Design Work:砂丘を「月面世界」に拡張する環境デザイン(アナログ編)
鳥取砂丘の裏側に「月面世界」があることをご存知だろうか。
夜間の砂丘を舞台にした月面エンターテイメントをはじめ、月面環境を想定したさまざまな実証実験が動き出している。
そのムーブメントの皮切りとなった、XR技術を用いて宇宙体験コンテンツを制作する技術者集団amulapo Inc.が主催した宇宙飛行士エンターテイメント「月面極地探査実験A」。星ノ鳥通信舎は、総合プロデューサーとしてコンセプトメイキングから体験プロトタイプの設計、キービジュアルデザイン、WEBデザイン、オブジェクト制作を担当した。
鳥取砂丘を「月面世界」に変換・拡張したエンターテイメントがどのように生まれたのか。そのデザインプロセスをアナログ編・デジタル編の二部に分けてお届けする。
STEP1. 宇宙飛行士として環境を探査する
プロジェクトは木枯らしが吹く晩秋(2020)にスタートし、舞台となる鳥取砂丘のフィールドリサーチは寒空の下行われた。リサーチ期間は市内のカプセルホテル(閉鎖的な生活環境)と砂丘(月面)を往復し、可能な限り”宇宙飛行士モード”を保つように工夫した。朝・昼・夜さまざまな時間帯に砂丘に赴くことで、月面さながらの厳しい寒暖差を肌で感じた。
「宇宙飛行士モード」で砂丘を歩く歩く。それだけで目の前の景色やものの見え方が月面さながらに変わっていく。モードをつくるとは「全身を使った見立て運動」とも言えるが、今回のような没入体験をデザインするフィールドリサーチには必要不可欠な行為だった。
砂質、砂紋、起伏、岩石、冷気、クレーターのような穴、不時着した人工衛星の残骸のような塵。月面との類似点や砂丘ならではの特徴点を景観・地質・物質レベルで採集していった。
「ここが月面で、ここで生活しなければならないとしたら…」。そんな思考実験を繰り返しながら、環境を探査する過程で、砂丘も月面も限られた資源しか存在しない「有限世界」であるという共通項を発見。最終的に体験コンセプトに据えられることになるテーマをこの時は身体でぼんやりと獲得していた。
STEP2. あたかもをブリコラージュする
フィールドリサーチ後、砂丘で採集した素材をブリコラージュした(寄せ集めた)ビジュアルを制作。この作業を通じて、「あたかも」月面な世界を砂丘という現実の上に「あいまい」な界面として落としていくリズムを関係者と共有。
この時点で、鳥取砂丘の環境そのものが月面環境を想起させるポテンシャルが高いことを確認し、今回活用するAR技術(ARグラス)はあくまでもその見立てを補うツールであること。すなわち、被験者と環境の直接的な関係性を優先し、AR技術はその関係性を補強するものとして位置付けた。
STEP3. 物語から体験フローを構成する
次に、フィールドリサーチを通じた身体的経験を「ものがたり」に変換。
月面も、砂丘も、景色一面に砂世界が広がり、岩が鎮座する。それはまるで広大な「枯山水」を思わせる。鑑賞者の想像力で水の流れ(気配)を感じさせる「枯山水」と同様に、地下に氷が眠る「月面」においても表面上は水の存在が分かりにくい。どちらも水があるのか・ないのかが曖昧な世界である。
月面を探査する宇宙飛行士にとっては、水はエネルギーとしての「水素」と、呼吸源としての「酸素」に分解される貴重な資源でもある。
この物語をベースにして、被験者自身が「宇宙飛行士」となり、月面(砂丘)を探査する体験方式が生まれた。そして、月面さながらの氷点下の鳥取砂丘(=極地)で行われる体験自体は、被験者一人ひとりにとって「実験的」であることをコンセプトに据え、「月面極地探査実験A」というネーミングを付与した。
STEP4. 月面砂丘のアフォーダンスをつくる
そして、物語やコンセプトを携えて、もう一度砂丘へ。
具体的な体験を設計していく上では、二つの課題をクリアする必要があった。ひとつは、国立記念公園に指定される鳥取砂丘の環境を保護すること。景観や生態系に配慮した環境利用のありかたを模索した。もうひとつは、宇宙飛行士が実際に月面で行う探査活動の内容を体験に落とし込むこと。
ここで、フィールドリサーチで発見した砂丘と月面の共通項としての「有限世界(砂丘も月面も限られた資源しか存在しない)」が二つの課題に横串をさすヒントをくれた。つまり、月面にある資源で月面生活をクリエイトしなければならないように、砂丘にある資源を最大限利用して体験をクリエイトすることを制作サイドのミッションとしたのだ。
砂丘には海から流れ込んだ海洋ゴミが多く点在する。これを体験資源として活用(回収)することで、環境を利用しながら保護する担い手になることを目指した。そして、ゴミを体験資源に加工する上では「アフォーダンス(※1)」を用いて発想していった。
宇宙飛行士が月面で行う探査活動を念頭に置きながら、転がるゴミのアフォーダンスを発見していく。浜辺に流れ着いた旗は月面の着陸地点に立てる旗に使えるのでは?とか、海水が入った巨大なタンクは水の電気分解装置機としていいな〜!など、現地に転がるものとの対話から体験内容を構成していった。
フィールドリサーチに始まり、コンセプト・デザインワークを経て、もう一度フィールドワークへ。この一連のプロセスを通じて、まずは体験の基礎となるコンセプトや内容を具体化していった。そして、次の課題はエンターテイメントとしての体験価値をつくるために、本事業のコア技術である「XR技術(AR / VR)」をどのように組み合わせていくのか。後編の「デジタル編」では、そのポイントをご紹介する。
▶︎▶︎ 後編(デジタル編)はコチラ
▶︎▶︎ 月面極地探査実験A 特設サイト
All Photo by Ami Harita(Moon Photographer)