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『HRテクノロジーで人事が変わる』解説note ~共著者の一人として、難しい問題をかみ砕いてみた~ ⑥第4章 人材配置における個人情報保護の問題

まえがき

 「HRテクノロジーで人事が変わる」(2018年、労務行政)の「第3章 テーマⅡ 配置 個人情報保護の視点から」(担当:板倉陽一郎 弁護士)の執筆内容について「解説」します。

 あくまでもこれは「解説note」であり、元の内容を正確に、かつ、詳細に理解するためには上記の書籍を必ず購入頂くことを強くお勧めします。

1.配置・評価・賃金決定におけるHRテクノロジーと個人情報

【要点】
・入社・採用段階と同様に要配慮個人情報の推知の問題
・GDPR(欧州一般データ保護規則)のプロファイリングの論点も

・次の順序で法的問題の検討
 ①導入のためには、個人情報の取扱いについてどのような利用目的を設定する必要があるか。
 ②それは、既存の個人情報取扱規程の中で解釈可能な範囲といえるか。
 ③範囲を超える場合、変更または新設をどのように行う必要があるか。

 ここでも入社・採用段階と同様に要配慮個人情報の推知の問題が生じる。
 また、GDPR(欧州一般データ保護規則)に見られるプロファイリングをどのように考えるのかという論点もある。
 採用の局面と異なり、対象がすでに雇用契約を締結済みの従業員等であることから、適切な利用目的を設定した上で同意取得の手続きを行えばHRテクノロジーの導入は容易なのではないかとも思える。
 しかし実態は、従業員の個人情報の取り扱いを定めた社内規程等(以下、個人情報取扱規程)については、顧客の個人情報の取り扱いを定めるプライバシーポリシーと比べると不備が目立つ。また、実務的には入社または内定の段階で「個人情報の取扱いについての同意書」のようなものによって同意を取得するケースが多いもののその内容については心もとない。

 そこで、従業員の個人情報に関するHRテクノロジーの導入を検討するにあたっては次の順序で法的問題の検討を行う必要がある。

① 導入のためには、個人情報の取扱いについてどのような利用目的を設定する必要があるか。
② それは、既存の個人情報取扱規程の中で解釈可能な範囲といえるか。
③ 範囲を超える場合、変更または新設をどのように行う必要があるか。

2.HRテクノロジーを用いる場合の利用目的に関する定め

【要点】
・利用目的は可能な限り特定(個人情報保護法15条1項)
・取得した場合は速やかに利用目的を本人に通知するか公表(個人情報保護法18条1項)
・「公表」とは、利用目的を知りたいと考えた本人が常識的な努力の範囲内でそれを知ることができること。
  →広く一般に自己の意思を知らせること(不特定多数の人々が知ることができるように発表すること)をいい、合理的かつ適切な方法によること(GL)。
・「利用目的の特定」とは、単に抽象的、一般的に特定するのではなく、個人情報が最終的にどのような事業の用に供され、どのような目的で利用されるのかが、本人にとって一般的かつ合理的に想定できる程度に具体的に特定されること(GL)。
・「本人に通知」とは、本人に直接知らせることをいい、内容が本人に認識される合理的かつ適切な方法によること(GL)。
・個人情報保護法も、ガイドラインもともに利用目的の「通知又は公表」の例を示していない。
・利用目的の通知または公表をどのように行うべきか。
・就業規則またはその下位規範として個人情報取扱規程を制定する場合には、労働基準法106条に従った周知を行う。
 →常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって労働者に周知。
・「公表」の方法は、HRテクノロジーの性質や対象となる従業員等の具体的内容によって適切か否かが判断される。
 →例えば、システムの初回起動時にユーザに対して規程を確実に読ませるという方法

(1)法律の定め

 利用目的をどのように特定・通知するか。その前提として、個人情報の取扱いにおける「利用目的」はどのように記載すべきか。
 個人情報保護法によると、利用目的は可能な限り特定しなければならないとされている(15条1項)。
 また、取得した場合は速やかに利用目的を本人に通知するか公表しなければならないとしている(18条1項)。
 そして、通知または公表は形式的なものでは足りず、たとえば「公表」については、

「個人情報取扱事業者の事業内容や形態に応じて、利用目的を知りたいと考えた本人が常識的な努力の範囲内でそれを知ることができるような適切な方法によること」

が求められる。

(2)ガイドラインの定め

 法律の規定は抽象的であるため、より具体的に、「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(以下、GL通則編)を参照しながら論点を検討する。

