロロンと憂いをふくませたピアノの音色が部屋の中を一人歩きしては、ムードを越えてはいけない世界へと引き込んでいく。俺はまた目を閉じ、のせられるがままに己の欲情をうねらせる。

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相思相愛 side she

相思相愛 side she

 月が弾けたような光が夜空を走って、あの人との通話が途絶えた。見上げると月はまだそこにいて、ほっとした気持ちになる。

 照明が程よくしぼられた薄明かりの部屋に視線を戻すと、彼はすでにベッドの上で眠りについていた。静かに脇に寄り、彼の寝姿を眺める。

 アルコールの回った身体に下品な匂いはさせず、少しの疲労感だけを漂わせて、ベッドに身を委ねていた。首筋まで伸びたキャラメルマキアートに染まった髪が、

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はつ恋

はつ恋

―消しゴムのすり減りは恥じらいのある証拠。
 そう言われたのはいつだったけ。

 背景に桜木と舞う花びらがあしらわれた原稿用紙に文字を連ねながらふと思った。

「あ」

 『だったっけ』の最後の『っ』が抜けている。豆粒ほど小さくなった消しゴムで『け』の字を消す。ちょうどそのマスに収まった桜の花びら達は、地面に落ちて踏みに踏まれた時のように黒ずんでいた。せっかくの綺麗なピンク色も台無しになってしまう

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