「人的資本開示」の先行事例 ④双日株式会社
金融庁が2021年12月21日 に、
「サステナビリティ情報」(2)「経営・人的資本・多様性等」の開示例(好事例集)(以降、「好事例集」とする)
をリリースした。
ここに紹介されている情報を参考に、我が国における「人的資本開示」の先行事例として様々な企業のサステイナビリティレポートや統合報告書の内容(そのうち、人的資本への投資、人材マネジメント、働き方に関する開示部分)を順次紹介していく。また、紹介するのみならず、独自の視点での評価・コメントも試みたい。
今回は、双日株式会社の有価証券報告書(2022年3月期)を取り上げる。
「好事例集」においては、有価証券報告書(2021年3月期)における評価すべきポイントとして、
(1)ダイバーシティの推進に向けた取組みについて、女性執行役員の登用の実績や女性社員比率の目標を含めて記載
(2)女性活躍関連目標について、中長期の定量的な目標を時系列で図示しながら平易に記載
という点と、さらに
・多様なキャリアパス・働き方を実現する取組みや経営人材の育成のための取組みについて平易に記載
という点が挙げられている。
ちなみに、「人材版伊藤レポート2.0 実践事例集」においては下記の点が評価されている。
これらについては、最新版の当該有価証券報告書においてはp.23からp.30にかけて記載がある。
第一部【企業情報】
第1 【企業の概況】
第2 【事業の状況】
1 【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
(1) 会社の経営の基本方針
(2) 今後の見通し及び対処すべき課題
「中期経営計画2023」について
持続的成長に向けた取り組み
1) サステナビリティに関する取り組み
といった項目立ての中で、
2) 組織や人材の変革に向けた取り組み
● 人材戦略に関する基本方針
と続き、これらの項目の中で説明されている。
「多様性と自律性を備えた個の成長が、企業の価値創造の源泉」としている点、「単に人がいさえすれば何とかなる」「とにかく人を大切にすることが人的資本経営なり」という発想とは一線を画しているといえる。
また、なぜ多様性が重要なのかといえば、それは「社員の多様なバックグラウンドを活かし、多角的な視点からマーケットニーズを発掘」できるからであり、多様性は企業の競争力強化につながる、という発想でコンパクトにまとめられている。さらに、「個」(従業員)は自律性を備えることが求められ、積極的に「挑戦」することも求められるのだ、といったメッセージが従業員に対しても発せられている。
「社員の成長が当社の成長」というのも、人的資本経営の本質そのものだ。
「人事施策の浸透度を定量的に効果測定」するために「人材KPI」を設定し、2021年度の実績を示しつつ短期的目標として2023年度の目標値も明記、さらに中長期(例えば2030年度)の目標値も設定している。「人的資本開示」のお手本のような取り組みであるが、惜しいのは下記の2点だ。
①「挑戦」と「成長実感」を計測するためのKPIが「チャレンジ指数」とされているがこれが具体的にどのようなものでどのように計測されるのか。「設定したチャレンジ目標に対する上司評価」という付記のみで、曖昧な印象がある。
※この点、統合報告書には下図のような資料があったため掲載する。
②「デジタル人材」を計測するためのKPIが「デジタル基礎研修修了者(の割合)」とされているが、修了さえすれば数値が100%に近づいていく、というのでは目標指標としては物足りない。ここは是非とも、「デジタル人材」の人材要件定義をスキル・コンピテンシーベースで精緻に行い、関連する研修を修了したり実務をこなすにつれて求められるスキル・コンピテンシーがどのように身についたかを記録し、人材要件定義との合致度合い(マッチ率)を計測してデジタル領域における人材ポートフォリオ分析を行うくらいの本格的な目標設定の工夫が必要なのではないか。
ここは「好事例集」においても「評価すべきポイント」として、「女性活躍関連目標について、中長期の定量的な目標を時系列で図示しながら平易に記載」と紹介されているところである。
「変化の激しい市場環境に対応し、常に迅速に事業創造できる組織の力へと変えるため」多様性を重視しているという姿勢は素晴らしいが、「それぞれの特性や能力を最大限活かせる」としておきながらパーソナリティやスキル・コンピテンシーの側面における多様性の状態を把握するための仕組み、施策にはなんら触れられていないのはなぜだろうか。従業員それぞれがどのような「特性」や「能力」を備えているのかを把握することなしに、それらを最大限活用することはできるのだろうか。