<利用目的の特定>
GL通則編3-1-1

個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、利用目的を出来る限り具体的に特定しなければならないが、利用目的の特定にあたっては、利用目的を単に抽象的、一般的に特定するのではなく、個人情報が個人情報取扱事業者において、最終的にどのような事業の用に供され、どのような目的で個人情報を利用されるのかが、本人にとって一般的かつ合理的に想定できる程度に具体的に特定されることが望ましい。
不適切な例:「事業活動に用いるため」「マーケティング活動に用いるため」

<通知>
GL通則編2-10

「本人に通知」とは、本人に直接知らしめることをいい、事業の性質及び個人情報の取扱い状況に応じ、内容が本人に認識される合理的かつ適切な方法によらなければならない。

<公表>
GL通則編2-11

「公表」とは、広く一般に自己の意思を知らせること(不特定多数の人々が知ることができるように発表すること)をいい、公表にあたっては、事業の性質及び個人情報の取扱い状況に応じ、合理的かつ適切な方法によらなければならない。

(3)従業員の個人情報の利用目的について

 個人情報保護法も、ガイドラインもともに利用目的の「通知又は公表」の例を示していない。
 Q&A集のようなものの中に、

「雇用にあたり個人情報を取り扱う場合も利用目的を可能な限り特定する必要がある。加えて、事業者と従業員との間で争いとならないようにあらかじめ労働組合等に通知し、必要に応じて協議を行うことも望ましいと考えられる。」

といったような表現があるにとどまる。
 旧GLの中の、厚生労働省が現在も使用している「健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」の部分にも、

「事業者は、自傷他害のおそれがあるなど、労働者の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合等を除き、本人に利用目的を明示しなければならない。」

という内容があるにとどまり具体例は示されていない。

(4)利用目的に関するルールとHRテクノロジー

 WEBサービスの利用者向けのプライバシーポリシーとは異なり、個人情報取扱規程を公表している企業は多くはない。公表しているとしてもHRテクノロジーの利用を前提としているとは到底思えないようなものがほとんどである。
 まずは利用目的の通知または公表をどのように行うべきかについて検討する。
 通知または公表については前記(2)にある通りであるが、就業規則またはその下位規範として個人情報取扱規程を制定する場合には、労働基準法106条に従った周知を行うこととなる。

労働基準法106条(法令等の周知義務)
第1項 使用者は、この法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則、【途中省略】を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によつて、労働者に周知させなければならない。

 この場合は、一般的には従業員等に対して「公表」しているといえるだろう。しかし「公表」の方法は、HRテクノロジーの性質や対象となる従業員等の具体的内容によって適切か否かが判断されることになる。
 利用目的を公表する方法として適切なものとしては、例えば、システムの初回起動時にユーザに対して規程を確実に読ませるという方法が考えられる。
 ただ、初回起動時にのみ、膨大かつ複雑な内容の規程をまとめて読ませるような方法で本当に十分と言えるのか。各機能ごと、少なくともモジュール単位で別個に仕組みを用意すべきと思われる。

★ここには大きな論点が潜んでいる。(末尾の「論点1」を参照)

3.HRテクノロジーを導入するために設定すべき従業員の個人情報の利用目的

【要点】
・「そのような利用目的のために取得するのなら、個人情報を提供しない」という選択の余地を本人に残す。
・HRテクノロジーを全社的に導入するとなると、個人情報を提供しないという選択は困難。
・「消費者向けオンラインサービスにおける通知と同意・選択に関するガイドライン」の推奨規程
 →取得する個人識別可能情報の利用目的を特定し、具体的に通知する
 →項目ごとに利用目的が異なる場合にはそれぞれ分けて通知する
 →取得した情報を利用しない場合にはその旨を通知する
 →個人識別可能情報の利用目的のうち、プライバシー・インパクトの大きいものを先に表示して通知する
・どのような個人情報が何に用いられるのかを明確にした上で、そのうち個人の権利利益(特にプライバシー)侵害につながりやすいものを優先的に示す。

