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モノカキの本棚:私は羽化しても『八本脚の蝶』ではない

洋服やコスメも大好きだけれど、それらより物語を愛する、20代の女性の日記。

可愛いな、と思いながら読んでいた。それから、『深く思索する人だな』とも。

二階堂奥歯さん。

『八本脚の蝶』と題したブログを綴った人。

26歳になる前に、自らの命を断った人。

帯にも裏表紙にも、この本の作者は自殺したと書かれていた。ひたすら悲惨で鬱々した日記なのかな、と書店で最初に見かけた時には思った。

けれど、その美しい青色の表紙や奇妙に幻想的なタイトルに惹かれて、ページをめくる。

澁澤龍彦、の文字を見た。

この人はどうやら、澁澤龍彦が好きらしい。
私と同じだ。私は大学生の頃に澁澤龍彦に図書館で出会った。
世界の暗い秘密を全て知り尽くしたような人(澁澤龍彦を敬愛する人は、高原英理氏の『エイリア綺潭集』をぜひ)に惹かれたらしい、奥歯さんの軌跡を追ってみたくなり、購入。

そうして一気読み。その後、何冊か別の書籍を挟んでもう一度読みました。

彼女の日記は、様々な読み方ができる。だからこそ私は短いスパンで再読了したのだ。
 

例えば最近、なにかと話題の『ジェンダー』についての思索を深めるために、彼女の日記を読むことも可能です。

奥歯さんはしっかりと『性』について考えている。この日記は今から十五年以上前に書かれているけれど、彼女の考えが古臭いなんてことは全くない。

むしろ彼女の考えは、多様性を認めると『自称するだけ』の人が目立ってしまう現代でこそ光り輝く。そう思う。
彼女はポルノ小説の名作を愛してはいるが、けれどそれは女性の人権を無視しているわけではない。
あとがきや解説から読む方は高原英理氏、佐藤弓生氏の解説をご一読ください。なんとなく、彼女のジェンダー感に触れられるのじゃないでしょうか。 

また、この日記は彼女という一人の人間を造り上げた『物語』を知ることができるから、読書案内として読むこともできる。物語は続く。彼女を造った物語が、私たちを造る物語になる。

私も年齢の割には読書家で、しかも幅広くもマニアックな本ばかり読んでいる自覚があるが、奥歯さんの読書量、ジャンルの幅広さには驚く。
本の虫、というレベルではないのです。しかも記憶力抜群だ。よく覚えてるなぁ、とひたすら関心してました。

ベスト恋愛小説で森博嗣のS&Mシリーズや鏡花の『外科室』、ワイルドの『サロメ』を挙げていて、この辺りに共感できる人は彼女が語る本の話を全く飽きることなく読むことができるはず。

それから、『日記とかエッセイって苦手』という人へは朗報。
奥歯さんの文章は精緻で幻想的です、その『八本脚の蝶』というタイトル通りの文章。乾いた感じではなく、ほんのり重さを感じますが端正な文なので、『物語』のように、彼女の日記を一気読みしてしまうでしょう。

冒頭でも書いたけれど、奥歯さんは自ら命を絶っている。死の直前の日記は読みながら私も絶望を感じた。やめて、どうして、いや、わかる気はする、そういう結末になってしまうのは、でも、でも、でも。そんな言葉が脳内をぐるぐる回る。

だからこそ私は彼女の言葉を、彼女の物語を、多くの人に読んで欲しい。

美しくて魅力的で賢い先輩に、世界の見方を教えて貰っているみたいだったのだ。

彼女の物語を抱いて、私は今日も本を読み、なにかを創る。

・二階堂奥歯『八本脚の蝶』(河出書房新社、2020年)

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