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レナード・バーンスタインと家族ぐるみで付き合った無名の日本人 | きのう、なに読んだ?

読み終えた瞬間、スタンディング・オーベーションしちゃった本。家族がいて、拍手はちょっと小さくなっちゃったけど。これです。

本書の主題は、レナード・バーンスタイン。音楽を、人を、人生を全力で愛した、20世紀を代表する音楽家。残した膨大な資料は、米国議会図書館に寄贈された。そこにあるのは、例えば、妻フェリシアからの手紙がフォルダー3つぶん。バースタインから妻への手紙もフォルダー3つぶん。著者は、資料の中に、聞いたことのない日本人2名の名前を見つける。アマノカズコ、フォルダー3つぶん。ハシモトクニヒコ、まる2箱分。無名の二人は、バーンスタインにとって、どんな存在だったのか。

本書は、二人の日本人がバーンスタインに送った書簡を紐解きながら、バーンスタインと彼らの心の軌跡を描いている。同時に、バーンスタインの音楽的な業績や演奏の解説、その背景にある20世紀の音楽産業の移り変わり、日米を中心に世界の政治経済の変遷とそれがバーンスタインの音楽活動に与えた影響がつぶさに分析されている。

こういう、マクロからミクロまで分野横断的に主題を扱うノンフィクションが大好きなんだけど、本書は綿密な文献調査に基づいたファクトと分析だけの本ではないのです。それらは(大事な要素なんだけど)背景になっていて、二人の日本人の書簡から、その時どきの心情のみならず、それぞれの深い心の成長を読み解いていて、文学作品を味わうような読み応えがある。市井の人だったふたりを、バーンスタインが生涯とても大切に思っていたこともよく分かり、胸を打たれる。もう一つ、音楽演奏の解説が丁寧で分かりやすいのも素晴らしい。クラシック音楽に全く知見のない私でも、終盤にあったパシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌のリハーサルから本番、そして参加した音楽家たちの感想までの部分は思わず涙してしまった。音楽を聴かずに音楽に感動できるって、すごくないですか。

著者の吉原真里さんは、American Studies(アメリカ研究)の教授にして学会誌のエディターであり、ヴァン・クライバーンピアノコンクールのアマチュア部門の本戦に2度出場したアマチュア(というには上手すぎる)ピアニストであり、私の大学時代からの友人です。

日米関係を読み解くのは学者としてのご専門。音楽の解釈も、アマチュアの域を超えたピアニストの彼女なら、できる。文章を書くのが上手なのも(日頃のFB投稿や)ブログで知ってる。

そのうえで、さらに、本書の主人公となった日本人のおふたりが、ご家族にも明かしたことがないであろう心情が綴られた手紙を出版することに同意した、そこまでの信頼を獲得した彼女の知的誠実さと人間力がすごいことを、本書を通じて知った。彼女の友人・知人の端くれに入れてもらって、光栄です。

この本は、いつか日本語に訳されて、多くの日本の人に読まれてほしいなあ。
英語が読めるみなさんにおかれましては、ぜひご一読を。クラシック音楽に興味なくても、政治経済に興味なくても、日本人の教養として。

(Picture by Winston Vargas)

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