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歩く


歩く
ずんずんと
黙りこくって
衝き動かされるまま
全身が足になったように
当てもなく

歩く
ぐいぐいと
向かい風切って
涙溢れるまま
怒りと悲しみと悔しさに
身を委ねて

その一歩に
押し殺された嗚咽を
声にならない慟哭を

その一歩に
飲み込んだ言葉を繰り返し
もぎ離そうと身をよじり

やがて
赤い橋を渡ると
そこは夜の森
小さな湖に沿い
ぐるりと続く細い道

月のない夜の
空と雲は
黒ほどにも青く
灰ほどにも白く
木々の枝も陰影として
真昼の色を脱ぎ捨てて
聞こえるものはただ
木の葉に落ちる虫の音
静寂を破るわたしの足音

時折ぎらりと
湖面が冷たく
わたしを呼ぶ
さあ、おいで。
もう、頑張らなくていいんだよ。
失うものは、何もない。
そうだろう。

ああ、その通りだ
わたしにはもう
何もない
頭はぼんやり
手は空っぽ
足は痛み
身体が冷えて
ひどく重い

背後には
歩いてきたはずの道
いつのまにかそれは
ひときわ黒々と
口を開け、深淵となって
わたしを飲み込もうと

振り返らなくていい。
道は、あなたの内にある。
まっすぐでなくていい。
あなたは、共に歩いている。
その足の下、踏みしめてきた、
ひとつひとつの場所を連れて。
 

そっとささやく
優しい声に
ふと顔を上げれば
そこはふたたび
赤い橋
もうどれくらい
ここにいたのか
湖のほとりを
さまよい疲れ
痛む足を引きずって

わたしは何処に
向かうのだろう
逃げているのか
立ち向かっているのか
歩き出すことの意味さえも
見失ってしまったけれど

東の空は
少し白んで
残酷にも
救いのない一日をまた
悩めるひとに負わせる

それでも
わたしたちはまた
歩きつづけるしかない
痛む足を引きずって
それぞれの夜明けへと

いつか、また
赤い橋を渡る
そのときまで


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