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2022年の働き方~すべての従業員を幸せにする人事変革~ ②HRテクノロジーのトレンド(前編)

1.まえがき

 タイトルのとおり、「人事変革」は人事部門に閉じたものでもなく、すべての従業員の働き方、その人生すべてに大きな影響を及ぼす非常に重要な取り組みである、という思いを込めて最新トレンドやホットな情報をお届けしたい。逆に、「働き方改革」は決して従業員側の自助努力のみではなしえず、人事部門あるいはもっと上のレベルの経営層がリードして具体的かつ効果的な施策を打ち出していかないことには達成できない。

 その施策のひとつとして、HRテクノロジーの導入は欠かせないであろう。今回は私も執筆に関わった「HRテクノロジーで人事は変わる」(2018年、労務行政)の内容からさらにUpdateされた最新情報を紹介する。

2.HRテクノロジーとは

 人材育成や採用活動、人事評価などの人事領域の施策や業務全般につき、それらの効率化、精緻化、高度化を行うためのIT技術を用いたソリューションの総称である。
 なお、我が国で「HRテクノロジー」という言葉が使われ始めたきっかけは、「2015年4月25日に慶應義塾大学が『HR Technology Symposium』を開催したこと」(「HRテクノロジーで人事が変わる」(2018年、労務行政)のp.35)とされている。また、それとともにHRテクノロジー市場へ参入するベンダーも急増した(同 p.38)。

3.普及の背景

 労働人口の減少が確実視される中、「人を増やせないなら一人ひとりの生産性を高める必要がある」という考え方がある。生産性の向上に向けては各社で様々な取り組みが行われている。RPAにより一部業務を自動化する、というのも一つの例である。しかし、このようなロボットや様々なIT技術の活用により業務効率化が図られたとしても、人間一人ひとりの本質的な意味での労働生産性が向上したことにはならない。自動化されていない部分の仕事の効率、生産性がどうであるかは別問題である。
 生産性を落とす最大の要因はジョブ(職務)と人材のミスマッチである。ミスマッチを生じさせる要因は大きく2つあり、1つは人間によるバイアスである。これまでは採用や後継者の選抜等、様々な人事的局面において「勘と経験」を頼りにマッチングが行われてきた。そもそも、マッチングの必要性すら認識されていなかったともいえる。それなりにマッチングを試みようとしても、よりどころとなる判断基準がない、つまりは客観的なデータが十分に存在しないために「勘と経験」に頼らざるを得なかった。人間は本来的にバイアスの塊であるから、ほぼすべてが主観的な、バイアスがかかった判断となってきた。
 以上のことから、ミスマッチを生じさせるもう1つの要因は、データ不足、データの活用不足、といえる。
 これら2つの要因を、テクノロジーの力を借りて可能な限り克服して、ミスマッチを極力減らすことにより真の適材適所を実現し、ひいては生産性のさらなる向上を目指すというニーズが急速に高まっている。
 ここでHRテクノロジーは、十分な客観データを判断のよりどころとして、様々な人事領域の施策や業務全般につき効率化、精緻化、高度化を行うためのIT技術を用いたソリューションの総称である、と再定義することが可能である。

4.人事に求められること

 前述のミスマッチをなくすためにはまず「入り口」の部分、すなわち採用時に手立てを講じることが最も効果的である。ミスマッチをなくすことは、応募者にとってもありがたいことであり、より良い「応募者体験」をもたらすことが出来る。さらに、採用プロセスの効率化、高速化につながるものも「応募者体験」の向上に寄与する。
 また、入社後の従業員の人材育成の観点からは、「スキルギャップ」(現在の職務に求められるスキルと、その人材が保有しているスキルとの差)を見える化した上で、そのギャップを埋めるための最適なラーニングメニューを提示することや、最適なポジションへの異動を提示することにより、ジョブ・フィットしている状態を保つことが重要である。それにより従業員は常に結果を出しやすくなるため、結果的に「従業員体験」も向上することになる。そして、ジョブ(職務)とのミスマッチを防止するということは、企業側だけでなく従業員側にも非常に大きなメリットがあるといえ、エンゲージメントの向上にも役立つとされている。
 また、「自らキャリアを切り開いていきたい」という強い願望を抱いているとされるミレニアル世代に対しては、最適なラーニングメニューや最適なポジションを、自ら考え、選択できる形で提示することが最高の支援策といえる。
 「応募者体験」を高いレベルで提供できる企業は、応募者自身にとってその企業で活躍できるイメージを描きやすく、それが志望順位の高さにもつながるため、採用競争力も高くなる。同様に、「従業員体験」を高いレベルで提供できる企業は、従業員自身がその企業で長期にわたり活躍できるイメージを描きやすく、それが人材維持(リテンション)にもつながるため、人材獲得における競争力も高くなる。
 つまり、採用プロセスにおける「応募者体験」の向上、そして配置・育成プロセスにおける「従業員体験」の向上は、人材獲得競争に勝利するためには欠かすことができないのである。さらに、「応募者体験」「従業員体験」を向上させるためにはパーソナライズ(個別化)という要素も欠かすことができず、そのためにはテクノロジーの活用が必要不可欠といえる。
 これらの観点でのテクノロジー導入が、企業人事において最も需要が高まっているところといえる。

