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ベーシックインカムの前にオフゲ経済推進(後編)

オフゲ(主にオフラインRPG)によくある「最後には使いきれないほどのお金が貯まってしまう経済」を、日本人は求めてしまい、無意識に推進することで経済を循環させられなくなっている――でもそれを否定するのではなく、うまく"調整"できないかを考えてみようという話の2回目です。

今回はオンラインゲームの経済を参考にします。「オフゲ経済の話なのに、ネトゲ経済を参考にする?」と疑問に思うのは当然です。ただ、ネットゲームは部分的にオフゲ経済を内包している場合があるのです。

昨年20周年を迎えたMMORPG『FINAL FANTASY XI』(FF11)がうまく貨幣を循環させる良い仕組みになっているのですが、実はメインの通貨としてFFシリーズおなじみの"ギル"があるほかに、別のサブ通貨が使われています。

FF11のメイン通貨である"ギル"は安定した経済を形成しているかわりに、プレイヤーたちの多くはすでにそれなりの金額を持っていたり、またはお金がなくても冒険以外の手段で稼げてしまいます。

オフゲなら新しい町に着いたら新しい高額な武器を買うために周囲のモンスターを倒すなどして"金策"しますが、FF11のギルにはその力がなく、新しい冒険を進める動機にできないのです。

「新しい冒険の地では今までより派手に稼げる!」とやればと、経済はたちまちインフレして破綻しますのでそれはできません(これは長期運営のMMORPGにはよくあることで、表現は違えど、FF11以外の他の世界でも同じような問題があり、以下のような似たような解決策をとっています)。

そこでFF11は、何度も挑戦して長く通うタイプのコンテンツに対して、そのコンテンツ独自の通貨と、その通貨でしか買えないアイテムを導入しています。コンテンツ"X"では通貨Xを稼ぐことができ、通貨Xで武器Xを買える、という具合です。通貨Xはギルに換金できません。そして、さらに別のコンテンツ"Y"では通貨Yが必要になり、通貨Xは使えません。

そして、この「サブ通貨」とでもいうべきコンテンツ内通貨は、あらかじめ決められたいくつかのものを買う以外には用途がありません。あくまでも新しい冒険を進める動機として使われるため、経済を循環させることは考えられておらず、どんどん貯まっていくために最終的にそのコンテンツを卒業するころにはオフゲRPGのようにサブ通貨を余らせることになります。

今回は、この「サブ通貨」の考え方を現実世界の経済に取り入れた場合のことを考えます。わかりやすい例は、"医療"です。

ぼくらは皆、将来どれだけ長生きするかわからないし、そのうえどんな病気を患うかもわかりません。だから「安心できない」という不安が生じ、将来のために「たくさん貯蓄しなければ」と思ってしまいます。これを、改善できるか考えてみます。

医療費をサブ通貨"医貨"に

さて。「医療でサブ通貨を使って……」という言い方をしてもわかりにくいかもしれません。現実世界でわかりやすい言葉に置き換えるなら、それは「医療クーポン」のような感じですが、これはこれで誤解がありそうです。そこで、ここではこの医療用のサブ通貨のことを『医貨』と呼ぶことにします。

医療費は医貨でしか払えず、1医貨で1円相当の医療を受けられる前提とします。医貨をたくさん持っていれば安心できますが、ただし持ちすぎても"円"に換金することはできません。紙幣や硬貨、紙のクーポン券などのかたちではなく電子化されており、なにがなんでも絶対に他人には譲れないものとします。

医貨を利用して医療を受けた場合、医師や病院への診療報酬は国が肩代わりすることになります。無からサービスを生み出すわけではないので、医療関係者への報酬は原則として変わりません。

また、健康保険制度はなくす前提になります。あるいは「健康保険制度と入れ替える」と考えてもらってもかまいません。

60歳で医貨1080万円相当を給付

さてその医貨ですが、60歳になると医貨1080万ポイントをもらえるものとします。技術が発達して120歳くらいまで生きることを前提としたうえで、1ヵ月に1.5万円=年18万円相当、その60年ぶんとなる1080万円相当の医療を受けられるポイントです。

月1.5万円というと「ずいぶん高い」と思うかもしれませんが、そうでもありません。現行の健康保険制度によって窓口負担が3割になる場合の4500円と同等です。風邪で内科へ、歯の治療で歯科へ、ずっと通い続けるくらいの感覚でしょうか。実際にはそれらにずっと通い続けることはありませんから、通わない月のぶんは貯めておいて、たまの大病や大怪我に備えるイメージです。そう考えれば、高くも安くもありません。

それでも、ポンとまとめて1080万pの医貨をもらえれば、60代など早いうちに重病を患った場合、それなりに高額の治療を受けることは可能です。ただし80歳とか90歳を過ぎてからだと、医貨の残額は少ないため高額医療を受けるのは難しくなるという感じです。

なお、お金持ちが高額医療を受けたい場合のために、あらかじめ円で医貨を任意に買っておくことができるようにします。現役時代に先んじて買うなら安く(医貨1p=2円)、60歳以降に買うなら高く(医貨1p=3円)。こうすることで、お金持ちにはずっと先の"より安心"のためにお金(円)を貯めこむよりも、早いうちに余分なお金を吐き出してもらえるようになります。お金(円)を貯めこまず、貨幣(メイン通貨の円)を循環させることは、この話の主目的のひとつです。

ここでサブ通貨を円で買えることに違和感を持った人は良い勘をしています。たしかにサブ通貨をメイン通貨で買えてしまうと、ゲームで言うところの「新しい冒険を進める動機」は失われます。ネットゲームにおけるRMT(現金でゲーム内通貨を買う行為)に似ています。

ただ、現実においてみなさんは充分(以上)に働いているくらいですし、医療費を稼ぐために新たな冒険=仕事を増やすことはこの話の目的ではありません。あくまで、他の用途に使えないサブ通貨を余裕を持って所持することで安心でき、それでいて"余裕"をメイン通貨の経済に逆流させないことが大切です。

また、ゲームと違って無から有を生み出すことはできないため、財源も必要になります。

財源は?

