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『黄色い家』川上未映子

しっかりと調べたわけでは無いけれど、2023年に一番読んだ作家はおそらく川上未映子だと思う。

そもそも私は川上未映子を読んだことがなかった。ふと思い立って『春のこわいもの』をオーディブルで聴き、芥川賞を取られた『乳と卵』そして続編の『夏物語』、ブッカー賞の候補にもなった『ヘヴン』や『すべて真夜中の恋人たち』を読んだ。今年は川上未映子と共にあったと言っても過言ではない。

読み漁ろうなんていう目標は無かったけれど、無意識に『黄色い家』はラスボスだと思いながら過ごしていた。長さ的にも、重さ的にも。今年が終わるまでに読めたら良いなと思っていた。


『黄色い家』は、川上未映子の最新作(エッセイを除く)で、600ページを超える長編だ。今年の春に刊行された。

2020年春、惣菜店に勤める花はニュース記事に黄美子の名前を見つける。60歳になった彼女は、若い女性の監禁・傷害の罪に問われていた。長らく忘却していた20年前の記憶…

黄美子と、少女たち2人と擬似家族のように暮らした日々。まっとうに稼ぐすべを持たない花たちは、必死に働くがその金は無情にも奪われ、よりリスキーな"シノギ"に手を出す。歪んだ共同生活は、ある女性の死をきっかけに瓦解へ向かい……。

中央公論新社 帯文

帯にでかでかと書かれた「人はなぜ、金に狂い、罪を犯すのか」という言葉のインパクトが強い。あらすじを読んだ時点で分かると思うが、内容も暗く、重く、悲しげだ。ずっとずっと焦燥感に駆られる作品だと感じた。

正直、よくこんな辛い作品を描き続けられたなと思う。連載だったらしいので、長い間川上さんは『黄色い家』と付き合ってきたはずだ。その間ずっとこの作品のことを考えて暮らすのは、想像するだけで苦しい。それだけ伝えたい熱量がなくては書けない作品だと思う。

私たちが生きるために「金」は必要不可欠だ。食べるものや着るものを手に入れるには、金という紙っぺらが必要で、金を稼ぐためには仕事をしなくてはならない。
『黄色い家』に出てくる花や共に暮らす人たちは稼ぐ術がない。身分証が無く、生まれてから今に至るまでその日暮らしの生活だった者たち。その人たちが、生きていくための金を手に入れるにはもう罪を犯すことしか残されていなかった。

本当に、読んでいて苦しくなる。苦しくなる原因は二つあって、一つは登場人物への感情移入。もしも自分だったら、というよりは自分が花(主人公)自身に乗り移っている感覚になるのだ。それは川上未映子の筆力の賜物で、「入り込める」。

そしてもう一つは、のうのうと暮らしている自分を思うのだ。例えばそう、この本を買う人の財力ってわからないけど『黄色い家』は一冊大体2000円くらい。2000円を本に使える人は、そもそもの暮らしが花たちとは違うはずだ。
そりゃあその2000円ってまともな仕事して得たお金に違いないけど、その術も知らない少女たちを思うと、罪を犯すしか無い生き方を思うとただ苦しく情けないのだ。(しかも私なんかは、親から貰ったお小遣いで買ってるし…)

多分つまらないとかではなく、苦しすぎてこの本を途中で辞めてしまう人もいるんじゃないかな。

しかし苦しい作品の中にも好きな場面がある。
例えば、黄美子さんが幼かった花と別れる最後の日、冷蔵庫を食べ物でいっぱいにしてくれたところだったり、初めて花に友達ができてマックで談笑するところだったり。あとはその邂逅が自殺(他殺?)につながってしまったけれど、琴美さんと最後のカラオケシーンも好きだった。ヴィヴさんと高級焼肉に行って泣いてしまうところも、花を思うと泣けた。

川上未映子は地獄を書くのが上手い。地獄を地獄だと思うのは、その生活の中での幸せを描くのが上手いからだ。逆に、楽しい思い出が浮かんでくるのは、落ち切った底を書くのが上手いからとも言える。まあ総じて文章が良いんだよなあ。

多くの人に読んで欲しい。そういう生活をしている人がいる、と分かるだけで、自分の生活をこれまで以上に大切にしようと思ったり、謙虚になったり、自分に絶望することがあっても奮い立たせることができる気がする。『黄色い家』もまた、物語以上のものをくれる傑作だ。

最後に。

幸運なことにサイン本を見つけることができました。大事にします。

ここまで読んでくれてありがとうございました。

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