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『乳と卵』川上未映子

芥川賞が先日発表された。今回受賞されたのは、市川沙央さんの『ハンチバック』でした。
市川さんの会見がまた良かったですね…この先どんな作品を書いていくのかな、と気になりました。

さてさて芥川賞繋がりで、過去の受賞作である川上未映子さんの『乳と卵』を賞発表までの生配信を聴きながら読み終えた。

正直に言うと、冒頭は読むのが辛かった。段落が長い、空白がなくて見づらい、ひらがなの区切りがノリに乗るまでポイントを掴めない…という感じで、ページを戻ったりしながら読み進めた。

緑子(主人公の姪)は人と話すことが出来なく、対話する時は筆談という手段を取る。話すことが出来なくなった理由は明かされていない。

◯という記号のあとに、彼女の手記のようなものが時々挟まれる。
生理がまだ来ていないことからおそらく緑子は小学4・5・6年くらいだと思うけど、手記の中にはその年代の子供らしい疑問の中に、哲学的な思考が組み込まれている。いやなことについて、感情を詳しく書くと言うよりは気持ち悪い、とか厭だという言葉を使うあたり、子供らしさを表現されている。疑問は尤もらしいのに。だからその二つのアンバランス感が癖になる。

緑子がこの作品の中ではポイントとなってくる。
ずっと母である巻子のことを嫌っているんだろうなと思っていたら、手記の中では母を心配していて苦しませたくないと思ったり、元凶である自分が嫌いだ、というようなスタンス。結局好きなの?嫌いなの?という感じ。でもそれが親子と言うんだろうな。
鬱陶しい、そう思うこともあると思う。スナックで働く母だし、夜は帰ってこないし普段から会話も少ないだろうし。でも母は母でそれは変わらない。完全に嫌うことはできないという感覚も分かる。

そんな感情が募ってラストシーンへと繋がる。
緑子と巻子の、言葉を組み立てずに率直な"伝えたい"という思いの殴り合い(比喩)は凄く良かった。あのラストシーンはずるい。この作品への印象が全てひっくり返った瞬間だった。

主人公が傍観という立場なのも良い。緑子と巻子、どちらかが主人公だったら感情の押し付け合いみたいなラストシーンはここまで良いものになっていないと思う。俯瞰で見られたからドラマチックに見えたんだろう。

そして最後、本を閉じたあとに感じるのはタイトルの良さ。

川上未映子さんのタイトルはいつも作品にぴったりだと感じる。『乳と卵』みたいに、『 単語 と 単語 』というタイトルの形はいくらでもある。例えば『百年と一日』(柴崎友香)とか、『爪と目』(藤野可織)とか。ありふれた形なのに、どうしてこう良いと思うのだろう。
ちちとらん、ちちとたまご、様々な意味が組み込まれていそうだ。

まだ未読という方がいたら、いつでもいいから読んで欲しい。これを読まずして死ぬのはなんだか勿体無いように思う。

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