大切な鏡 :夏ピリカ応募
「その鏡、すごい年季入ってるね。
それほど大切なものなの?」
会社内の化粧室でメイクを直していると、同期が興味津々で尋ねる。
「まぁ、そんなとこかな」
恵理子は、一言だけ答えると鏡を大切そうにポーチにしまった。
この鏡については秘密。
この同期に限らず、他の誰であっても話すつもりはない。
あの夏の夜の、恵理子の大切な思い出だからだ。
☆
中学2年の夏だった。
恵理子は友人たち大勢と夏祭りに来ていた。
友人たちの中には、恵理子がひそかに思いを寄せる啓太もいた。
誰かに頼むのは恥ずかしかったが、
一瞬でも啓太と二人きりになりたかった。
そんな願いが通じたのだろうか、皆からはぐれていると……
探しに来た啓太が目の前にいた。
射的の屋台が近くにあったので思いきって話す。
「啓太くん、射的やってみてよ。見てみたい」
「ええ?俺が?」
しぶしぶ啓太はOKした。
的を絞って二発外す。
「あと一発。頑張って」
すると、啓太が当てた隣の的の景品が見事に落ちた。
プラスチックでできた、キラキラデコレーションが施してある鏡。
「藤井、使う?記念にやるよ」
啓太から渡された鏡。
この時は天にも昇る気持ちだった。
だって、啓太からの贈り物に思えたから。
☆
その後10年以上経つ。
告白の機会もないまま、友だちの一人として未だに頻繁に会っている。
今夜も啓太や皆と会う予定だ。
定時に退社し、美容院に寄ってから、啓太たちと会う。
啓太の前では、いつでも綺麗でいたかった。
「はい、伸びたところカットしてこんな感じで」
三面鏡で後ろ姿も確認する。
大満足の仕上がり。
恵理子は啓太に会うのがますます楽しみになっていた。
☆
一人、また一人と会場の居酒屋に集まり始める。
恵理子が着いたときにはもうほとんど集まっていた。
啓太も奥から手を振る。
「じゃ、始めるか」
幹事が乾杯をしようとすると、啓太がその言葉を遮ってこう告げた。
「ごめんな、乾杯の前に報告がある」
「おう、じゃあ聞こうじゃないか」
一気に静まる一同。
「美紀、こっち来て...あ、うん。
美紀と俺、結婚することになった」
一気にええ!とかおめでとうとか皆も大騒ぎ。
恵理子の足がガクガク震えていた。
仲の良かった美紀と、啓太が結婚。
おめでとうを言わなきゃいけないのに……言えない。
恵理子は皆の盛り上がりを遠巻きに見ていた。
☆
宴も盛り上がり、皆が飲み食いしている途中、美紀が鞄から何かを出そうとする。
「美紀、どした?」
啓太が心配そうに見つめる。
「おでこが痒くて……」
すると、啓太はさらに美紀に顔を近づけた。
「あっ、赤くなってるね。蚊に刺されたかな」
そっか、と美紀は言い、笑い合う。
完敗だ。恵理子は二人の関係性を改めて垣間見た。
美紀の綺麗な服装も、化粧も、いつも啓太が間近で見つめてくれるのだろう。
それは啓太にとっても。
鏡なんて必要ないくらいに。
恵理子は遠目で二人を眺めながら、使い古したプラスチックの鏡を握りしめて1人で乾杯した。
☆
【1,191文字】
夏ピリカグランプリ応募、書かせていただきました。
ここのところ忙しく時間がない!アイデアも浮かばない!というか元々創作は上手く書けない!のないない尽くしでしたが。
なんとか間に合いました。
ピリカさん、審査員の皆さん、暑い中、お疲れ様です。どうぞよろしくお願いいたします。
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