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猫飼いとゴールデンウィークと旅行について

明日で10日間のゴールデンウィークが終わる。
なんだかんだで副業しに行ったり、絵を描いたり、ゲームをしたり。
好きなことをして過ごしたと思う。

私は猫を飼っているため、この10年間、旅行に行ったことがない。
旅行に行きたい気持ちはあるが、猫を家に置いて留守番させることを考えるとまったく気持ちが落ち着かない。
猫がまだ若い頃は一泊程度なら留守番させていたが、愛猫が腎臓病を患った今、旅行に行くという選択肢は消えた。

猫を飼っているから、旅行には行けない―――。
そう伝えると、大抵の人は「ペットホテルはどうか」「預けられないのか」と、聞いてくる。
ペットを飼ったことのない人にとって、ペットはあくまで「ペット」なのだ。しかし、犬や猫を飼っている人にとっては「家族」ではないだろうか。
ご飯やトイレさえあれば、生きていける。
犬も猫も人間が思う以上に知的だ。家での留守番に、今更困ることもないだろうことは、大抵の飼い主が理解している。
その家に住んでいる動物にとって、唯一大好きな存在が飼い主だ。
私達飼い主側には、家の外での関係がたくさんある。けれど、ペットたちにはそれがない。となれば、ひとり置いていかれることが、どれほどさみしいことか。
動物にも感情があるということを、多くの人は知らない。

「ペットホテルに預けるなんて、かわいそうじゃないですか」
そう答えると、多くの人は少し引いたような、奇妙な人間を観るような反応をする。
そんなにおかしいことを言っているのかな?ひとりぼっちの夜を過ごさせないようにすることが、そんなに変なのかな?
一晩明けて帰宅したときの猫の反応を見て、それでもお留守番させたくなるのかな?
「親ばか」を超えて「猫狂い」を見るような視線が痛い…。

ペットは可愛いだけではないのだ。
命を預かる人間として、責任を全うする義務があると私は考えている。
私の命を10年間つないでくれたのは、紛れもなく猫である。
当然、だれもそんな事情はしらないのだから、不思議に思う人がいてもおかしくないだろう。けれど、私にとって大事な存在をないがしろにされたような気がして、少し心がひりつく。

最近、相手に話す内容を精査するという行動がもっと必要だなと感じる。
話下手ゆえに、自分でいやな話題を引きにいってしまう。
そして、理解されないことに落ち込んでしまう。
コミュニケーション能力が低い人間の典型だと思う。

出かけなくても、猫と一緒に日向ぼっこをしながら眠る午後は最高だ。
一緒に遊んで、ごはんをたべて、寝顔を見ていれば癒やされる。
人に会いたくなれば会いにいくし、一緒に過ごすこともある。
猫中心ではあるけれど、社会から切り離されてしまわないように、自分なりにいろいろ考えているつもりだ。

今年もゴールデンウィークが終わる。
清々しい天気のなか、出かけたい気持ちは大いにあったのに、中盤ごろから風邪を引いてしまったせいで静かな幕引きとなる予定だ。
猫、全然関係なかった。

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