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能楽、海を越える⑦-1【宝生和英 先生】公演編🇦🇪UAE

🌏能楽、海を越える✈️

海外公演を経験された先生方に
海外で能はどのように受け入れられているか、
公演から学んだことや気づき、苦労したことなどをお話いただきます。

また、観光編として、能楽師がおすすめする観光情報も掲載していきますので、
ぜひ今後の旅のご参考にどうぞ!

第7回目は
シテ方宝生流第二十代宗家、
宝生和英(ほうしょう かずふさ)先生です。
UAE(アラブ首長国連邦)での公演についてお話いただきました。

■宝生和英 Hosho Kazufusa
シテ方宝生流第二十代宗家
1986年、東京生まれ。宝生英照(シテ方宝生流)の長男。19代宗家宝生英照に師事。初舞台「西王母」子方(1991年)。初シテ「祝言 岩船」(1995年)。「石橋」(1998年)、「道成寺」(2007年)、「乱」(2007年)、「翁」(2008年)を披演。一子相伝曲「双調之舞」「延年之舞」「懺法」を披く。
伝統的な公演に重きを置く一方、異流競演や復曲なども行う。また、公演活動のほか、マネジメント業務も行う。海外ではイタリア、香港、UAEを中心に文化交流事業を手がける。2008年東京藝術大学アカンサス音楽賞受賞、2019年第40回松尾芸能賞新人賞受賞。2023年ミラノ大学客員教授。


──UAEではいつから公演を始めましたか。

まず、2017年の冬に初めてUAEのアブダビに行きました。イタリアのミラノでたくさん活動しているのですが、当時はエティハド航空をメインで使っていて、毎回アブダビでトランジットするんです。私はもともとイスラム文化に興味があったので、アブダビを見てみたいと思っていたところ、ご縁があって、そこからUAEでの公演企画がスタートしました。

2017年12月 空港に到着

最初は2019年にアブダビで「アートシンポジウム」というイベントを開催しました。ミラノ大学の先生に室町美術についての解説いただき、室町を代表するものとして能楽を見ていただくというようなプログラムを企画させていただきました。

アートシンポジウム
マナラット・アール・サディヤット
Manarat Al Saadiyat

このイベントの会場はマナラット・アール・サディヤット(Manarat Al Saadiyat)というアブダビの劇場でした。「マナラット」とは「啓蒙をする」を意味する現地の言葉で、「サディヤット」は島の名前です。

マナラット・アール・サディヤットの外観

その後、現地に在住の日本人の方とご縁があり、商談の通訳をしてもらったり、その方がとてもいろいろと手伝ってくださいました。他にもルーブルアブダビのキュレーターさんと仲良くなったり、現地の方たちとどんどん仲良くなっていくことができたんです。

その1つの集大成として、2022年に日本とUAEの外交50周年記念で「再生の樹」というプログラムを行いました。

この公演は、日本の文化庁、日本アラブ首長国連邦協会、エミレーツ航空、日本UAE日本大使館の後援で行われました。

当初の予定ですと、もっと広く日本に配信したかったのですが、ちょうどオミクロンのこともあって、あまり日本人が海外に行ってるっていうことを広げることにリスクがあるっていうことになって、断念せざるを得なくて残念でした。あの時は本当に運が悪かったんですけど、その反面、現地の日本人会との交流に集中できたっていう面もありました。

お家元「コロナ期間だったので各都市でPCR検査が必須でした。しかも鼻に刺されるタイプですごく痛かったです(泣)。」


──お家元はミラノ公演を中心に海外公演をされていますが、ミラノ公演と比べてUAE公演の難しさは何ですか。
UAEはやっぱりライセンス国家なので、公演をするためにいろいろとライセンスを取らなきゃいけないんですね。なのでやっぱりお金がかかるんですよ。ミラノなどは受け入れ団体が常にいてくれるので、現地でかかる諸経費をあんまり考えなくてよかったりするんですけど、UAEはそこも含めて自分たちでマネタイズしないといけないので、なかなか公演をするのは難しいですね。

ただし、イスラム文化にすごく詳しくなれたっていうことは大きな1歩だと思っています。イスラム圏内で能楽をするのは結構やりづらくて。例えばお酒や神様の扱いがかなり繊細になってくるので、その中でちょうどいい曲を見つけるっていうのは得意分野になりました。

──2022年のUAE公演で「小鍛冶」が選ばれたのもそのような理由があったのですか。
そうですね。「小鍛冶」が神様というよりは精霊として紹介できたっていうことと、あとはというのが1つその成人の証として現地でも重宝されてるアイコンなので、それをその精霊と一緒に作るっていうのは、現地の人たちにとってもすごい共感性のある部分であると思いました。

能「小鍛冶」

──お客様の反応はいかがでしたか。
「非常にシンプルで分かりやすい」という感想もありましたし、やっぱり純粋に「かっこいい!」という反応もいただきました。

ただ、この時にやったテーマとしては、日本文化とそのイスラム文化の共通点を紹介するということでした。
日本文化とイスラム文化を比較するときに、あまりにも違いすぎるみたいに思われがちですが、実は似ている文化があるんです。

1つは「ナバティ(Nabati)」と呼ばれる伝統的な詩の文化が現地に残っていることです。 イスラムの人たちは、偶像崇拝が禁止だった代わりに、言語がすごく発達したので、全てのアートを文学にしていました。ナバティというのは、今で言うニュースペーパーだったり、恋文や 伝承、生活の知恵というものを残していくために歌にして残していた文化だったんです。こういった感覚って、日本の和歌文化と非常に似ています。

