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珈琲の味は大人の味

こんばんは。
ほしまるです。

私が昨年2月からリモート、外出は最低限(通院や買い物など)という生活になってもうすぐ一年。
夫も同じ頃からリモートでしたが、初夏からは週に数回は都内への出勤という生活です。

今日はリモートの夫。
今、ちょうど夫が淹れてくれたコーヒーを飲みました。
コロナ禍で家に居る時間が多くなったせいもありますが、夫がコーヒーなど淹れてくれることが
多くなり、ありがたいです。

同じ部屋で向かい合って座っていても
全く違う仕事をしている。

もともと、結婚までは同じ職場に居たので
同じ空間で、仕事をしているというのは、なんだかとても新鮮です。

そんな風に、夫が仕事をしている姿をこうして家で垣間見ることができたことは
私にとっては貴重な機会です。

☆☆☆

私はブラックコーヒーが飲めなかった

今となっては私自身でも不思議な話なのですが。

20代後半まで、ブラックコーヒーが飲めませんでした。

たとえばコーヒー牛乳とか カフェオレでも
理想なのは、コメダ珈琲店の
たっぷりミルク珈琲。(前に訪れた時の写真です)

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家(実家)で飲むときとか、結婚して家で飲むときにはは支障なかったけれど。
外で、たとえば喫茶店やカフェで飲むときには
「ミルク多めにしてもらえますか?」って聞いていました。

露骨に「は?」って言われたこともしばしば。
「ミルク、そこにありますよ。」
って、テーブルの上のコーヒーフレッシュ(ポーションクリーム)渡されることはしょっちゅう。

お店によっても追加料金取られることも。(そりゃそうか...)

今思うと、夫の転勤で数年過ごした国では

「コーヒーよりミルク多めで。」とか

「コーヒーとミルク半分半分で」とか、その国の言葉を駆使して注文してました。

しかも、頻繁に行くお店は、嫌な顔するどころか、どこでも店員さんたちが、私が必ずその注文することを覚えてくれていて嬉しかったです。

(ただでさえいつも来る、アジア人がそんなお願いしてたら覚えるのも当たり前か...笑)

まぁ、カフェオレ/カフェラテでも飲めないことはなかったのですが
ミルクたっぷりの方が飲みやすかったんですよね。

それだけに、カフェオレ/カフェラテ なんて選択肢はなく、紅茶なども選べず
コーヒーしか選択できない時は必死でした。

☆☆☆


たった僅かな時間でも大人の気分になれた


「もう!それじゃあ、せっかくのコーヒーの風味が台無しじゃないの...」

実家で母がコーヒーを淹れてくれる度に
温めたミルクを注いで飲んでいた私に
母はよく苦笑いしていました。

母はコーヒーが好きでした。どちらかと言えば
紅茶よりも好んで飲んでいた記憶があります。

ブルーマウンテン、キリマンジャロ等々
母は、その時の気分によって飲み分けできるように
近所の商店街のお店で、いつも量り売りで買っていました。

気分で使い分けていた、お気に入りのカップとソーサーでコーヒーを飲みながら、
「音楽かけてくれる?」と私にお願いする母。

「はい、今宵は何をおかけしましょうか?(笑)」
「そうねぇ...」

母が選んだレコードに針を落とすと
母はとても嬉しそうに音に身を委ねながら
コーヒーを味わっていました。

母は、私以上に機械音痴でした。
私は、中学生の頃にコンポを買ってもらい、レコードやCDを日々カセットにダビングしたり、ラジオも録音したりと楽しんでいましたが。
母が一人の時はそのコンポを使うのはわからない、と言っていました。
母からよく頼まれてレコードやCDを、母がキッチン近くのラジカセで聴きやすいように、カセットテープで編集することもしばしばありました。

音楽が流れるリビングで
母とコーヒー(私はミルクたっぷりコーヒー)を飲んでいると、たとえ僅かな時間でも
なんとなく大人のような気分になれていました。

☆☆☆

彼女がくれた、美味しいアイスコーヒー

私は、結婚してから 30歳まであと数年という時に
再び、働きながら大学へ編入しました。
その後、卒論、院試を経て大学院へも進みますが
その頃は文字通り、寝る暇もありませんでした。
毎日、課題、レポート、実験、論文に追われ、家事と仕事。
徹夜でレポートや試験勉強をしてそのまま電車に乗って、ということもざらでした。

眠い...
大学について講義まで少し寝ようとテーブルに突っ伏していると、同期で同じように社会人で編入してきた友人の一人が
「おーい」と言って起こしているような気がして目が覚める。

「おはよ。また徹夜?」
「うん」
「あの先生の授業、ただでさえ課題多いって聞くものね。」
「ほんとだよ...参っちゃう」

すこしの沈黙の後、彼女は、袋からごそごそと
何かを出しました。

「はい、これ。」
差し出されたのは、冷たい、ブラックのアイスコーヒー。

ごめん、ブラック飲めないんだ、と思ってたけれど
なぜかその時は躊躇せずに飲んでいました。

えっ。なにこれ。

美味しい。

そして、心なしかぱっと目が覚めたような感じでした。

「ふふふ。ここのアイスコーヒー美味しいでしょ?
ほしまるちゃん、ブラック飲めないの知ってたけど。目覚ますのにいいかなってね。」

友人は笑っていました。

「今度、帰りにここのベーカリーカフェでコーヒー飲みに行こ。」
そう言いながら、笑う彼女のおかげで

私はブラックコーヒーが飲めるようになりました。

☆☆☆

私は昭和レトロの喫茶店が好きだ

私にはささやかな趣味があります。
昨年2月以降、同じ首都圏といえど都内へはいっていないので
なかなかできないけれど。

一人で昭和レトロ/老舗の喫茶店、純喫茶を巡り、コーヒーや紅茶、お食事やデザートを味わうこと。
気に入ったお店には夫も誘っていくこともしばしばあります。

お店に置かれた調度品や絵画、写真などに目を留めながらゆっくりと飲み物をいただいたり。

ゆったりと流れる時間、音楽に癒されたり。

どうしても友人等と会おうとなると、話題のカフェだったり、SNS映えするお店に付き合うことも多いので、
一人(夫と一緒)の時は、自分がゆったり寛げる場所へ足が赴いてしまいます。

派手さや、SNSで誰もが目を引くようなものではなくとも、
素朴な味の食事やデザートだったり
ゆっくりと淹れてくれたコーヒーの味と香りに癒されたり。

色々なもの、目に見えるものが様変わりしても
レトロな喫茶店に行けば、なんとなくほっとできるのは
やはり昭和生まれの人間だからかもしれません。

そして、母が生前好きだった豆のコーヒーを飲む度に
こう思います。

お母さん。
やっと私はコーヒーの味がわかる大人になりましたよ、と。

☆☆☆







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