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陰陽を辿る

旅費の大半を交通費に費やす貧乏大学生の懐はビジネスホテルの宿泊にも事欠く有様となる。鳥取の宿泊先も脳内予算会議の末に、駅から徒歩35分の立地にあるネットカフェ快活CLUBとすることで決着した。寝起きに35分歩くのは辛いので最寄りのバス停から鳥取駅行きのバスがあることを確認し就寝、朝には恙無く鳥取の駅へと降り立った。

今日の目的は鳥取駅を出発して先ず智頭を経て津山までの因美線70.8キロ、津山より岡山へ至る津山線58.7キロ、更に岡山から吉備路を横目に走り伯備線の総社へ至る吉備線20.4キロ計149.9キロになる。総社からは伯備線経由で岡山に戻り、ひたすら山陽本線を西へ突き進んで帰路につくつもりだ。

生命線のエナジードリンクを買い込んで改札を抜けると、時代も令和だと言うのに鳥取駅には朱色5号と呼ばれる国鉄の赤茶けた塗装を身に纏った古めかしいディーゼルカーが列を成している。以前はもう少し彩り豊かだったのだが、コスト削減で塗装を簡略化した結果、原点回帰してしまったらしい。そんななかでも高速化と共に導入されたのっぺらぼうのような平面のディーゼルカーもおり、頼もしい加速で通勤通学のお客を米子方面へと運んでいた。

因美線はいわゆる陰陽連絡線であり、途中智頭駅から智頭急行線に接続するため、山陽方面特に大阪や岡山といった大都市への連絡線として重要な立場を得ている。ただし智頭以南から津山にかけては智頭急行にお客も役割も奪われて悲惨なもので、いずれは廃線の論議も催されかねないような鄙びたローカル線と化してしまっている。智頭駅を出てから分岐点の線路状態の格差など、使命を終えた路線の末路と言うに相応しい扱いの差が見て取れ、涙を催すほどに非情に見えてしまう。

朝の通学ラッシュに合わせて4両編成でやって来た鳥取7:22発智頭行き655Dに乗り込む。通学生で満席の様相であり、沿線には大きな高校があるらしい。定刻通りに鳥取を発車し特急スーパーはくとやスーパーいなばなど特急が走る線区にしてはのんびりとした走りを見せる。乗っていた高校生たちは3駅目の郡家で早速9割方が降りてしまい、隣のホームで待ち構えるようにドアを開けていた若桜鉄道(旧国鉄若桜線)の路線に吸い込まれていった。郡家を出てゆっくりと別れる分岐の先をじっと眺めていると、ほんの数百メートル先に大きな高校と若桜鉄道の駅があった。八頭高校前とあるのでおそらく皆この駅で降りてしまうに違いない。僅か一駅数百メートルのためだけに大挙して乗り換えるというのも難儀なものである。

その後も長閑な車窓の中ゆっくりと南下して8:10に因幡街道の宿場街智頭宿で知られる智頭に到着。特急列車はこれより智頭急行に入り、姫新線の佐用を経て山陽本線の上郡まで直線で一気にショートカットを行う。

智頭以南は系統が分断されており、陰陽連絡線の使命を終えていることを実感できる見慣れたディーゼルカーが1両で待ち構えていた。ここから先は1日7往復、急行砂丘などの優等列車が県境を越えていたのも過去の栄光と化してしまっている。乗客は地元の住人と思しき人物を数名、加えてマニアを数名の計10名弱、高校生の賑わいは消え失せ車内にはエンジンの轟音とワンマン運転の無機質な放送案内がただただ響く。嫌いではないが、やはり寂しい。智頭8:16発津山行き675Dは物見峠の県境を越えていつもの徐行を挟みながら岡山県津山を目指す。

再び3路線の交わる津山駅にたどり着いた。それにしても暑い、盆地で夏を越すことの厳しさを汗だくになりながらトイレで用を足していてしみじみと感じることになった。