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市役所小説『お客さま、そんな部署はございません』【第1回】安易に夢が叶ってしまったのだが正直どうすればいいかわからない

注)これは少し前のこと。私が働いていた場所での出来事と雑感を「セミ・フィクション(ゆるやかな事実)」的にまとめたエッセイ。
毎週日曜日、21時頃に更新予定です!

ちょっと買い物に出かけようとしたら、ポストに郵便が届いていた。
先日受けた、某市役所の移築オープンに伴う増員職員の結果が来たのだ。
もうサンダルを履いたその場で、私は封筒の開け口をむしり取った。

「採 用」

よかった。
ひとまず安心した。

これで来月から、わずかながらも固定給が入る。
市役所の臨時職は、給料こそ安いものの、よほどのことがなければ※5年間は勤めていられるからとりあえず大丈夫だ。(※いまどきの行政職は非正規雇用で、たいてい5年の任期付きである)

市役所に勤務するのはこれで3回目だ。
過去6年、2つの市役所に勤務してわかったことは、庁舎や市町村が違っても、基本的にやっていることや、ものの考え方、職員の「たたずまい」まで、たいして違いはないということだ。
だから業務内容にはさほど不安もなく、特に問題とも思っていない。

「なんちゃらかんちゃらで、結果、あなたを採用いたします」と書かれたペーパーの、余白を下に下にと目でたどった。

と、そこに気になるワードが。

配属先は「総務課」です

総務課?


待てよイヤな予感がする。

たしか今回は、老朽化した庁舎を取り壊し移築するにあたって、市民のユーザビリティをより一層高めるために、窓口業務を一点化、つまり「窓口のワンストップ化」を実現させるための増員ではなかったか。

なのに総務課とは、いったいどういうこと?

役所の総務といえば、※法務・庶務・人事・管財・財政・福利厚生など(※大都市はこれが全て別々の課に分かれている)など、相手にするのは市民ではなく、むしろ職員のための課である。市民との接点は少ない部署だ。はっきりいえば、※総務課にいるような職員は、一応は出世コースの途上にあるような人たちある。(※そして市民との接点がどんどん少なくなっていくことで、既得権益の塊になっていくのかもしれない)
なので、比較的「意識高い系」がいると、職員同士でも思われているようなところがある、そんな課だが。
それがどうして。
どうしてこの課に配属になったのだろうと・・・・・あ。


・・・ヤバイかもしれない。
直感的に悟った。

これってもしや、アレか。
あの仕事じゃない?
そうだ、絶対そうだ。

これこそ、ウワサに聞いた、
「例のポスト」ではないか?

やだやだやだ無理だ無理だ無理だって~~~~~

すっかり玄関に封筒を放りだして、取りあえず買い物に出かけたが、頭が真っ白になり、最低限の消耗品だけ事務的に買ってそそくさと帰ってきてしまった。

今年こそ浴衣を新調しようと意気込んでいたのに模様も色も、何も「入って」こない。
そんな仕事をするために市役所を受けたんじゃない。
まさか、ちょっと憧れただけの「夢」が叶うなんて。


夢の叶い方がどう考えてもおかしい

私はいつもおかしな感じで夢が叶う。
コミットするほどでもない(どちらかというと無自覚)ぼんやりと描いただけの願望が、けっこう叶ってしまうのだ。
ある願望と願望が、不思議にコネクトされた形で叶う。そしてあとになってやっと、どこでどう夢に結びついたのか、伏線が見えてくるという感じ。なので、ふわっと願いはかなうものの、我ながら「読めない」ところがあり、そこがどうにも始末が悪いと思っていた。

高校生のころ、学校帰りに時々寄っていた百貨店の4階エスカレーター脇にディスプレイされていたエンジ色のお嬢様ふうスーツに惹かれていた。
ジャケットの袖口には共布フリルがあしらわれていてスカートはフレアー。首にはパールのネックレスがかけられていた。

私は週1ペースでこれを視界に入れながら、7階にあるお好み焼き屋さんに通っていた。友達と話に花を咲かせながら、同時に、いつかこんなドレスを着れるようになりたいし、着られる場に行きたいと思っていた。しかしその願望は、ここを通りかかった一瞬だけ。視界から外れれば忘れてしまうほどの些細な雑念だった。それを友達に告白するでもなく、意識的に自覚したこともない。通りすがりの妄想だ。

しかし「そういう服」を着られる機会が、1年後に突如としてやってきた。
高校2年の冬、何の気なしに応募していた、ある出版社のエッセイ大賞に選ばれてしまったのだ。授賞式がある。ちょっとしたフォーマルな服が、高校生の分際で必要になったのだ。

