マガジンのカバー画像

ずっと待つよ

114
少し長めのお話を集めたマガジンです。
運営しているクリエイター

#児童文学

【児童文学】父さんとあたし、313kmの旅

【児童文学】父さんとあたし、313kmの旅

父さんからは、日によって土や泥の匂いがする。洗濯機のそばの脱衣カゴに脱ぎ捨てられた泥水と汗で汚れた作業服を見て、あたしは顔をしかめる。今日は外作業の日だったのだろう。

こんな泥まみれの作業服のうえに、自分の服は載せたくなかった。しょうがないので物干し場からもう一つ、カゴを持ってくると、自分が着替える前に着ていた服を、そっちに入れる。

どうせ洗濯機のなかで一緒になってしまうのかもしれないけれど、

もっとみる
【小説】私が食べたかったもの

【小説】私が食べたかったもの

とにかく、我が家の中心にいるのが妹の亜実であることは間違いない。わかってはいたけれど、十二歳の誕生日、私はそのことを痛感した。

私より二歳下の亜実は、生まれたときから体が弱く、しょっちゅう入退院を繰り返している。未熟児で生まれ、身体の機能がいろいろなっていないところが多いらしい。

両親とも、亜実のことについてはいつも必死で、亜実のわがままを「この子は長く生きられないかもしれないから」と、聞いて

もっとみる
【児童文学】お弁当のひそひそばなし

【児童文学】お弁当のひそひそばなし

さきこは、窓の外のぴかぴかの空を眺めると、クレヨンで絵のつづきを描いている手をとめました。そしてベランダでせんたくものをとりこんでいるお母さんに声をかけました。

「お母さん、雨を晴れにしたいときは、てるてる坊主をつるすでしょう。晴れを雨にしたいときは、どうするの」

お母さんは、さきこの心の中を見抜いて、ふきだしました。

「さきこ、そんなに明日の運動会がいやなの?」

「だって……リレーなんて

もっとみる
【児童文学】忘れちゃいけないお弁当

【児童文学】忘れちゃいけないお弁当

コンコン、と遠慮がちに、僕は父さんの仕事部屋のドアをノックした。返事がないので、開けてみると、父さんはパソコンとにらめっこ。うー、とか、あー、とか言いながら、頭をかきむしっている。僕は父さんの背後に立つと、その後ろからパソコン画面をのぞきこんだ。白く光るディスプレイには、書きかけのデジタル漫画が見えた。

そう、僕の父さんは、漫画家だ。そうして、小学五年生の僕を育てている。母さんは、二年前病気で亡

もっとみる

【児童文学】僕のあだ名は

僕は、何をやるのもだいたいのろい。学校の黒板は、最後まで書き写さないうちに、先生がチョークで書いた内容を「はい、次ね」って消しちゃうし、給食の時間は、給食当番の女子たちに「もうっ、お昼休みになってもまだ食べてるの、奥山くんだけだよっ。あたしたち片づけて遊びに行けないじゃない!」ってすぐどやされる。かけっこだって遅い。逆上がりだって、できたのはクラスで一番最後。おまけに、しゃべるのだってゆっくりだ。

もっとみる