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「皐月と美月の夏」 <note版②>


2話  美月の話 「私の姪は変な子。」


私の姪の名前は、今井皐月(いまいさつき)。

年は確か9才だったと思う。10個上の兄の子供だ。

皐月と遊んだことはほとんどないが、毎年お正月には、お年玉としてその時に1番気に入っている国の硬貨や紙幣をあげるようにしている。
そしてその度に、皐月は不思議な顔でお金を眺め、匂いを嗅いで不服そうにお礼を言うと、すぐにどこかに行ってしまう。

普段あまりお酒を飲まない父も、お正月は昼から日本酒をちびちび楽しむ。
そしてよく「皐月は、美月の小さい頃によく似ている。」と目を細めて懐かしむように呟く。

私は「そう?似てるかな〜。でも、兄ちゃんには似てないね。」と適当に相打ちをうって、適当にご馳走をつまむと「今年もよろしくお願いします。」という定番の挨拶をして、早々に実家を後にする。

大人になってからは、家族と会うのも話すのも年末とお正月くらいなものだ。

そんな”年1家族”の兄から突然、7月なのに電話がかかってきた。

携帯のディスプレイに映った”兄ちゃん”という文字を見て”誰かが死んだ。”と思い、電話に出るのを少し躊躇したくらい、兄からの電話なんて久しぶりだった。


「…はい?」
「おお!美月えっと…元気か?」
「うん。」
「あのさ、夏ってどうしてる?」
「どうしてるって、もう夏だよ。」
「うん。いや、それはそうなんだけど、来週から1ヶ月くらい皐月を美月のところに預けたいんだけど、…どうかな?」
「…うん。いいよ。」
「えっ?あっほんと!?実は皐月が一昨日学校でちょっとした事件を起こしちゃって停学になってさ、文香が心配して小児精神科に連れて行ったらADHDって診断されたんだ。それで文香は、薬とか施設とかカウンセリングとか、とにかく治そうと色々と試そうとしてるんだけど、俺は美月のところに行かせるのが1番皐月のためになるんじゃないかなーと思ってさ、…面倒かけるけど、なんか、手伝いとか色々させて使ってやってくれよ。ほんと悪いな…。」


昔は一緒にお風呂に入っていたのが嘘のような、ぎこちない兄妹のそんなやりとりがあり、私はひと夏、変な姪っ子の皐月を預かることになった。


横浜から七島までは兄が連れて来ることになり、私は七島の東にある小さなフェリー乗り場で2人を待った。


兄が七島に来るのはもちろん初めてのことだったし、子供を預かるのも初めてのことだった。


2人を乗せたフェリーがだんだんと近づいてきた。

デッキに立つ兄は、私に向かって「お〜い!美月〜!」と叫びながら爽やかな笑顔で手をぶんぶん大きく振っている。なんだか少し恥ずかしい。


もう片方の手に繋がれて、ふてくされた顔の皐月も姿を現した。


こうして、私の長い夏が始まった。



前のお話 1話「私の叔母さんは変な人。」

続きのお話 3話「小学校はわからないだらけ。」

山形県に住んでいる小学4年生です。小説や漫画を読むのが好きで、1年生の頃からメモ帳に短い物語を書いてきました。今はお母さんのお古のパソコンを使って長い小説「皐月と美月の夏。」を書いています。サポートしていただいたお金は、ブックオフでたくさん小説を買って読みたいです。