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Knight and Mist第八章-11 協定の行末

「オホホホホ嫌だわアタシったら取り乱しちゃって! あらためまして自己紹介と参りましょう♡」

「語尾にハートがついててもこええぞこの女」

イーディスが引きつった声で言う。

モンロー家の宮殿客間で。

ハルカ、イーディス、モンド、モンドの妹であらためて話をということに。

人払いのためクール・シトラスは出ている。代わりにのっぽのお爺さんがいた。執事服を着ておりいかにも執事でセバスチャンという感じの見た目だ。

「俺はデシール国の将軍イーディス。《紅の焔》のほうが名前が通っているかな。デシールは西の田舎の国とはいえ、俺様の名前ぐらいは知ってんだろ」

「そんなはしたない蛮族なんか知らないわ。汚らわしい」

「ひでえ扱いだな」

モンドを睨むイーディス。

「なんでボクを睨むんだよ!」

「お前の妹がおっかねえからだよ!」

アンディが咳払いする。黙る二人。

「ーーで、そちらのかたは?」

「あ、私はハルカ。ハルカ・アサギリ。えーと、なんて言えばいいのか……」

「そのかたは、エルフの剣を持つ、エルフの支持を得ている、予言の使者であり、ホワイト家の客人です」

突然凛とした声が響いた。カーテンの裏からだ。

何奴なにやつ!?」

イーディスがガタンと席を立ったのを止めるモンド。

「なんで止めるんだ! カーテンの裏にいるやつは刺客に決まってるだろ!」

ハルカが中腰になって、

「その声、カーテンの裏にいる性格ーー」

「そうです、私です!」

ちょっと嬉しそうな声がカーテンの裏から返ってくる。

「ーーどっかにスコッティがいるのね!?」

ハルカが部屋をぐるっと見回すと、テーブルの影からラテン系イケメンが現れた。

「無事で何よりだ、お嬢さんがた」

若干居心地が悪そうである。

「なに隠れてたんだてめえら」

「隠れていたというか……」

スコッティがカーテンへ目を向ける。

「わっ、わたしはっ! カーテンの裏が好きなのでっ!」

「恥ずかしがってないでいい加減カーテンから出てきてよ、レティシア!」

レティシアとスコッティは砦でお世話になった人たちだ。二人は婚約しているが、レティシアがスコッティを目の前にすると挙動不審になるのであった。

ハルカに声をかけられ、おずおず……と金髪美少女が現れる。

「ハルカさん、イーディスさんに似ましたね……」

「豚と一緒にすんな!」

「だから豚って言うな!」

「シャラップ!!!!」

言い合うイーディスとハルカを一発で黙らせる美女アンディ。怖い。

「レティシアはボクたちが保護したんだ。それで連絡して、スコッティに来てもらったってわけ。キミたち、大変だったんだって?」

モンドがことの経緯を簡単に説明する。

「そうそう大変だったんだよ。そーいえばお前はちゃっちゃといなくなってたなぁ? なんだっけ? 見逃せないレースーー」

「わあああああ!!」

モンドが慌てたようにイーディスの言葉を遮る。だが時すでに遅し。イーディスの怒り、そこにさらに冷ややかな視線が加わる。

「れーす? なんのことですの、お兄様?」

「レース! レースの見本市があったの! アンディにとびきりのレース職人を紹介しようと思って!」

「だまらっしゃい!!!!!!!! このギャンブル中毒が!!!!!!」

「ひいいいごめんなさいいっぱい賭けてたからどうしても見たくてでも今回は勝ったからお許しください!!!! そのお金献上しますからどうかお鎮まりください神さまアンドレア様神さま!」

震え上がってロクでもないことを言うモンドを見て、こめかみをおさえるハルカ。

(こりゃアンドレアが後継者だと衛兵たちに勘違いされるわけだわ……でもとにかく、あのあとどうなったのか聞かなくちゃ)

それでハルカはぐるっと部屋を見渡し、

「この部屋は安全?」

「セキュリティはこのアタシ、アンドレアが保証いたしますわ。この部屋からはどのような情報も漏れません」

アンディが請け合い、ハルカはうなずいた。

「そもそも私たちは帝国相手に共同戦線を張るため、その話し合いをしようと領主館に向かっていたのね。その途中で事故って、それでイーディスとわたしがイスカゼーレの保護下に入った、これで合ってるよね?」

「まあ、おおかたそんな感じだな。俺たちのキャンプが《死神》の奇襲を受けた。エルフの森を攻略するためだ。エルフもかなりの被害を受けた。そこで、敵の敵は味方理論で、《死神》対策で一致団結しようとしたってわけ」

