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『雪と椿 1』


※BL小説です。性的な描写がありますので、興味のない方、18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。


 菊蕾の中に己の指を入れ、客が注ぎ込んだものを出来る限り残さないよう、中を洗う。体を守るためには欠かせない手間だった。女と違って孕む気遣いだけはなかったが、病を貰えば薬も与えられずに野垂れ死ぬのを待つばかりの身だ。
 椿(つばき)が陰間として客を取るようになってから、この冬でもう四年になる。
 八つの頃、この一座へと売られて来た。禿(かむろ)として舞台子に仕え、唄や踊りの稽古や酒席での作法を教え込まれた。厳しいことも多かったけれど、ここにいれば朝晩のおまんまが貰える。売られて良かったとさえ思っていた。
 十一になると閨の修行が始まった。
 売られる前はろくに食べていなかったから、性の目覚めもまだ迎えていない、その歳にしては小さい体だった。
 春のある夜半、座長の寝所に呼ばれ、未熟な身体を売り物にするための商品へと変えられた。赤黒い恐ろしいもので固い蕾をこじ開けられた時には、喉から臓腑が出てしまうかと思うほど苦しくて、自分が壊れてしまうと思い、痛みに泣いた。
「陰子として春を売るのも仕事のうちだ。お大尽の贔屓ができれば、引き立ててもらえる。そうなれば末は一座の看板役者だ。せいぜい床に励んで運を開けよ」
 閨ごとを仕込まれながらそんな風に言い聞かせられたが、十二になって客を取るようになった頃にはもう、椿はそれを信じてはいなかった。自分は生まれつき、右の脚が少しだけ短い。だから、舞台の上で大きな役が務まらないことは、自分が一番良く知っていた。
 年長の陰間達からは、よく苛められたものだ。椿が名指しで呼び出されることが多くなり、お茶を引くことが増えた年増の陰間達から、特に目の敵にされていた。
「お前の売り物は器量だけだからな。踊れなくても構わない、はなっから茶屋一本で稼がせる腹づもりだったのさ」
 あに達にはそんな風に言われたけれど、それはその通りだったのだろうと思う。
 年季を勤めたらここを出て、小さな商いでも始めたい。以前はそんなことを夢見ていた。そのために小銭を貯めていた頃もあったが、今はそんな気持ちも失せた。
 はたちになる前に病で死ぬものも少なくない世界だ。女郎のように身請けされる可能性もない。日々ただ流れるように生きてそれが尽きるのを待つ、それでいいと思うようになっていた。
 陰間としても売れ時はせいぜいはたちまでだから、身体が大人になる十六ともなれば、金持ちの後家など女相手を務めるようになる者も多くなる。客の数は女より男の方がずっと多かったが、抱かれるよりも抱く方が身体の負担はだいぶ楽なので、大抵のあに達は女相手を喜んだ。
 だが、椿は女が抱けなかった。自慰を覚える前に男を知ってしまったせいなのか、女の身体を見ても、ならないのだ。だから、娑婆に戻って女と所帯を持とうとも思えない。売れる盛りが過ぎたらどうなるのだろう、とぼんやり思う。思うけれども、それでどうしようかとはっきり考えるには至らなかった。
「椿あにさん、そろそろ髪と顔を」
 禿に促されると、椿は気怠い仕草で湯桶から立ち上がり、禿が玉の肌を拭っていくに任せた。
 
「今夜は誰」
「例のお武家さまです」
 そう聞いて、椿は紅を差す手を止めて眉を顰めた。
「随分椿あにさんにご執心ですね。間を開けずに三度目でしょう? 他のあにさん方が、あんなに男ぶりがよい方とならこちらが金子を払っても寝てみたいって。小手毬(こでまり)だってあんな方が通ってくださるなら嬉しい」
 禿がくつくつと笑うと、切り下げ髪がさざ波のように揺れた。小手毬は先だって十になった。早晩、この子も椿同様に閨ごとを仕込まれるようになるのだろう。
 椿は、髪結いが仕上がった髷に簪を挿している間も、無表情だった。
「わあ、あにさん、何て綺麗」
 鏡に映る顔は、吉原の花魁よりも美しいと評判だったが、椿にとっては所詮商品でしかない。豪奢な衣装と同じく、男の欲望に着火するためのただの装置だ。椿は、整いすぎていて人形じみた己の白い貌を、無感動に見返した。
「浮かない顔。雪村(ゆきむら)さまがお嫌いなんですか?」
「お侍は好かない。坊さまほどは金がないし、男と寝るのにも慣れていない。男を知っていたら知っていたで、侍同士の契りこそがまことの衆道だと思っているから、陰子を見下してくる。もしも気に障ったら、お手討ちになるかも知れないしね」
「そういう方には見えませんでしたよ。椿あにさんに惚れていて、お顔が見られれば幸せというご様子でしたのに。それともああ見えて、無体なことをなさいますのか」
 無体なことどころか……椿はくっきりと赤く紅をひいた唇で美しく微笑んだ。
「さあてね。そういうことは小手毬が客を取るようになったら教えてやるよ」
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