 個人情報の取扱いについて利用目的を定め、公表しなければならないという考え方は、「通知と選択(Notice and Choice)」の原理を基礎としている。「そのような利用目的のために取得するのなら、個人情報を提供しない」という選択の余地を本人に残さなければならない。
 ところが、HRテクノロジーを全社的に導入するとなると、個人情報を提供しないという選択は困難であり、提供を拒否するなら退職するしかない、という状況は容易に想定される。
 そこで、「個人情報を提供しなければサービスを利用できない」という点では非常に似ている、「オンラインサービス」の具体例が参考になる。

【経済産業省「消費者向けオンラインサービスにおける通知と同意・選択に関するガイドライン」の推奨規程】
① 取得する個人識別可能情報の利用目的を特定し、具体的に通知すること。項目ごとに利用目的が異なる場合にはそれぞれ分けて通知すること。取得した情報を利用しない場合にはその旨を通知すること。
② 個人識別可能情報の利用目的のうち、プライバシー・インパクトの大きいものを先に表示して通知すること。

 この規定に沿うと、HRテクノロジーの仕組みや機能を全従業員が熟知しているわけではないため、どのような個人情報が何に用いられるのかを明確にした上で、そのうち個人の権利利益(特にプライバシー)侵害につながりやすいものを優先的に示すようにすることになる。

★ここには大きな論点が潜んでいる。(末尾の「論点2」を参照)

4.HRテクノロジーを導入するための利用目的は、既存の個人情報取扱規程の中で解釈できる範囲にあるのか

【要点】
HRテクノロジーの利用目的の特定の観点から起こり得る2つの問題

(1)不必要なデータの取得
「将来的に使えるかもしれない」というだけであれば、利用目的との関係で不必要な個人情報を取得しているとして違法性を帯びる可能性がある。

(2)不適切な手段で取得していないか
・法や現状のガイドラインは個人情報取得の手段を特定することまでは要求していない。
・HRテクノロジーの利用を想定した場合には「どの個人情報がどの利用目的に対応するか」を記載すべき。
・利用目的との関係で不適切な手段による取得であるとされ、違法性が帯びるケースもある。
・「不適正な取得」(個人情報保護法17条1項)ではないかという問題もクリアする必要がある。

 個人情報取扱規程の中で、新たにHRテクノロジーを導入するのに適したように見える利用目的の記載が偶然あったとしても、利用目的の改定の必要はないと判断するのは早計である。
 利用目的の特定および通知・公表は、具体的なHRテクノロジーにおける個人情報の取扱いとの関係で適切かどうかが判断される。
 HRテクノロジーによる施策の実現のために取得するデータの種類や、取得手段との関係によっては、利用目的の特定方法を再考しなければならない。
 利用目的の特定の観点から起こり得る2つの問題を見ていく。

(1)不必要なデータの取得

 「各利用目的の達成に必要な情報がどれであるか」という対応関係が記載されないケースがほとんであるが、例えば「人事評価」を利用目的として、バイタルデータや勤務中の動画など、従業員のあらゆる情報を日々取得するとなると、利用目的の達成との関係で、必要な範囲を超えた取得となるおそれがある。
 バイタルデータや勤務中の動画(から分かる集中度や言動等)が「人事評価」のために有用となることもあるであろうが、「将来的に使えるかもしれない」というだけであれば、利用目的との関係で不必要な個人情報を取得しているとして違法性を帯びる可能性がある。

(2)不適切な手段で取得していないか

 法や現状のガイドラインは個人情報取得の手段を特定することまでは要求していない。
 しかし、HRテクノロジーの利用を想定した場合には「どの個人情報がどの利用目的に対応するか」を記載すべきである。
 例えば作業を伴う職場において「適所配置」という利用目的のために高度な情報取得機能を持ったセンサーやカメラが多数設置され、従業員等の生体情報が常時取得されており、しかもどこに設置されているか分からないとなると、利用目的との関係で不適切な手段による取得であるとされ、違法性が帯びるとも考えられる。
 さらに「不適正な取得」(個人情報保護法17条1項)ではないかという問題もある。

個人情報保護法 17条(適正な取得):
第1項 個人情報取扱事業者は、偽りその他不正の手段により個人情報を取得してはならない。

★ここには大きな論点が潜んでいる。(末尾の「論点3」を参照)