「ふーん? それがどうしてイスカゼーレを破滅させることになるのかしら?」

つまらなさそうにアンディが言う。アンディは西のドンパチよりもイスカゼーレに興味があるようだ。

「イスカゼーレの立場は今は分からない。でもわたしを助けてくれていたひとが異端審問院に捕まってるの」

ハルカの言葉に、

「その前に俺らを地下牢にぶちこんでくれたわけだが」

「えっ、セシルくんがそんなことしたの!? ボクのポーカー仲間のセシルくんが! それにしても異端審問院に投獄するなんて! イスカゼーレも王家もなに考えてるかわかんないなあ。やっぱりボクが助けて正解だったな」

「それはかんしゃーー」

スコッティの言葉を遮り。

「お兄様、気のせいでしょうか? いまポーカー仲間とおっしゃって?」

煮えたぎる釜の湯みたいな声がした。

「ち、ちちちがうアンドレア! ジョーカー仲間だって言ったんだ! ボクたちは! 切り札! 切り札仲間!」

意味がわからない。

アンディはニコッと微笑んだまま、

「ジョーカー? カード賭博で大切なカードのことですわよねえ?」

「だ、だれか助けて!」

モンドが涙目で訴えて、壁際に控えていたお爺さんがゴホンと咳をした。

「失礼ながらお嬢様。切り札とは我々が保護したこの二人のこと。イスカゼーレとの交渉材料になりましょう。ジョーカーとはそういうことかと」

「セバスチャン……!!」

セバスチャンはウィンクをモンドにした。

どうやらアンディはセバスチャンの説明で納得したようだ。ややこしいのか単純なのか分かりづらい性格だ。

「なるほど。そういうことなら異端審問院に捕らえられている男、セシルとかいう男はどんな切り札なのかしら?」

「アンディも知ってるだろ! あいつはイスカゼーレの裏を知り尽くした男! つまり!」

「監禁して情報をすべて吐かせてしまえばよろしいのね? まあ、楽しくなりそう!」

「それはやめて!」

ハルカがなんとか割って入る。アンディの視線が刺さる。

「それはなぜかしら? あんなクズ、生きる価値もなくてよ?」

人形のように首を傾げるアンドレア。これにはハルカも腹が立った。

「あなたはセシルを知らないでしょ! ずっとわたしを助けてくれた、恩人なの!」

「そう、恩人。あの男が大事にするなんて、それはそれはあなたには価値があるんでしょうね?」

「当たり前ですっ!! 予言の使者なんですからっ!」

レティシアもカーテンの向こうから怒っている。

「それにあなたはアタクシがセシルを知らないと言うけど、そんなわけなくってよ。アタクシはあの男がどれだけおぞましいことに手を染めてきたのか、すべて知っているわ。もちろん、イスカゼーレ御三家のひとつですからね」

「セシルがおぞましいことに手を染めてきたこと……」

それを言われると弱い。

たしかにハルカはセシルのそういった面はほとんど見ていない。それもまた彼の本質であるはずだ。

(わたしはセシルのことを何も知らない……)

「ほんっと、あのクソ野郎完全にこの女に惚れててなあ、どんなクズ野郎だろーが惚れた女には一途に命懸けで戦ってたんだ。そこまで腐っちゃいねえってことだ」

揺れて黙ってしまったハルカの代わりにイーディスが言い切った。ハルカはそれが少しだけ嬉しかった。なぜなら、イーディスはセシルをよく思っていない。今弁護しているのはハルカのためだからだ。

「あの男にとって大切な女性ーーつまり弱点ね。それなら拷問する必要はないわ。予算が減って助かります」

そう言ってハルカを見る。視線が怖い。

「あの野郎が異端審問院に入れられたのは、らしくないことをした証拠。昔のあの野郎ならそんなことする前にトンズラこいてるだろ」

「あら、田舎の粗野な将軍もなかなかお詳しいのねえ」

「田舎だから情報が命でね。この国のことはだいたい知ってるぞ。なんならお前んちの借金ーー」

「だ、だだだだめそのはなし今ダメ!」

アンディとイーディスのあいだに割って入るモンド。

「俺がアル中のギャンブル中毒だから膨らんだ借金の話はわきにおいとこうね! 今関係ないからね!」

「そういえば、お兄様はその男と賭けカードで遊んでいたとおっしゃってましたわねえ?」

「違う! あくまで切り札仲間! お互い切り札だねってこと!」

なんか苦しいが、アンディはそれ以上追及せず。

「つまりとにかく、その男を手に入れればイスカゼーレは意のままになるのね! あの男の持つ情報と交換にイスカゼーレと交渉ね! ダメなら異端審問院に捨てれば良いだけだわ。なら待ってる暇はないわ! 今すぐ助け出しましょう! 政治的な根回しはアタクシに任せて!」

モンドのろくでなしっぷりも大概だが、それよりもアンドレアの思考がヤバい。

「……ようこそ。魔都スループレイナへ」

モンドが昏い目で言ったのだった。


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