「ワーママ」という自意識過剰とネガティブ思考
誰かからそう言われたわけでも評価されたわけでもなく、私が勝手にそう捉えているだけなのだが、どうもここ1年仕事ができていない。
どうも自分の仕事に納得感がない。
言い訳にはしたくないのだが、私は契約上、勤務時間を減らして働いている。いわゆる時短ってやつだ。
それ自体は、自分の希望だし、制度として利用できるのは本当にありがたいと思っている。
ただ、問題なのは、私に決断力と行動力が不足していることだ。
単純に、以前より勤務時間が少なくなるのであれば、その分、業務効率を上げる必要がある。
シンプルに、そうしなければ仕事の質が落ちるか、対応できる仕事の量が減るか、あるいはその両方か、になってしまうから。
以前は、時間もあったから、自分のペースでじっくり仕事をしていても、あまり問題はなかった。(そのせいで長時間労働になっていたのは問題だが)
だけど、今は自分の希望で限られた時間で働くことを選択している。
自分の希望で。
ならば、それをよしとしてもらえるために、自分なりに効率を上げて責任を果たそう。
そう思うには思うのだが、実際頑張らなければ自分の癖は変わるわけもなく。
自分なりに工夫はするものの、改めて、行動力と決断力のなさで、最初に見積もった時間内に業務を終えることができない。
それは、自分に対する期待値が勝手に高すぎるだけだし、それで誰かが私を責めているわけでもない。
勝手に自分とした約束を、勝手に自分が破って落ち込んでいるだけ。
ただ、それだけなのに、なんだか情けない。
そうやって、自分のやった仕事を次のフェーズに進めるため、上司にフィードバックを依頼したり他の人に依頼をするわけだが、そこでも1人で落ち込むことがある。
これはどうなってますか?
これはこうしたほうがいいんじゃないですか?
事実としては、たったそれだけなのだ。
なのに、勝手に落ち込む。
本来、自分の職種の果たすべき役割として、そこまで自分で気づいて、対応すべきだった。し、そうしたかった。
そこに至らなかった自分は、依頼してもらった人の期待に十分に応えられてなかったことになるのではないか。
誰かを楽にしたり支えるために仕事をしているはずなのに、全然それを果たせてないのではないか。
そういう自分が、自分の都合で、時短で働いていて、なんだか恥ずかしい。
なぜかそこまで思考が飛躍してしまう。
一言で言えば、過剰なネガティブ。
ワーママ、時短勤務、という自意識過剰。
元々、ネガティブな性格なのだが、ここまでくると思わず突っ込みたくなる。
誰か、そんなこと言った?思い込み激しくない?、と。
第三者だったらそう思うのに、こと自分に対してはそう思えないのは、人間あるあるなのだろうか。
きっと、ワーママであることに過剰に反応しすぎだし、過剰に自分に期待しすぎだし、過剰に理想を描きすぎなのだ。うん。
誰も期待してないし、誰も評価してない。
私がすべきなのは、(前向きな意味で)会社の歯車となって事業を推進し、成果を出すこと。そしてその対価として給料をもらう。
それでいい。
ただ、邪魔していたのは、ひとつの願い。
ただ仕事をこなすのではなく、本質的に仕事を一段階上に引き上げられる人になりたかった。
ただ、それだけ。
なんだか書いてて着地点が見えなくなったけれど、今の私は、生じた出来事に対して事実と思い込み(感情)を上手く切り離して見れていないようだ。
変に過剰反応してしまっているのかも。
こういう時はたくさん寝るに限る。
世の中のワーママのみなさんも、いや、日々精一杯生きている全てのみなさんも、どうぞご自愛ください。
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