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Episode 327 緩やかな「間」が必要です。

私は話題を変えるのが苦手です。
その前に、会話自体が苦手だということは間違いないのですけどね。

話題って、今の話の中心から徐々にズレていくのが普通じゃないですか。
ホントに上手く話が動いて行くのですよ…これが「話の流れ」ってヤツなのでしょうね。
私は聞くのがあまり得意ではないので、この流れに乗り切れないのです。
聴いて理解するのに時間が掛かり、そこから言葉にして会話に参加しよう…って時には、もう流れに乗り遅れているんですよね。
だから、聞くだけに徹して話さなくなってしまう…それが一番「場」を荒らさない方法なので。

本当は「話したい話題」がいろいろあるのですよ
でも、その話を切り込むタイミングが掴めません。
大縄跳びに入れない私は、いつも話題を上手に変えられずに縄を止めてしまうのです。
それって、進行中の会話の方向性と合っていないからなのでしょうね。
結局のところ、みんなを振り返らせるような話題振りだと、全員の足が止まることになるワケです。
会話の上手な人は、話しの進む方向に見える話題を振るから、みんなの足が止まらないのだと思います。

私が「突然閃いた」ように今の会話と別のことを話し始めてしまうことについて、そのことを先日のブログ記事で「魚の骨のように言葉が耳に引っ掛かっている」という表現で説明しました
本当にその通りなのです。
引っ掛かっていた小骨が抜けて、胃に落ちて消化される感じとでも言いましょうかね。
消化されるとは、意味をかみ砕くことが出来た…ということ。
魚の身の部分よりもはるかに遅れて胃に到達して、その分だけ消化されるのも遅くなるというイメージなのです。

ジグソーパズルの最後のピースが決まらずに絵が完成しない…探していたピースが見つかって絵が完成した時、急にその絵の価値が見えてくるような感じ。
ガツンと価値が決まって見えてきて、一気に魅力的な作品に仕上がる感じ。
「そうか! そういうことか!」

このガツンと来た発見が曲者です。
この発見が、聞くをシャットアウトするのです。
私の場合、自分の思考が動き始めると、考える方にメモリを取られて聞く方に振り分けるメモリがほぼ「ゼロ」になってしまいます
このタイミングでの発言は、「本当に私が今感じていること」を話しています。
そしてそれは、現在進行形の会話と全く噛み合わない。

喉に引っ掛かった魚の小骨。
せせらぎの小石に引っ掛かった笹舟。

遅れて理解が広がった時に、自分の思考が「聞く」をシャットアウトして「こういうことだった」という発言をしてしまうワケです。

流石にアラフィフの年齢になって、他所で突発的な話題振りなんてしませんよ。
発言を求められるまで黙っていることが多くなったのは、少なからず「場」の雰囲気というものを壊さないようにするべきだという「経験」からなのです。
発言すれば、みんなの足を止めてしまう…私にタイミングの良い話題振りは望めないのです。

ただ、家ではそうはいきません。
家庭とは、夫婦とは、パートナーと私の意見のすり合わせの上で成り立つ共同作業であって、私の意見は会話の中に絶対に必要なのです。
でも…私は「普通の速度」での話は、聞くので精一杯なのです。

Twitterで「パートナーがね、何にも話してくれないの…ASDのパートナーが私に話してくれなくて」…というカサンドラさんのツイートを目にすることがあります。

これはあくまでも私の場合ですが…
聞く(音声入力)→理解する(映像化)→考える(脳内ライブラリと照らし合わせ)→意見をまとめる(言語化)→話す(音声出力)…の時間が掛かります。
この一連の動作を完了する前に、あなたが次の言葉を出されてしまえば、私は黙るしかありません。
意見を求めるように「じっと」…ではプレッシャーがかかります。
だから、そうではなくてゆるやかに、その「間」を待ってくれると、私との会話は成立しやすいのだと思います。

こんな風に、会話にはそれぞれの人に合った成立しやすいコツがあるのだと私は思うのです。

旧ブログ アーカイブ 1019/8/7

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