詩の旋律や音韻を重視して歌うことは、日本とも共通する文化であるところを我々も知りたかったし、それを日本の人たちにも知ってもらって身近に感じてほしかったんです。

もう1つは、日本楽器の琵琶の原点にあるのが「リュート」と言われていますが、そうじゃなくて、実は「ウード(Oud)」。中東にあったウードが西に行って、リュートになって、東に行って琵琶になったそうです。琵琶の原型が中東にあったということと、演奏の違いを聞いてみたいと思って紹介したんです。

ただ、実際に琵琶で「蘭陵王(らんりょうおう)」っていう演目をソロで弾くと、ちょっとアラビックな音階になるんですよ。違いを探すはずが、シンパシーを感じられたっていうのはすごく面白かったなと思います。


──2022年はアブダビとドバイの2カ所で開催されたということですが、それぞれに違いはありましたか。

ドバイはやっぱり商業都市なので、わりと開かれています。異文化を受け入れるスタイルがものすごくあるんです。

ドバイ公演
Ismaili  Center


アブダビ
の場合はやや保守的なところがあって、イスラム教の教えの六信五行(※)とか、そういうところをしっかりと理解しないといけないところがあります。

※六信五行(ろくしんごぎょう)とは
イスラム教徒が信ずべき六つの信条と、実行すべき五つの義務。

アブダビ
シェイク・ザーイド・グランド・モスク
Sheikh Zayed Grand Mosque

特にアブダビで注意しなきゃいけないのはVVIP(※)の扱い。ドバイよりも顕著になってくるのが、一般のお客様とVVIPの待遇を分けなきゃいけないんですよね。これはやっぱり難しいなと思います。

VVIPとは
国家元首、王族、大企業のCEOなど、VIPの中でも最も重要度の高い人物のこと。


──どのように分けるのですか。

座席や対応を分けたり、あと、観能マナーを少し緩くしないといけないというのもありました。イスラム圏でやるときには、現地の文化風土をきちんと事前に調べないといけないですね。

やっぱりこちらが行く方なので、向こうの文化に我々がフィットしないといけないっていう感覚でやっています。

ドバイの観光名所
ドバイフレーム Dubai Frame
地上150m
ドバイフレームからの景色


──UAE公演で苦労したことは何ですか。
1番はUAEには伝統的に演劇文化がないことですね。まず偶像崇拝禁止の宗教性から、演劇って昔から奇異されていたんですよ。ルーブルのキュレーターさんとの見解が一致してるのは、オペラとかバレエ、モダンダンスみたいなものとかはギリギリ受け入れられるけれども、 ストーリー性の高い演劇文化はなかなかフランス側でも持ってくるのが難しい。持ってきても理解してくれないって言われているのはすごく分かります。だから、やっぱり文学性よりも舞踏が中心になるんだろうなと思います。

──UAEにはダンス文化がありますか。
杖を使ったダンス文化がありますね。あと、面白いのが、UAEに関しては元々が真珠の養殖とかで成り立っていて、漁業都市ということもあるので、 漁師の踊りとかがあるんですよ。

──漁師の踊りは田舎のイメージがありますが。
田舎ですね。UAEは建国50年しか歴史がないので、もう50年前はほぼ田舎だったんですよ。石油が出て、今の暮らしになっています。
ただ、いい面で言うと、地域文化に対する理解がものすごくあるので、土着思想とかは他のアラビック圏内よりも高いなって気はします。厳格なイスラム主義ではなくて、他の国の文化を理解しようっていう歩み寄りは強いと思いますね。

──次のUAE公演はこうしたい!というのは何かありますか。
前回は砂漠の中で公演をするっていう目的を掲げてたんですけども、ちょっといろいろ条件が合わなくてできなかったので、それは宿題にしてますね。
都心部から車で40分ぐらいのところに公演できる場所はあるんですけど、会場費や移動にお金がかかるんですよ。リムジンを用意するとか、お客様やゲストの送り迎えとかも難しくて。


──なぜ砂漠で公演をされたいのですか。
現地の人にとって夜の砂漠って癒しの場所なんです。その感覚は、日本人にとっての能楽の在り方と似ているなと思っていて。
向こうの文化でファイヤープレイス(fire place)っていう文化があって、夜になると火を囲んで、みんなで話をし合うっていう文化があるんですね。

やっぱり能楽の大事なことって、そういう啓蒙する場所だと思うので、ある意味「これが日本でいうファイアープレイスだよ」みたいな紹介もできて親近感を感じてもらえると思っているんです。押しつけじゃなくて、同じ目的で違うアクションでやってるんだっていうような紹介をしていきたいと思っています。


──今後の公演情報を教えてください。

宝生会特別公演
2024年9月15日(日) 13時開演(12時開場)
能「実盛」今井泰行 
狂言「鶏聟」三宅右近
能「砧」小林与志郎
能「石橋」田崎甫 ほか

☀️チケットはこちら☀️


第六回 杉信の会
2024年9月16日(月祝) 14時開演
杉信太朗自主公演
能「満仲」 のシテとして出演。
🍀チケットはこちら🍀


──読者の皆様に向けてメッセージをお願いします。

UAEと聞くと、皆さん金融とかエンターテイメントの国っていうイメージがあるんですけど、実はその影にはちゃんと確立した民族文化が同時に生き残っているわけなんですね。なので、ぜひそういう民族文化の中から、真の現地の人たちっていうのを見てほしいと思います。ドバイっていうとネガティブなニュースのイメージを持っちゃう人もいると思いますけど、我々が頑張ることで、そうじゃない側面っていうところを紹介していきたいなという風に思っています。

シェイク・ザーイド・グランド・モスク
装飾がとても美しいです。



ありがとうございました✨



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▪️能楽、海を越える
🇮🇹ミラノ公演について


🇦🇿宝生流、アゼルバイジャンへ Vol.1~5


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