5.利用目的の変更または新設をどのように行うべきか

【要点】
(1)集団的な利用目的変更の可否
・利用目的の変更は、本人同意が原則。
・全従業員から同意を得ることは非現実的。
・従業員側に同意しない余地があるか疑問。
・本人の個人情報が、個人情報取扱事業者によって示された取扱方法で取り扱われることを承諾する旨の当該本人の意思表示が必要(GL)。
・「公法上の意思表示」だが、私法上の意思表示の規定を適用または準用して有効性を検討。

(2)就業規則の変更または新設
・利用目的変更の同意を集団的に得る際、変更の要件としては労働契約法10条(就業規則の不利益変更)の定めが適用または準用。
・個人情報取扱規程が存在しない企業においての新設の場合も同様。

(3)社外労働者に対する就業規則の適用等の問題
・全社的にHRテクノロジーを導入した場合、正社員以外の個人情報も取り扱われる可能性。
・契約関係は派遣元との間に存在する派遣従業員の個人情報の問題。
・「通知し、又は公表」については契約関係を前提としないため、正社員に通知または公表する場合と同様。
・利用目的変更の同意を就業規則の変更によって行っている場合、「個人情報の取扱いについては派遣先の就業規則に従う」という条項を派遣元との労働契約に含んでおく。
 →新規で派遣労働契約を締結する派遣従業員に対しては有用な策である。
 →すでに派遣従業員として就労している場合には困難な問題が生じる。(実務的には個別同意の取得しか方法がない。同意を取得する可能性とコストについて検討が必要。)

(4)利用目的変更の実務についての示唆
・まずは実体的に適切な利用目的を設定し、通知または公表する。
・手続き的には労働契約法10条に沿って、
 →周知期間を設ける
 →従業員等を対象とする説明会を開催する
 →社内のポータルサイトで適切な説明を行う
 →並行して早期から労使交渉を行う

(1)集団的な利用目的変更の可否

 企業がHRテクノロジーの導入に際し、取得する個人情報に応じた利用目的をリストアップできたとしても、その利用目的を企業が一方的に変更することは出来ない。

個人情報保護法 16条(利用目的による制限)
第1項 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。

個人情報保護法 15条(利用目的の特定)
第1項 個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的(以下「利用目的」という。)をできる限り特定しなければならない。
第2項 個人情報取扱事業者は、利用目的を変更する場合には、変更前の利用目的と関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えて行ってはならない。

 利用目的の変更は、本人同意が原則である。しかしながら、企業規模が大きくなると全従業員から同意を得ることは非現実的であり、力関係がアンバランスな企業と従業員間で個別に同意を得たとしても従業員側に同意しない余地があったかは定かでなく、少なくとも紛争の種は残る。
 このため、集団的な同意の取得方法について検討が必要である。
 個人情報保護委員会は下記の見解を示している。

<本人の同意>
GL通則編2-12
「本人の同意」とは、本人の個人情報が、個人情報取扱事業者によって示された取扱方法で取り扱われることを承諾する旨の当該本人の意思表示をいう(当該本人であることを確認できていることが前提となる。)。


 ここでいう「意思表示」は、個人情報保護法が行政法規である以上、公法上の意思表示ということになろう。

<公法上の意思表示の法的効果>
【判例の紹介】(入学金返還請求)
(平成19年3月23日名古屋地裁判決)

<判決内容>
・国公立大学と学生との法律関係は、公法上の無名契約(在学契約)。
・国公立大学の在学契約の予約には、学生の入学に関する意思表示が必要。
・意思表示に欠缺又は瑕疵があれば、民法上の意思表示に関する規定に準じて無効、または、取消可能。
→公法上の意思表示については民法上の意思表示に関する規定が準用される。

【解説】
無名契約:民法が一定の名称を付して規定を設けている贈与以下13種の典型契約のいずれにも属さない契約。非典型契約ともいう。契約自由の原則上、公序良俗に反しない限りいかなる無名契約も許される。

典型契約有名契約ともいい、民法に規定がある契約のこと。民法には契約の種類として13種類の契約が定められている。
①贈与契約 ②売買契約 ③交換契約 ④消費貸借契約 ⑤使用貸借契約 ⑥賃貸借契約 ⑦雇用契約 ⑧請負契約 ⑨委任契約 ⑩寄託契約 ⑪組合契約 ⑫終身定期金契約 ⑬和解契約

