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【医師論文解説】長距離フライト中の一杯がもたらす危険性

背景: 長距離フライトの乗客は、しばしばアルコールを摂取します。機内での睡眠は、機内の低酸素分圧により引き起こされる血中酸素飽和度(SpO2)の低下をさらに悪化させます。この研究では、アルコールと低圧低酸素症が睡眠、SpO2、心拍数に与える複合的な影響を調査しました。

方法: 健康な被験者を2つのグループに分け、4時間の睡眠機会(午前0時〜午前4時)を2晩設けました。

  1. 睡眠研究室グループ(n=23):

    • 海抜53mの睡眠研究室で実験

  2. 高度室グループ(n=17):

    • 753 hPa(海抜2438mに相当)の低圧条件下で実験

両グループとも、一晩はアルコールを摂取し(平均血中アルコール濃度0.043±0.003%)、もう一晩は摂取しませんでした。実験順序はカウンターバランスをとりました。条件間に8時間の回復睡眠(午後11時〜午前7時)を2晩設けました。ポリソムノグラフィー、SpO2、心拍数を記録しました。

結果:

  1. SpO2(血中酸素飽和度):

    • アルコール+低圧条件: 85.32%(中央値)

    • 非アルコール低圧条件: 88.07%

    • アルコール通常条件: 94.97%

    • 非アルコール通常条件: 95.88%

  2. 心拍数:

    • アルコール+低圧条件: 87.73 bpm(中央値)

    • 非アルコール低圧条件: 72.90 bpm

    • アルコール通常条件: 76.97 bpm

    • 非アルコール通常条件: 63.74 bpm

  3. 臨床的低酸素閾値(SpO2 90%未満)を下回った時間:

    • アルコール+低圧条件: 201.18分

    • 非アルコール低圧条件: 173.28分

    • 両通常条件: 0分

  4. 深睡眠(N3)時間:

    • アルコール+低圧条件: 46.50分

    • アルコール通常条件: 84.00分

    • 非アルコール通常条件: 67.50分

全ての結果において、アルコール+低圧条件と他の条件との間に統計的に有意な差が見られました(p<0.0001、深睡眠時間については p<0.003)。

論点: この研究結果は、アルコールと低圧低酸素症の組み合わせが、睡眠の質を低下させ、心血管系に負担をかけ、長時間の低酸素血症(SpO2 90%未満)をもたらすことを示しています。これは長距離フライトの乗客の健康と安全に重要な影響を与える可能性があります。

結論: アルコールと機内の低圧低酸素症の組み合わせは、睡眠の質を低下させ、心血管系に負担をかけ、長時間の低酸素血症(SpO2 90%未満)をもたらすことが明らかになりました。この研究結果は、長距離フライト中のアルコール摂取に関する注意喚起や、乗客の健康管理に関する新たな指針の必要性を示唆しています。

この研究は、航空医学と睡眠科学の分野に重要な知見をもたらし、長距離フライトの乗客の安全と快適性向上に貢献する可能性があります。

文献:Trammer, Rabea Antonia et al. “Effects of moderate alcohol consumption and hypobaric hypoxia: implications for passengers' sleep, oxygen saturation and heart rate on long-haul flights.” Thorax, thorax-2023-220998. 3 Jun. 2024, doi:10.1136/thorax-2023-220998

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所感:
本研究は、長距離フライト中のアルコール摂取が乗客の生理機能に及ぼす影響について、重要な知見を提供しています。特に注目すべきは、アルコールと低圧低酸素環境の相互作用が、単独の要因よりも著しく大きな影響を及ぼすという点です。
血中酸素飽和度(SpO2)が90%を下回る状態が3時間以上も続くことは、臨床的に看過できません。これは一過性の認知機能低下だけでなく、潜在的な心血管系リスクも示唆しています。さらに、深睡眠(N3)の顕著な減少は、長距離フライト後の回復過程にも影響を与える可能性があります。
この研究結果は、航空会社や規制当局に対して、機内アルコール提供ポリシーの再考を促す根拠となり得ます。また、乗客向けの健康教育にも活用できるでしょう。ただし、本研究の被験者が健康な成人であることを考慮すると、高齢者や基礎疾患を持つ乗客では、さらに顕著な影響が現れる可能性があります。
今後は、より長時間のフライトを想定した研究や、異なる年齢層、健康状態の被験者を対象とした追加研究が望まれます。また、これらの生理学的変化が認知機能や疲労回復にどのような影響を及ぼすかについての詳細な調査も必要でしょう。

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