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『蝉の唄 3』

※BL小説です。性的な描写があります。興味のない方、18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。


 まくり上げられたパジャマの裾から、聡の掌が入ってきた。体中を撫でられ摘まれるたびに、未知の疼きがそこここで爆ぜる。
 聡が何をしているのか分からなかった。指先で縒り出すようにされた乳首が痛くて、でも痛みに似たその感覚の奥にはもっと根深い恥ずかしさが潜んでいるようだった。
 僕は身を捩って初めてのその感覚を逃そうとした。
「あっ、あ、……あ」
 母に聞こえてはいけないのだと、どこかでそれだけは分かっていた。喉奥で押しつぶそうとしても、変な声が漏れてしまう。耳元で聡の激しい息遣いが聞こえていた。
 パジャマのズボンをずらされたとき、僕は正確には何が起こるのか分かっていなかったにもかかわらず、これまでとは比べものにならないほど強い恐怖を感じた。ベッドの上をずり上がって逃げようとすると、ズボンを下着ごと膝まで剥かれた。
 性毛も生えそろい大人へと変わりつつある肉体に戸惑いを感じていた当時の僕は、裸の下半身を見られるのを何よりも恐れていたというのに。
「やだっ」
 のしかかってきた従兄の身体は、僕がはね除けることのできない重量と大きさを備えていた。
 お尻の柔肉を揉みしだかれ、果実の房を分けるように二つの盛り上がりをつかまれる。
 ついに聡が僕の性器を捕らえた。僕はショックのあまり目の前が真っ暗になった。
「聡ちゃん、やめて……」
 涙がこみ上げてきた。一度涙を溢れさせてしまうと、爆発寸前の僕の感情は泣くことでしか納められなくなった。
 泣きじゃくっている僕から、聡は身体を退かした。
「……ごめん」
 低い声で聡は言った。そして、来たときと同じように窓を越えて去っていった。
 後には、パジャマをみっともなくはだけさせてしゃくり上げている僕だけが残った。


 しばらくの間、僕は聡に苛められたと感じていた。僕のことが気にくわなくて、辱めるために性的な嫌がらせを仕掛けてきたのだと。同性同士の間で求め合うことがあるなんて知らなかったし、憧れていた従兄が性的な対象に僕を選ぶなんて想像したこともなかったからだ。
 高校に進学してから、僕は漠然とではあるが同性愛やそこに含まれる性愛について、友達同士の猥談や小説などから知るようになった。
 それ以降、あの行為にはどんな意味があったのだろうと繰り返し考えることになる。
 あの夜僕を死ぬほど怯えさせた熱く激しい息遣い、忙しない掌。一つ大人になった僕にはもう、あの時の聡が欲情していたのだと分かる。
 よりによって僕に悪戯を仕掛けてきたのは何故なのか。手近なところにいて、聡の好きにさせそうな相手だったからなのだろうか。
 盗み見るように聡の顔色ばかり熱心に窺っていた自分は、聡にはどう見えていたのだろう。さぞかし構って欲しそうな様子に見えたことだろうと思うと、僕は恥ずかしさと絶望で、ああ、と呻いて両手に顔を埋めた。

 やがて僕は、居ても立ってもいられないほどの煩悶から逃れるために、あれが聡に好かれてのことだとしたら、と夢想するようになっていった。
 もしも聡が、男が女を好きになるように、僕に好意を抱いてくれているのだとしたら。
 そうであったなら、あれは恥辱の体験ではなくなる……と考えている自分がいる。あの僕の時はあまりに幼くて、怖くて泣いてしまったけれど、もしも聡が僕を好きだと言ってくれさえしたら、あれは嫌なことではなくなる。
 聡に愛されることが嫌なことであるはずはなかった。嫌ではないと考える自分に驚愕したし、聡が僕なんかに興味を持つはずはないと分かっていたのだが、傷ついた自尊心はそこに必然があって欲しいと切望していた。

 僕は、聡から連絡が来ることを待ち望むようになった。
 中三の後半は受験一色だったから気が紛れていたが、第一志望の県立高校への進学が決まってしまうと、僕の心は隙あらば去年の夏へと漂流していった。
 春休みは、聡から高校進学を祝う電話や手紙が来るのではないかと思い、落ち着かない思いで過ごした。聡からたった一言、恋の欠片を含んだ言葉が聞けさえしたら、僕の苦しみは終わるのだ。
 四六時中郵便受けと電話を気にする日々。何かしていないといられなくて、駅まで足を運んだことも一度や二度ではない。何度も詣でるうちに願いが叶うと信心しているかのように、僕は駅から出てくる人の群の中に、聡を捜したものだ。
 何度も聡に好きだといわれることを想像しているうちに、夢にまで見るようになった。僕は聡の夢で夢精さえした。
 だが、聡が僕に連絡を寄越すことはなかった。

 今年の夏にも聡がこの村を訪れることを知ったときは、期待と怯えが相半ばする複雑な気分だった。もう諦めたと自分に言い聞かせてはいたけれど、本音ではまだ、ほんの少しの可能性にさえすがりたがっていたから。
 だが、本家で聡と再会したとき、僕の期待は今度こそ跡形もなくうち砕かれた。
 去年より一層逞しくなったように思える従兄は、どこから見ても魅力的な男になっていた。どこに遊びに行ったのか、こんがりと日焼けした肌に、白いタンクトップとペンダントが映えていた。
 そして僕と視線が合ったとき、明らかに聡は顔を強張らせ、気まずそうに目をそらしたのだ。
 僕は、去年のあの出来事が一夏の戯れでしかなかったこと、そして聡がそれをなかったことにしたいのだということを思い知らされたのだった。

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