そこで気になる医貨1080万pの財源ですが、これは過去の自分自身です。現役時代、具体的には20~59歳の頃に医貨を買うのです。

具体的には、60歳で貰える医貨1080万pと同額の1080万pを、20~59歳の40年かけて2倍の価格=2160万円で購入します。

結果として、60歳で給付される1080pと、40年間で購入する1080p、あわせて2160pの医貨を(2160万円で)取得することになります。

なお現在、生涯に必要な医療費の総額(の平均)は2500万円程度と言われています。とはいえ、お金持ちの利用する高額医療も含めて国民全員で平均を取っている数値に現実味を感じられないので、この金額よりは低く見積もっています。また、"生涯の医療費"には20歳までの医療費も含むので、誕生時にいくらかの医貨を前借りして給付を受けるか、未成年は親の医貨を使える仕組みは必要になります。

話を少し戻します。「20~59歳の頃に医貨を買う」ときの総額2160万円は、月の支払いにすると"4.5万円"になります。

ちょっと高いな~と思うかもしれませんが、健康保険料の支払いはなくなり、また将来の医療費を確保しなくてよくなるぶん年金の規模(支払いも)を小さくできるので、そのほかの医療に関連する要素も差し引きすると、結局のところ現役世代の出費は増えも減りもせず、損も得もしません。

ただ現行の健康保険制度のように、収入の少ない人や20代くらいの若いうちはより安く医貨を買い、収入の多い人はより高く医貨を買うような仕組みは必要です。

結局は現役世代の支払いが一度国庫に納められ、国庫からその当時の病人・怪我人の医療費を支払うことで辻褄を合わせるだけの話で、基本的な考え方は健康保険や年金と同じになります。

そもそも医療は、利便性や機能を高められる商品とは違って自由経済社会のなかで競争力がありません。よく「病院の経営がたいへん」というニュースを聞きますが、そりゃそうです。医者を競争社会に置いて、愛想をよくさせて何をしたいんでしょう。今の制度を維持しようとしている人たちこそ病院へ行った方が良いのではないでしょうか。たぶん、治せませんけどね。

逆に患者側の視点で医療を見ると、贅沢して意図的にたくさん医療リソースを消費するなんてことはできません。そのため原則としては、人口と必要な医療リソースの関係は一定です。わざわざ保険制度にしなくても「(基礎的な)医療費は国が持ち、窓口での支払いは無料」「そのぶん税を取る」というだけで(基礎的な)医療費は必ず「相殺」でき、医療は成り立ちます。

ですから、医貨というサブ貨幣を導入することを考える意味は、医療の収支をどうにかするためにあるのではありません。オフゲ経済的な「余る」感覚が「安心」につながるので、それを実現しなければ意味がないのです。そこを、さらに考えていきます。

サブ貨幣にする意味

ここでなにより重要になるのは、原則として「必要とされる基礎的な医療リソースは変わらない(大きく変動しない)」ということです。これは、一定額の財源さえ確保されていれば、医貨を必要以上に多めに配布してもかまわないということにつながります。

もちろんあまりに多く配りすぎると効果の薄い高額医療を使う人が増えすぎて必要な医療リソースが増えてしまいますから、無闇にじゃんじゃん配っていいというわけではありません。あくまで「医療のニーズを増やしてはいけない」という原則は守らなければいけません。

ではどうやって医貨配布の機会を作るかというと、それは逆に「健康になる行為」に対して医貨を配ればいいのです。

例えば、健康診断を受けると医貨1万p(ただし1年に1回だけ)貰えるといった感じです。大病の芽を早期に発見し、防ぐことで、実際に費やされる医療リソースを減少させられます。スマホで写真を撮る程度の自己診断だけでも、月に一度やれば500pくらい貰えてもいいかもしれません。

また、ただ歩くだけでもいいのです。例えばポケモンGOやドラクエウォークのようなゲームと提携して1日に1万歩以上歩いた日には医貨100pを貰える、という感じです。

あるいはパワハラが横行する会社を(証拠を添えて)告発したら医貨をもらえる、というのもありかもしれません。人の精神を蝕むことは健康の大敵ですからね。

こうした、ちょっとした努力の積み重ねでお金が貯まっていくだけでなく、それと同時に「プレイヤーが強くなる」というのがまさにゲーム的であり、こういったいわゆる「ゲーミフィケーション」を補助する役割として、オフゲ的なサブ通貨は適していると考えられます。

少なくとも現状の、働いても安心を得られない社会は明らかに間違っています。皆がそっぽを向けつつある政治よりも、皆が注目し、開発者とユーザーが間接的に切磋琢磨し続けてきたゲームの世界にこそ人の暮らしを豊かにするヒントが潜んでいるのは実は当然のことです。ゲームのやりすぎが目に余って「ゲームを規制しろ」なんて声が上がることもありますが、だったら現実だってもう少し規制されても良いのではないでしょうか。

まさに、健康のために。


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