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選択と目的

最近 自分で購入するものの選び方が変わったなと思う。

昔から自分は「優柔不断」と「衝動買い」が同居していて

友人からも指摘された事があった。

「優柔不断」が発動するのは

食事に行ってメニューを決める時。

パスタにするか、ハンバーグにするかとか。そういう時だ。

何度もグランドメニューをめくって写真を見比べたり

値段の差で悩んだりする。

そのくせ、店員さんを呼んで注文をする時に、

全く違うメニューを注文したりしているから謎である。

カレーを頼むと決心して店員さんを呼んだのに

気づくと「エビグラタン 1つ!」

と発しているのである。へんなの。

カレーという気持ちより先に

遥か後方からダッシュしてきたエビグラタンという隠しキャラがカレーを追い抜いて、

口から店員さんの耳にゴールする。

エビグラタン。お前はどこにいたんだ!!

みたいなの。

みんなには無いのかな、こんなの。

そしてお会計をするときにはエビグラタンを食べて満足そうにしている自分がいる。

自分で自分に言いたい。

もう、なんでもいいんじゃないの?

「衝動買い」が発動するのは 特に服が多い。

元々服がめちゃくちゃ好きで過去には服屋で働いていた。

服屋に行くのも好きだし、ネットでスタイリングを見るのも好き。

そんな自分がショッピングモールなんかに行った日には大変だ。

とにかく色んなお店に入る。そしてめちゃくちゃ試着する。

デザインと色が最重要で、2番目に大事なのがシルエット。

その2つが 許容できた範囲の服はもうほぼ 「買う」

値段はあまり見ない。何万もするのは流石に考えるけど。

1着 1万円前後だったら お財布の紐がゆるゆるになってすぐ買っちゃう。

いい買い物したぞー!なんて清々しい顔で自宅に帰ってくると

買った服とほとんど同じ色とデザインの服が待ち構えたりしてるから

そういう時は「はっ!」ってなっちゃう。

外食の時の「迷う自分」出ておいでー。

そんな 自分の買い物が最近、変わってきた事に気付いた。

まず、コーヒーショップによく行くんだけど

スタバでは

「キャラメルマキアート アイスのトール」

しか飲まなくなった。

タリーズでも「ロイヤルミルクティー」しか飲まなくなった。

「優柔不断」だった時はスタバの新作が出るたびに飛びついていて

新作にするか「フラペチーノ系」にするか迷っていたのに。

服も 最近ほとんど買っていない。

自分が求める「デザインと色とシルエット」の服を常に探し求めていたのに、

最近は「こんな感じの服がユニクロにないかな?」と

まずユニクロに行くようになった。

そして試着もしなくなった。

何より一番変わったのが 「黒」しか買わなくなったことだ。

決して「オシャレ」に興味がなくなったわけではないんだけど

今は「黒」で着こなしている人が格好よく見えて仕方ない。

いつも黒を着るから買い物の時間もかなり短縮された。

その分「黒」の衝動買いをしてたらダメだぞと自分に言い聞かせている

この変化はなんなんだろう。

年齢によるものなんだろうか?

特に収入が下がって買えなくなった訳ではないし、むしろ収入は上がっている。

買いたいものは買えるはずだ。

子供の頃にポケモンばっかりやっていたのに、いつのまにかやらなくなるのと同じか?

だとしたら「飽き」だ。

そして「成長」も関係してくるだろうな。

けどこれは違う気がする。

飽きた訳でもないし、成長といってもここ何ヶ月の話だから違う。

色々考えて、この結論に至った。

「人の影響」そして「別の目的の為」

人の影響。

最近「ミニマリスト」という人の動画や書籍をよく目にする様になった。

「必要最低限」で生きる。って知らない世界だったし、

茨城から千葉に引っ越しする為に物を処分している時なんか

なんでこんなに物が多いんだろう?

使ってない物がほとんどじゃないか!

と感じて大変だった事から、

「物」を持たない考え方にシフトした。

これは自分の体験から出た考え方だし、

「物」が少ないと何がいいのか?

 どんな理由があるのか?は

「ミニマリストの先輩方」の動画や書籍で勉強して

実際 その通りに行動する様になった。

これはまさしく「人の影響」だろう。

物を買っちゃダメだ!ということでは決してないけどね

そして「別の目的の為」

これが一番かもしれない。

服を衝動買いする時はものすごく清々しい気分になる。

ただすぐ着なくなるし、買ったことも忘れちゃう。

だから同じ服を買っちゃってたし、引っ越しの時にあんなに大変だった。

「服を買う為に服屋に行く」

服を買う事で満足していたんだろう。

お金を使う事が目的だったんだろう。

試着室に入り、心の中で

 これ似合うじゃん。おしゃれじゃん。

これ買えばより良く自分を魅せられるぞ。

と言う気持ちの為だけに買っていたんだろう。

今は確かに違う。

「黒」を買うのはもちろん、格好いいからなんだけど

服を買うより、どこに行くか が大事だ。

あと他人は自分を見てない。

どこで買った服かなんか気にされてないし

自分も相手をそこまで注目して見ていないのだ。

だけど今は

「物」よりも そこに行ってする「経験」の方が大事。

スタバで「キャラメルマキアート」しか飲まなくなったのも

スタバで飲むことよりも、スタバで作業することが大事だからだ。

スタバで読書したり、こうやって記事を書いたりするのが第一。

場所を借りるために何か頼まないとな。

キャラメルマキアートでいいや。という感じ。

そこに新作を飲みたいという気持ちはない。

そう振り返ると これはいい事だし、

損なことでもあるなと思った。

「衝動買いの清々しさ」はなくなったけど、

「物」が少ないということと「無駄遣い」はしなくなった。

「スタバの新作」を注文するというワクワク感はなくなったけど、

「スタバで作業する」という目的はできた。

そしてこうして記事を書けている。

大人になったような、つまらなくなったような。

へんなの。

でも今はこれが楽しいから、これでいいんだと思い込む。





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