公法:国家の組織、国家と他の国家および個人との関係を規律する法の総称。憲法・行政法・刑法・訴訟法・国際公法のたぐい。「個人情報保護法」はこの中の「行政法」に含まれる。
私法:私人間の権利義務関係など私的生活上の法律関係を規律する法規範。民法・会社法・労働法など。
一般法と特別法:私人間の関係を規律する法は私法と呼ばれ、その一般法が民法である。そしてその特別法として、労働法などが規定されている。


 以上を踏まえると、第三者提供等についての同意を含む利用規約による契約の有効性は、公法上の契約の有効性として私法上の意思表示の規定を適用または準用して検討すれば足りる。

(2)就業規則の変更または新設

 従業員等に関して利用目的変更の同意を集団的に得るためには、就業規則(個人情報取扱規程)の変更が公法上の意思表示の問題として問われる。
 変更の要件としては、従業員の個人情報の利用目的に関する就業規則等の定めについて、労働契約法10条(就業規則の不利益変更)の定めが適用または準用される。

労働契約法 10条(就業規則の不利益変更)
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

労働契約法 12条(就業規則違反の労働契約)
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

 HRテクノロジーの導入により従業員等に不利な利用目的の変更を伴うケースが多いため、就業規則の不利益変更に関する法理が適用される。
 また、個人情報取扱規程が存在しない企業においても就業規則の不利益変更と同様の問題が生じる。そのような企業で、個人情報の取扱いについて従業員等から何らかの同意を得ている場合は、新たに就業規則(個人情報取扱規程)を制定することで、従来の同意を一斉に上書きする方法を取らざるを得ないためである。

(3)社外労働者に対する就業規則の適用等の問題

 全社的にHRテクノロジーを導入した場合、正社員以外の個人情報も取り扱われる可能性がある。この場合、例えば、契約関係は派遣元との間に存在する派遣従業員の個人情報についてどのように規律するかという問題が生じる。
 まず、「通知し、又は公表」については契約関係を前提としないため、正社員に通知または公表する場合と同様に行えばよい。
 他方、利用目的変更の同意を就業規則の変更によって行っている場合、当該派遣従業員等が派遣先の就業規則で規律されるのかという問題は残る。
 この問題の解決策としては、「個人情報の取扱いについては派遣先の就業規則に従う」という条項を派遣元との労働契約に含んでおく方法が考えられる。
新規で派遣労働契約を締結する派遣従業員に対しては有用な策である。
すでに派遣従業員として就労している場合には困難な問題が生じる。
 →実務的には個別同意の取得しか方法がない。
 →同意を取得する可能性とコストについて検討が必要。

(4)利用目的変更の実務についての示唆

 HRテクノロジーを全社的に導入する場合には必ず、利用目的が通知または公表の実質を備えた範囲内であるかを検討しなければならない。
 そうでない場合には利用目的を変更すべく、就業規則の変更によって同意を取得することとなるため、就業規則の不利益変更の法理に反しないかが問題となる。
 実務的には、まずは実体的に適切な利用目的を設定し、通知または公表することが先決である。
 手続的にも、例えば、労働契約法10条に沿って周知期間を設けるとともに、従業員等を対象とする説明会を開催するとか、社内のポータルサイトで適切な説明を行うなどの工夫が必要である。並行して早期から労使交渉を行うことも望ましい。

★ここには大きな論点が潜んでいる。(末尾の「論点4」を参照)

6.HRテクノロジーにより行われる配置、人事評価、賃金決定と要配慮個人情報

【要点】
・付加した評価が要配慮個人情報に該当したとしても違法とまではいえない(採用と同様)。
・欧州の個人情報保護に関する法令であるGDPR(欧州一般データ保護規則)におけるプロファイリング規制が、今後日本の法制に取り入れられることが十分考えられる。
・配置、人事評価、賃金決定といった企業の判断は「データ主体に関する法的効果を発生させる」ため、GDPR 22条1項との関係では正面から問題となる。
・GDPRは「プロファイリングを含むもっぱら自動化された取扱いに基づいた決定」を問題としている。
・HRテクノロジーの判断は補助的なものにとどまり、最終判断は人間がおこなうべし。

 HRテクノロジーにより配置や人事評価、賃金決定の示唆を得たり、人事評価の基礎となる何らかの評価を従業員等の情報に付加したりすることは、採用段階と同様、個人情報の「推知」に関する問題を生じさせる。しかし、付加した評価が要配慮個人情報に該当したとしても違法とまではいえない(採用と同様)。
 さらに、欧州の個人情報保護に関する法令であるGDPR(欧州一般データ保護規則)におけるプロファイリング規制との関係も(GDPRが域外適用されるか否かに関わらず)把握しておくべきである。今後日本の法制に取り入れられることが十分考えられるからである。

