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『ヴンダーカンマー』の着想の源になった「つやま自然のふしぎ館」について

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 『ヴンダーカンマー』の着想の源になったのは「つやま自然のふしぎ館」です。私としては『津山科学教育博物館』の名前の方がなじみ深いです。2004年に名称を変更したようなので、それは自分で納得しました。その頃はもう津山にいなかったので。私たちは小学校でも中学校でも高校でも恐らく全部で三回以上この現「つやま自然のふしぎ館」に訪れました。小学生の私は「赤ちゃんが瓶に詰まっている」あの部屋は怖い。というのが一番でしたが、それ以外にも怖い要素は沢山あります。剥製が威嚇の表情のものが多いんです。もう命はないはずなのにこちらに向けてくる憎悪のようなもので圧迫されるんです。そして、情報のすしずめでした。課外授業などで訪れると時間の都合もあってざっと流すんですが、サブリミナル効果というべきか妙な興奮を覚えたものです。

担当編集者さんの一稿の改稿の提案の中に「展示品が二万点は多いのでは?(きっと盛ってない?という確認だった) 国立科学博物館で一万四千点です」とあって、ああ、だからかとも思ったんです。たぶん、何度行っても情報量の多さに消化しきれていないんだと(笑)



今は展示を見合わせているようですが、胎児のホルマリン漬けが確かに展示されていました。ここにはそれを掲載しているブログとかは掲載しません。なぜなら私はそちらを再確認して「そら、やっぱこわいよ。シュールをちょっと通り越してるよ」と思ったのです。それでも、見てみたいという方は「つやま自然のふしぎ館」にスペースをいれて「ヴンダーカンマー」と入れて検索するとたどり着けるかもしれません。でも苦情は引き受けませんよ? 私の大嫌いな言葉「自己責任」がここではうってつけになってしまいますから。


何かこのヴンダーカンマーのことを改めて自分は知りたいと思っていると感じて、「つやま自然ふしぎ館」を調べていくうちに初代館長のことを知りました。

初代館長の情報は少ないのですが、少ないからこそ想像が膨らみました。

初代館長の名前は森本慶三氏。「錦屋」という津山市でも屈指の呉服店の跡継ぎとして育てられた慶三氏だったのですが、自分に商才がないと悟ると錦屋を廃業して残った財産で「津山基督教図書館」「津山基督教図書館学校」そして現「つやま自然のふしぎ館」を立ち上げたのです。

すごい損切りの仕方があるものだと思ったんです。きっと番頭さん的なサポーターもいたと思うし、何よりこんな資産のあるお家だったら止める人がいっぱいいたと思う。それでもパッとすべてを手放しちゃったところが何だこの人、「面白い!」とこの数行の成り行きに私は森本慶三氏にNHKの朝ドラ一本分のドラマを感じました。それなのに書いたのがイヤミスなんですが。(怒られそう)もっと誰か森本慶三氏を掘り下げて欲しいと今も思います。

そんな森本氏のユニークな人物像と切り離せないのが、このつやま自然のふしぎ館の展示物の蒐集ぶりです。何か執念のようにも思えますし、こどものように楽しんでいたようにも思えます。そして、死後、世の中のためという大義名分のなか、自分の内臓まで蒐集物の一つに入れるその蒐集という名のもとにある何かにもはやフェティシズムのようなものさえ感じました。

そこから渋谷唯香を生み出す私もどうかと思うのですが、森本慶三氏のドラマと「つやま自然のふしぎ館」に魅力と恐怖を同時に感じているのもまた奇妙な事実なのです。


よろしかったら、ぜひヴンダーカンマーを読んでみてくださいね。



↑作品に関するインタビューです。

↓一章まるっと無料で読めます。

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