ということは・・・そう、私はこのスーツを我がものにして(実際は母から買ってもらったのだが)授賞式に着ていったのだ。


こんなこともあった。
社会人になってまず仕事に就いたのは、ある地方都市の菓子メーカーのデザイン部だった。中小だったので社員の数も百人いるかいないかというところで、いつもけだるい空気が流れていた。というのも、一番目つきが険しく声のデカい企画部長が幅をきかせていて、結局は彼の一声で全員が動いていたからだ。やたらと原色同士の配色が好きな人だった。

ああもっと、いろんな人の目が入って、大きくて正しい、そんな組織はないのかなあ。たとえば首からIDをかっこよく下げてるような…

たしか1~2度くらいは、そう思ったことがあった(と思う)。なぜ首から下げるIDが、ここで出てくるのかは自分でもよくわからなかったが。

で、これが時間差で叶うのだ。
数年後、私は市役所の臨時職に転職していた。
首から赤いストラップのIDを下げて、窓口で証明書を一日中発行しまくっていた。

私の願望達成は、いつも変化球で、しかも変な場所からやってくるのだった。


ということで、今回も心当たりがなかったわけではない。

採用になる数か月前のことだ。
その夜、家で退屈しのぎに海外の高級ホテルを紹介する番組を観ていた。
そこである男性コンシェルジュを見た。
たしか香港のペニンシュラホテルだったと思う。

その中年のスリランカ人コンシェルジュの仕事ぶりが、まるで魔法使いの如く鮮やかだったのだ。
礼儀正しくもフレンドリー。ときにユーモアを交えて宿泊客の心をつかんでゆく。
なによりも、宿泊客の望みをすんなりとスマートに、瞬く間に叶えてくれるのだ。そう、彼は番組でこうコメントしていた。

「お客様の願いを完璧に叶えてあげられたら、その時は私の〝勝ち〟です」

亜熱帯のレセプションで、優雅にサムアップする笑顔のコンシェルジュ。

いやこの人なら、たとえ「それは無理です」って本当に言われても、気持ちがいいような気がしてしまう。

彼は私のように、無作為かつ不安定な夢の叶え方はしないのだろう。
百戦錬磨の、絶対に叶える魔法を持った人。
私もこんなかっこよくなりたいなあ・・・ホテルでコンシェルジュなんて無理だけど。だいいちサービス業なんて、一度もしたいと思ったことがないし、実際したこともない。
私は事務屋。地方都市の臨時行政職ですもん。

思い出した。
これだ。きっとこれ。

叶った、っていうか、


叶えてくれたのね。


べつにいいのに・・・


安易に夢が叶ってしまったのだが

果たして2週間後、勤務初日。私は完璧に理解した。私ともう一人の女性とで、窓口ワンストップ化計画のさらなるサービス向上を目指し、市政はじめての「コンシェルジュ」として勤務するのだということを。ウワサは本当だったのだ。

そう、前の市役所を辞める直前、風の噂で聞いたことがあったのだ。
「あそこの市役所、コンシェルジュってのを置くんだって」
「とにかく何でも聞いてもいい窓口らしいよ」
雇用期間満了が近づいてきた私にとっては、その市役所の臨時職を受験するのもアリだと思っていたところだった。
大当たりしてしまったというわけだ。


私と一緒に働くのは、エンヤマさんという、一回りも年上の女性だった。
たぶんアラフィフだろう。
「よろしくお願いします~」
心地のよい、まるみのある、大きな声でエンヤマさんは私に挨拶した。
「あ、よろしくお願いします」
それに比べて私の声は我ながら細く、どことなく神経質な音として耳に入ってきた。

「マルヤマ公園の、円山って書きますエンヤマです」
一瞬、頭がゴチャッとなったが、しばらく経って、京都の円山公園のことを言っているのだとわかった。エンヤマさんは「歴女」だそうだ。

私たちの他に、同期で採用になった職員は11人いた。住民票などのワンストップ窓口には、そのうちの7人が配属され、あとの4人は、どうしても足りない専門課の窓口にそれぞれ一人ずつ配属されていった。

そして私たちにとって「総務」とは、本来の総務課の意味ではなく「どこにも振り分けようのない全部の課に関わる人」という意味なのだとはじめて知った。「ぜんぶ」を任されたのは私たちだけ、というわけだ。総務課の中でも、私たちは「謎の存在」だったようだ。

その日から、正式に開庁するまでの2週間、私とエンヤマさんは、誰も前例のない「コンシェルジュ」デスクで何を聞かれるのかあらゆる想定外を想定してみた。
もちろん、全ての課の業務をおおまかに把握して尋ねられたときに即座に窓口番号を答えられなくてはいけないが、3つも市役所を渡り歩けば何となく似たり寄ったりなので、これまでの知識+アルファで心配はなかった。
エンヤマさんは去年、この市役所で一年間非常勤職員として働いていたらしく、見知った女性職員とランチに行ったりしてる。

エンヤマさんと私は二人して、一応タブレットをひとつ私たちに持たせてくれませんか、不測の事態にはこれで調べますからと、コンシェルジュ業務に前向きな女性部長に願い出たが「そこまではいい」とのことだった。