「女性の執行役員数は2022年6月現在で2名」という点は、執行役員の総数とともに示してそのうちの何%なのか、についても明記しておきたい。
「ダイバーシティマネジメント」によって「組織の成果につなげる」という繋がりは良いのだが、「多様な属性・価値観を持つ社員の個を活かし」という側面だけをもってダイバーシティと捉えられているところが残念である。 多様性の実現をもって組織の成果に繋げる、組織を強くする、という狙いがあるのであれば、スキル・コンピテンシーベースでの多様性についてもフォーカスすべきだ。「重要性を伝える施策」として、部長向けに「アンコンシャスバイアスをテーマとした研修」というのは価値観の多様性を認め合うために有益だと思われるが、全部課長向けには「eラーニングでイクボス研修」しか行っていないのだとすると、多様性を組織強化に繋げるという戦略からすると心許ない印象だ。イクボスを育成しただけで他社に対して競争優位性を維持するような組織となれるのだろうか。
「管理職ポストにおける中途採用者の割合は約2割、役員ポストでは約3割」とのことであるが、それぞれこれらの比率を高いと思っているのか低いと思っているのか、低いと思うならどの程度まで高くなると妥当なのか、業界標準なども調べながらもう少しナラティブに記載した方が良い。
「CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)として社外の女性人材を当社の執行役員に迎え」とあるが、そもそもCDOというポストの人材要件定義をどのように行なった上で採用したのか、採用基準の概略でも良いので示したほうが、「人的資本開示」としては加点事由(アピールポイント)となるためぜひ行なった方が良い。
ただその人材とは、元IBMの荒川朋美氏であるようなので、人選としては素晴らしい。だからこそ、どのような基準で、どのような方針で白羽の矢を立てたのかを記載しないと勿体無い。
単に外国人比率を増やそうとするのではなく、
「海外事業会社を起点に現地ネットワークに入り込み、事業領域の拡大や新規事業の創出につなげるため」
「海外事業会社の外国人トップの経験知見を、海外地域の当社グループの運営にも生かし、域内での意見交換/情報共有を通じ共創と共有を促す仕組みも構築」
といった目的が明確で組織力強化に繋げているのが素晴らしい。
このプロジェクトについても、「未来構想力や戦略的思考を定着させる」という確固たる目的があるのが素晴らしい。
流行りの「アルムナイ」についても、
「ビジネス領域の拡大を促進するプラットフォームとして活用」
「現状の事業領域に捉われない新たな事業機会の創出やオープンイノベーションを促進」
という目的が明確で素晴らしい。全てが「企業価値向上」に向いているという印象がある。
「事業や人材を創造し続ける総合商社」というのがあるべき総合商社の姿なのだな、と気付かされる。
「全社員の望むキャリアパスを支援」とか「起業家精神を持ち積極的に挑戦し続ける人材の確保・育成」という「大盤振る舞い」が、結果として、周りまわってその企業を強くし、「企業文化の変革」も促進する。を目指します。他社は、従業員のキャリアについて「ケチケチ施策」(典型的には、囲い込みにつながるような視野狭窄的人材育成)しかやらないとますます人材に逃げられる(しかも、優秀人材から)ということに早く気づいた方が良い。
「多様なキャリア・ライフプランを支援」という中で個人的に最も注目するのが「就業時間・場所の制限なし」という点だ。従業員それぞれが抱える特有の事情に配慮しない限り真の多様性の実現がありえないが、最もネックになるのが働く時間と場所の制約であると考えるからだ。できれば、「就業時間・場所の制限なし」ということに絡めて、従業員の働きぶりや成果をどのように把握、計測する工夫をしているのかも開示してほしい。
ここで、今後に向けたインフラ面の整備には次のようなソリューションも有効だ。
