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愛するわがアパートメント

アメリカでは、アパートメントごとにホームページを持っていたりする。なんならFBのアカウントもあって、過去の入居者のコメントも読める。夫は一人で家の下見に行ってきて、いくつか候補の物件のホームページを教えてくれた。アパートのホームページ?何それ??と困惑しながら見入ったのを思い出す。「ここは古いけど、何だか感じが良かったよ」と夫が言った、その物件が今の私たちのアパートメントだ。

このアパートメントが建てられたのは60年代らしい。アパートメントと言うけれど、日本でいうとマンションに近い大きさだ。10階建ての下の方の階の、角部屋が私たちの部屋である。アメリカの住宅事情は日本とはやはり違って、各部屋に洗濯機を置くスペースはない。配管もない。うちは各階にランドリールームがあって、そこに洗濯機が二台、乾燥機が二台。一回ごとに1ドルちょっと払う仕組みになっている。住む前は、不便で辛くなるのではと心配だったけど、慣れてしまえば案外平気だ。洗濯機から取り出して乾燥機に移す手間こそあるが、どちらも強力で(洗濯機も温水が出るらしい)、綺麗にふかふかに仕上がるので、むしろ日本で洗濯物を毎度干していた頃より楽になった気もする。

部屋に洗濯機スペースがない代わり、でもないが、この辺のアパートメントには大抵プールがある。プールサイドにはちょっとしたバーベキューコーナーもある。予約不要、空いていれば入居者は自由に使えるらしい。もちろん高級賃貸ではないから、これにはびっくりした。が、アメリカ人にとっては結構当たり前のことらしく、この夏の終わり、プールでひたすら泳ぐ人やバーベキューしながらワイワイ盛り上がるグループの姿が部屋の窓から時々見えた。とても平和な、いい夏の景色だった。

部屋の入り口はいわゆる「土間」はなく、入るといきなりカーペット敷きである。夫と「一応外履きと内履きは分けよう」と決めたけれど、未だにどこで靴を履き替えるか、私は決めかねている。キッチンは大きくはないが、備え付けの冷蔵庫も食洗機もあるし、何よりカウンターに奥行きがあっていい。昔、バナナスタンドなるものがアメリカでは売られていると聞いて、「邪魔以外の何物でもないのでは?」と疑問だったけど、これだけスペースがあれば置く人もいるだろうな、と今になって納得している。買わないけど。

さすがに年季が入っているだけあって、バスルームと廊下を隔てるドアは建てつけが悪くて閉まらない(トイレもバスルームの中だから結構深刻である)し、玄関のドアはベニア板じゃないだろうか、かなり薄いし下から廊下の光が漏れる。でも、私は結構この家が気に入っている。キッチンもバスタブも、古いけれど綺麗に掃除してあったし、壁のペンキも塗り直して間もない感じがする。ドアノブとか蛇口なんかの建具が、レトロなのもかえっておしゃれに思える。初めてこの部屋に入ったとき、丁寧に手入れされているんだなあ、大切にされて来た家なんだ、としみじみ思ったのだ。

部屋ばかりではない。年配の管理人も、すれ違う他の入居者も、親切で感じがいい。英語の下手な外国人の扱いに慣れている、という気がする。きっとこの家は、今までにもたくさんの私と同じような人を優しく受け止めて来たのだろう。たくさんの人が、慣れないアメリカにわくわくしたり緊張したり、時々落ち込んだりしながら、この家から出かけてこの家に帰って来たんだろう。

アパートメントの中心に陣取る、エレベーターがまたレトロだ。階数表示は、小さな窓から数字がのぞくダイヤル式になっている。いかにも建てられた60年代のまま、ここで働き続けている感じがする。エレベーターの前に立つとき、私はふと、この家にかつて住んでいた人たちに思いを馳せる。私と同じように、少し緊張して、どこかぎこちなくて、でも頑張ってここでの暮らしを自分のものにしていった、尊敬すべき先輩たち。
そうして少し背筋を伸ばして、ちょっとだけ緊張する外界へ出て行く。大丈夫、私もきっと頑張れる。家が見守ってくれているような不思議な安堵感が、私の慣れない日々を支えている。

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