5.今後の課題

 すでに技術的には、応募者から提出されたデータ をAIに読み取らせることにより、その応募者が保有するスキルや経験、特性をある程度は把握することが可能である。(具体例として、IBM Watson Candidate Assistant

 さらに、これらの応募者側の情報を企業が求める人物像(モデル人材)の定義と突合させることにより、例えば「100点満点中86点」というようにAIが「マッチ度合い」「ジョブ・フィット率」を点数化することも可能である。(具体例として、IBM Watson Recruitment) 外部からの人材の採用の局面のみならず、社内での異動や後継者計画についても基本的な仕組みは同様である。
 今後はより一層、AIに読み取らせるデータのバリエーションが増えていくことが予想される。例えば、ビデオ面接(録画面接)時に記録した動画データ(具体例として、HireVue)、アセスメントの結果データ、候補者のSNS上での振る舞いに関するデータ(具体例として、LAPRAS)、社内での評価面談や1on1のときの会話記録、ラーニングシステム上の受講履歴やアクティビティーのデータ(具体例として、SumTotal)等々が様々な局面におけるマッチング精度向上を目的として「学習データ」として活用されていくだろう。
 それらに向けた第1の課題は、個人情報の取得に関わることである。詳しくは「HRテクノロジーで人事が変わる」(2018年、労務行政)を参照されたいが、インターネット上の応募者の関連情報(SNSの情報等)を自動的に取得するようなシステムが存在する中で、「本人以外からの大規模かつシステム的な個人情報の取得に問題は生じないか」ということが新たな論点となっている(同書p.116-117)。また、人材の評価に関しても、「AIによる評価によって生じた情報の付加が個人情報の『取得』として規律されるのか」「そもそもAIによる自動的な評価はどこまで許されるのか」という論点も生じている(同書p.116)。
 第2の課題は「必要な情報の不足」である。「モデル人材」の定義情報のベースとなるのは、「過去の成功事例」の情報と「詳細なジョブ定義」の情報である。これにより、採用担当者の好みや、過去の経験や直感に頼り過ぎずに、客観的データをも加味しながら冷静かつ論理的な判断がしやすくなるという効果が期待できる。その結果、採用の時点で「ミスマッチ」のリスクを相当程度低減でき、前述の「応募者体験」の向上にもつながるのである。この点についても、外部からの人材の採用の局面のみならず、社内での異動や後継者計画についても基本的な仕組みは同様である。
 しかしながら、多くの日本企業においては「詳細なジョブ定義」が非常に軽視されてきた。そのため、マッチングに必要な客観データが欧米企業に比べて非常に乏しく、たとえ欧米企業と同様のタレント・マネジメント・システムや統合型人事ソリューションを導入したとしても肝心肝要な機能を活用できないままでいる。ジョブ定義、スキル定義を地道にコツコツと進めていくことが喫緊の課題である。ジョブ定義、スキル定義のステップについては「HRテクノロジーで人事が変わる」(2018年、労務行政)を参照されたい。

6.終わりに

次回(連載の第3回)も引き続き「HRテクノロジーのトレンド」というテーマでお届けするが、昨年10月にラスベガスで開催された「HR Technology Conference & Exposition 2019」での視察内容をダイジェスト版としてご紹介する。
 また今回もエッセンスのみをお伝えした。専門用語の解説も不十分であろう。
 HRテクノロジー・コンソーシアムでは、HRリーダーのためのHRテクノロジー基礎と題して講座を実施している。また新たなシリーズとして、「HRリーダーのための個人情報保護・労働法基礎講座」も開講された。
 これらの講座の中では、各テーマに即して参加者同士がディスカッションを行い、テーマによっては具体的なアウトプット(PPT等でまとめたもの)を作成して頂くということも行っている。ぜひ記事の読者の中から多く方々が参加されることを願っている。



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