このTeamSpiritを活用することで、勤怠管理を工数ベースにて精緻に行えるため働き方の内訳が明らかになり、人の活動状況を把握できるようになる。そのため、従業員一人ひとりがイキイキと働けているか(働きがいを感じられているか)、それぞれの稼働が利益につながっているのか、等をリアルタイムに把握することができるようにもなる。ここで、「工数管理」は単なる勤怠管理と異なり、生産性向上、多様性促進にも寄与するものである、という認識を持つべきである。すなわち、働き方のスタイル、バックグラウンドや負っているものも人それぞれであるが、データの力で個別化されたケアが可能になる。働いている時間を全体として捉えるだけではなく、その内訳を精緻に把握し、主観をある程度排除して客観的に捉えることによりそれが可能となる。「働き方」の可視化を行うことにより、個々のニーズ、スタイルの尊重に繋げることができる。
さてもう一点、「副業・起業」を可能としていることから、「当社の経験を社会への貢献につなげる」という効果にも繋がっている点も素晴らしいことだ。自社に閉じた持続可能な成長、Sustainable Performanceではなく、社会全体に目を向けていることがよくわかる。
「デジタル人材」を「社内外のデータやデジタル技術を利活用することでビジネスモデルや業務プロセスの変革を実践できる人材」としっかりと定義していることはここでわかったが、前述の通り、「デジタル人材」の人材要件定義をスキル・コンピテンシーベースでより精緻に行い、関連する研修を修了したり実務をこなすにつれて求められるスキル・コンピテンシーがどのように身についたかを記録し、人材要件定義との合致度合い(マッチ率)を計測してデジタル領域における人材ポートフォリオ分析を行うくらいの本格的な目標設定の工夫が必要なのではないか。
そうすると、「入門レベル」は「ITパスポート試験」の合格(資格取得)という目標設定でも良いのかもしれないが、「基礎レベル」「応用レベル」については、関連するラーニングを受講して修了テストか何かに合格するとどのようなスキルが身についたことにするか、ということを予め定義しておいた方が良い。「攻め(DX)と守り(情報セキュリティ)の両輪を意識した基礎レベルコンテンツ」とあるが、それぞれのラーニングコンテンツにも「スキルのタグづけ」を行なっておき、修了者・合格者にはそのスキルを認定してデジタルバッジを発行するのだ。
※この点、下図の通り統合報告書にはより詳細かつ最新の情報が掲載されていた。
「挑戦」することで、「成長」を実感し、社員一人ひとりの「多様性」が育まれていく好循環、とあるが、それぞれの繋がり・関係性についてはもう少し丁寧な説明が必要なのではないか。闇雲に挑戦しただけで成長を実感できるわけではない。たとえ失敗に終わったとしても、新たなことに挑戦したことによりどのような具体的なスキルが新たに身についたのか、あるいは特定のスキルがレベルアップしたのか、これを可視化できるような仕組みづくりが必要だ。それらのスキルの保有状態がうまいことバラけて、いわゆる「人材ポートフォリオ」の状態が充実化することでスキルベースでの多様性が実現したことになる。
「所属部署での業務知識や社会人としての基礎知識を指導」といったときに、指導内容が属人化し過ぎることは避けたい。そのためにも、「業務知識」や「基礎知識」はある程度精緻な「スキル・コンピテンシー」に分解して定義しておきべきだ。詰まるところ、それらは入社して一年後に目指すべき人材要件定義として機能する。これにより、誰が「指導員」の役割を務めたとしても一定水準を保った人材育成が可能になる。
メンター制度の方は、「異なる部署のベテラン社員が担当し、業務から離れた視点で、新入社員の視野を広げ、キャリアプラン形成のサポートとなるようメンタリング」という工夫が素晴らしい。同じ部署の直属の上司だったりすると、得てしてメンタリングは業務指導のようななりがちだ。
育成の方向性、目指すべき人材像を「価値を創造することのできる人材」としているが、そのような曖昧模糊とした表現だけでなく、スキル・コンピテンシーベースで精緻な人材要件定義を行い、その要件とされるスキル・コンピテンシーを着実に身につけさせるためのラーニングコンテンツなり研修プログラムを用意すべきだ。ラーニングコンテンツや研修ブログラムの側にもスキル・コンピテンシーの「タグ付」が必要になることは言うまでもない。それにより、「個の成長」をスキルという物差しで計測できるようになり、個の保有するスキルの集積によりチーム・組織のケイパビリティーが構成され、そのケイパビリティーの伸長度合いが「チーム・組織の成長」となるのである。このようにすれば、ある程度定量的に成果を表現できるようになる。