<プロファイリング>

GDPR 4条(定義)
第4項 「プロファイリング」とは、自然人と関連する一定の個人的側面を評価するための、特に、当該自然人の業務遂行能力、経済状態、健康、個人的嗜好、興味関心、信頼性、行動、位置及び移動に関する側面を分析又は予測するための、個人データの利用によって構成される、あらゆる形式の、個人データの自動的な取扱いを意味する。

<プロファイリングを含む個人データの取り扱いに対する異議申し立て権>

GDPR 22条(プロファイリングを含む個人に対する自動化された意思決定)
第1項 データ主体は、当該データ主体に関する法的効果を発生させる、又は、当該データ主体に対して同様の重大な影響を及ぼすプロファイリングを含むもっぱら自動化された取扱いに基づいた決定の対象とされない権利を有する。

 配置、人事評価、賃金決定といった企業の判断は「データ主体に関する法的効果を発生させる」ため、22条1項との関係では正面から問題となる。
 この点、GDPRは「プロファイリングを含むもっぱら自動化された取扱いに基づいた決定」を問題とし、差別的な取り扱いを防ごうとする。これは、HRテクノロジーの判断の公正さが「判断要素を検証できるか否か」による一方、判断要素をすべて検証することは通常不可能なため、HRテクノロジーの判断は補助的なものにとどまり、最終判断は人間がおこなうべし、という労働法の視点からの留意点と共通する。

★ここには大きな論点が潜んでいる。(末尾の「論点5」を参照)

ガイドライン

 現在、HRテクノロジー・コンソーシアムが主導して「人事データ活用ガイドライン」を策定中であり、「採用」領域に関する「個別ガイドライン」についてはすでにリリースされている。

 ここでは5つの論点の提示を行う。

論点1

 「利用目的の公表として適切な方法」といえるためにはどのような条件を満たせばよいのか、ベンダーが安心して製品を開発してユーザに提供できるようにするための具体的なガイドラインの策定が求められる。

論点2

 「個人の権利利益(特にプライバシー)侵害につながりやすいもの」を具体的に例示列挙して、一般的なHRテクノロジーに備わっている各機能とマッピングをしたうえで「優先順」の推奨を示すようなガイドラインの策定が求められる。

論点3

 「将来的に使えるかもしれない」というだけであれば、利用目的との関係で不必要な個人情報を取得しているとして違法性を帯びる可能性があるが、使用することがどの程度まで確実になっていれば良いのか、また、「有用性」もどの程度まで説明できれば「不必要」と判断されず適法とされるべきか、ガイドラインの策定が求められる。

論点4

 周知期間の長さ、従業員向け説明会における説明方法や説明内容、ポータルサイトでの説明内容、組合の理解を得るための具体的な説明方法と説明プロセス等についての具体的なガイドラインの策定が求められる。

論点5

 技術的には完全に自動化できたとしても、あえて「人間が介在」しているようにするための工夫をどの程度まで施せばよいのか。各機能毎に具体例を示し、ガイドライン化することが求められる。

開講講座のご案内

【講座の目的】
 「データとテクノロジーを駆使した新たな人事」への進化が真に求められています。ただしその「進化」の過程では、留意すべき事項も多々あります。特に昨今注目され始めているのが、個人情報保護とプライバシー保護の問題です。さらに労働法に関連しても様々な論点があり、多くの日本企業はこれらに対して十分な対策を取れていないというのが現状です。

 人事に関わる者として最低限押さえるべき留意点とは何か?それらをクリアするための方法と実践的なステップは何か?
 本講座ではこれらに関する基本的な情報を講師から提供するとともに、各概念の説明や専門用語の解説のみならず、各テーマに即して参加者同士がディスカッションを行うことを想定しています。

【講座の特徴】
・HRテクノロジー領域のキャリア10年以上
・ロースクール修了
の講師が、テクノロジーの活用推進に主眼を置きながらも法的な問題点を「事業会社の人事担当者目線」で分かりやすく解説します。また、「人事データ活用ガイドライン」の策定にも関わることが出来ます。

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