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失敗せずに生きることが成功と言うのでしょうか?

この間友達から『決断することが怖い』という話を聞いてなんとなく気持ちは分かるけど、それってどうなんだろう、、、その言葉に含まれる意味を考えてみました。

決断をすることで失敗が怖い、責任を取るのが怖い。ということだと思いますが

それっていつの間にか、成功することが生きる意味にすり替わってるからこういう恐怖が生まれるのではないかな。

何が失敗なのか
何が成功なのか。

例えばボーリングというゲームだとしたら
ストライクを取るのが目的になっているのか

そもそも、ボーリングを楽しむという目的でしているのかの違いだと思う。

同じ失敗を繰り返しても、それはその人のレーンでされていることなので
他のレーンの人は、あーだこーだ言わなくていいと思う。
間違えてるとか、バカだとか誰かが言わなくていいと思う。他のレーンのことガタガタ言うことで世の中の時間は埋め尽くされている。
それが怖いのかもしれない。みんな、自分のレーン放ったらかして他のレーンのダメ出ししとるねん。

決断することが怖いってことは、自分レーンで他の人にボールを投げてもらってる状態。他力本願だから失敗しても文句は言わないかもしれないけど、それって本来のゲームではない。

よく聞く話かもしれないけど、目的と手段が区別できてないのかもしれない。
職業が目的ではなく、その先に手に入れることができるものが目的のはず。でも、手段が評価される。なんか、油断すると大きな不安の塊に飲まれてしまう。

そんな気がします。
自分に戻る時間というのを意識的に作らないと
本来、不安に感じなくていいことで不安になったり焦ったりすると思う。
 
存在しないものに不安を感じないこと。
存在しているものをきちんと認識することが大切だと思いました。

目的に焦点を合わして、手段を決断する。
失敗なんて本当の失敗じゃない。

自分が決めたことの失敗なんて本当の失敗じゃない。

本当の失敗って、他の人に決断させることなんじゃないのかな。


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