「多様な専門知識とスキルを身に付けるジョブローテーション制度」と「自らが思い描くキャリアを切り拓く機会としての社内公募制度」とを、あまり切り離さない方が良い。この表現のままだと、「ジョブローテーション制度」の方はときに本人の意向に反してでも組織の都合で行われる可能性のある従来型の制度であると読めるが、全ては「自らが思い描くキャリアを切り拓く機会として」と統一的に、一貫して考えるべきだ。「社内公募制度」を原則として、あくまでも手を挙げるのは自由、しかし異動を許可するかの判断は精緻な人材要件定義により厳格に行う。それでも思うように人の異動・配置ができなかったり、「多様な専門知識とスキルを身に付ける」という人材戦略上の不都合が生じた場合にのみ例外的に会社都合のジョブローテーションを行う、というのがあるべき姿だ。
「社員とキャリアプランを共有するために定期的に面談を実施」という点については、もっと日常的に、普段から行われているであろう1on1ミーティングの場でほぼリアルタイムに行なっておくべきだ。
「(キャリアに関して)社員のモチベーションをモニタリングできる体制を整え」という仕組みは非常に素晴らしいが、やはり「必要に応じて面談を実施」ではなく、もっと日常的に、普段から行われているであろう1on1ミーティングの場でほぼリアルタイムに行なっておくべきだ。
「昇格要件として求める経験年数を短縮」とあるが、そもそも昇格要件に「経験年数」を設定していること自体、旧態依然とした仕組みという印象が強い。経験年数など、どんなに長くても当てにならない。何の基準にもならない。要件や基準として設定すべきは、その経験を通じてどのような(広義の)スキル(Knowledge, Skill, Abilityを全て含む)を身につけたか、だ。したがって、早めるべきは「経験を積むスピード」ではなく、「必要なスキルを習得するスピード」である。
ここで、「必要なスキルを習得するスピード」を加速させるとともに、身につけたスキルを最大限に活かせるような「人材の最適配置」のために有用なソリューションとしては、下の動画にてイメージを掴んでいただきたい。
「社員とキャリアプランを共有するために定期的に面談を実施」という場合にも、そして「人材の最適配置」を促進するためのプラットフォームとしても、いずれもこちらのentomoによって実現可能である。
「健康経営」という一般的なタイトルであるが、その内容がどちらかというと「女性活躍推進の一環」という側面を強調する狙いがあるように読める。今回の人的資本開示全体のトーンと合わせるという意味ではその戦略は成功しているといえるが、さらに欲を言えば、「男性特有の問題についてもしっかりとケアしている」という要素を入れ込むことができればよりバランス良くなりそうだ。
ところで、「社員が働きやすさと働きがいを持てる健全な職場環境づくり」といった場合に、対応するのは「健康」の側面だけではない。「全社員が心身健康な状態を維持し活躍し続けられる環境を整備」という表現で締めくくってしまうと、結局それは、「狭義の健康」関連施策に留まっている感が否めない。下図のように、ウェルネス・ウェルビーイング施策として4段階あるうちの、未だStep 1からStep 2に到達しようとしている段階に思える。「社員が働きやすさと働きがいを持てる健全な職場環境づくり」を真に目指すのであれば、なるべく早く「真のウェルビーイング施策」(Step 3)の段階に到達すべきであり、そのためにどのようなロードマップを描いているのか、ここも「ナラティブな説明」が求められる。ちなみに、「真のウェルビーイング施策」(Step 3)のためには「スキルの可視化」を行なって個人起点のキャリア支援を行うことが不可欠とされている。
以上、全体を通じて「辛口なコメント」が多いという印象を持たれたかもしれないが、裏を返せば、親身になって日本企業の「人的資本開示」の支援を行なっていると自負している。
それが、株式会社SP総研の「『人的資本開示』対応コンサルティングサービス」である。
コンサルティングファームを始めすでに各社同様のサービスを展開していると思われるが、当社のサービスの特徴としては(おそらく日本で唯一)「スキルの可視化」の支援まで行なっていることを挙げることができる。
仮に他社でも同様のサービスを行なっていたとしても、そのための手法として「セルフジョブ定義」を用いている点も加味すれば、「日本で唯一のサービス」といえる。
現場主導型の、日本企業にもマッチしやすい手法を用いながら、無理のない「人的資本開示」を目指して支援している。
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