そのかわり「七夕には浴衣でも着ない?くれぐれも笑顔で対応してくださいよね。女優だと思って。演じるってことは窓口では重要よ」
と、思ってもみなかった角度からコメントを返された。

そこまでとは、どこまでなのだろうか。それは来庁する人たちの決めることではないのだろうか。それとも、私たちと部長で何か「見ている景色」が違うのだろうか。違うのであれば、今のうちにさっさと確認したいところだ。

そこで私たちは、近隣の飲食店情報、バスの時刻表、タクシー会社の一覧表づくり、新しい庁舎の施設や設備、窓口番号のチェックなど、ありとあらゆることの想定はして全て紙にまとめてファイリングしておいた。
とか言われても絶対に聞かれそうだよね、と言い合いながら。そして、こんなんじゃ行政のIT化なんて、ほど遠いかもしれないねと、こっそりと言い合った。

オープン3日前、正面玄関からまっすぐ歩いたド正面、ワンストップ窓口のさらに前の一番目立つところに、私たちの並ぶグレーのカウンターが設置された。案外小さくて、エンヤマさんと立って並んだら、腕がぶつかりそうになった。

なにを聞かれるかな。
なにを聞かれるんだろうね。

エンヤマさんとは気が合いそうだ。
顔を見合わせて笑った。
仕事の方も先行きわからないが、まあ何とかなるだろう。
これも何かの縁かもしれない。
わたしはコンシェルジュというものに「ならせて」もらったのだのだ。
少し胸が躍っている。

正直どうすればいいかわからない。

けれど、いざ新庁舎になってまっさきに聞かれたことは、

「コンシェルジュって何?」
「あんた、誰?」
「なにするの?」
「一日そこにいるつもり?」
「ヒマじゃない?」

だった。

もちろん、真新しい市庁舎に右往左往しながら慣れない用事を済ます人たちのために窓口番号と場所を説明したりしたし、子供をだっこして物珍しげに展示場さながらに歩いている「来てみただけ」の大家族などからの素朴な質問(代表的なのは「トイレどこ?」)に答えてもいたが。

そういえば、私たちの調べた資料はほとんど使っていない。

かわりに聞かれるのは、

「落語の立て看板あるじゃん、あれ貸してくれない?絶対持ってるでしょ」
「朝起きたらウチの車に白い粉がうっすら付着してんだけど。アレなに?」
「我が家のルーツが知りたいんだけど、どうすれば?」

え?

え?え?

て?

ちょ、ちょっと待ってこんなの聞いてない!


わーーーーーー!!!!


お客様、
そんな部署は
ございません!

何度もそう言ってしまいそうになる。


なんだそれ?
なんだその質問は!

いや実際には全く「ない」わけでもない。
解決するとは限らないが、説明や調査ならできそうな部署はある・・・時もある。

もうパニックだ。関連部署だと思われる窓口をひねり出すのに、えらい時間を取ってしまう。となりのエンヤマさんも四苦八苦していた。

なんせ自分たちの中には、まだ少しの経験も免疫もないのだから。


中には、勝手に作った「なぞなぞ」みたいな質問を投げかけてくるおじさんもいた。

「AからCじゃなくて、AからBとCなもの、なーんだ」

知るかよ・・・

って顔を、思い切りしてしまった。
知らない以前に、私は市役所職員としてどう対応するのが正解なのかが全然わからない。答えたら答えたで、それもなんかアブない気もする。
結果「さあ・・・」と、ひきつった笑い方で、とにかく沈黙することにした。
おじさんはそれを見て喜び、小躍りして去っていった。
そして私は、いまだにこの答えを知らない。

正直いえば、これはかなり悔しかった。
自覚がなかっただけで、自分は本当は「負けず嫌い」なんじゃないかと、その時はじめて気づいた。

「はい、次のかた~」

どうなるんだ?



どうなるんだワタシ!!

確かに、確かにあのペニンシュラのコンシェルジュはかっこよかった。
不覚にも一瞬、憧れた。
それは確かだ。


でも、そうじゃない。
それは「かっこよく仕事をしたい」「ある仕事を極めたい」という意味であって・・・なりたいって願ったわけではない。もしも神様がいるならば、その空気読めない叶え方に全力でツッコミたい。

勤務して数日間で、私はすでに疲労困憊していた。例のサトイモみたいな髪型をしたパンツスーツの女性部長が、刺々しい感じでまくしたてた採用時の挨拶が、今更ながら心に刺さってくる。

「市役所は、究極的にはサービス業です。そこのとこしっかりと理解してくださいね」

そうか、そうなんだね。
サービス業なんだ。

私の神さま、「空気読めない」神サマへ。
ありがとうございます。私は、おかげ様で、どんどん体調が悪くなっていっています・・・


第2回へつづく


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