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十一月の星々(140字小説コンテスト第3期)応募作 part5

part1 part2 part3 part4 part5 結果発表

月ごとに定められた文字を使った140字小説コンテスト。

十一月の文字「保」は11月30日をもって締め切りました!
(part1~のリンクも文頭・文末にありますので、作品の未掲載などがありましたらお知らせください)

受賞作の速報はnoteやTwitterでお伝えするほか、星々マガジンをフォローいただくと更新のお知らせが通知されます。

そして十二月の文字「調」です!
応募方法や賞品、過去のコンテストなどは下記をご覧ください。

応募作(11月27日〜30日)

投稿日時が新しいものから表示されます。

11月30日

すみれ @sumire_sosaku
友人関係を良好のまま維持するのは難しい。歳を重ねるごとにそう思うし、だんだんと仲の良い友人は減っていった。ふとスマホを見ると、たまに連絡している友達からの通知が来ていた。
「ずいぶん前に撮った写真が、整理してたら出てきたから送るねー」
数人で写っている写真を笑顔で眺め、保存した。

COMAO @ataokoroina
タイムカプセルを埋めたくて庭を掘っていたら泥塗れの土器が出てきた。ティーカップに受皿が貼付いたような形だ。底にある穴から空を覗いてみると、忽ち器に保たれていた時が目に滴り落ち、瞬く間にさざめく満天の星が広がって黄金の穂の海を渡る風が薫った。背後に人の気配がする。不思議と懐かしい。

リリィ @lily_aoi
金婚式の翌日にインタビューを受けた。町役場の人が夫婦円満の秘訣についてきく。「距離感ですね」と夫。役場の男性が満足げにうなずく。「保存状態が良いので」と私。今度は首をかしげる。うん、と夫がうなずく。あ、この笑みはわかっていないな。プロポーズの約束のことを思い出すと今でも頬が緩む。

浅葱佑(サイトからの投稿)
電話が壊れた。受話器を取り、保留ボタンを押すとカノンがべったりと流れ出た。この旋律を捨てるのは忍びなく、靴墨にして使うことにした。鳥が息継ぎを覚える。蝉がノイズを歌う。あらゆるものに触れる人間だけがカノンを思い出せない。季節は秋になり、私の靴は金木犀の花が好きになったようだ。

浅葱佑(サイトからの投稿)
また観葉植物を枯らしてしまった。保水を気にしすぎて根腐れさせたらしい。仕事も植物も料理も、いつも余計な手を加えてだめにしてしまう。最近、自分の手は呪われているのではと思い始めている。南国の香りがするとのたまって、私のギター演奏を絶賛しているあの人も多分呪われているのだろう。

すみれ @sumire_sosaku
「あ、懐かしい。ここにあったんだ」
引越しの荷物を出していたら、司書の先生にもらった栞が出てきた。押し花の栞だ。保存状態も良く、綺麗なままである。でも、よく本は読むけれど栞をなくしがちな私は使うのが惜しくて、どこかに仕舞っていた。今度は、本棚のわかりやすいところに飾った。

リリィ @lily_aoi
人生を変えたい、自分を変えられない、世界を変えるしかない、世界が変わるまで待とう。保管ケースに入り生きることを一時停止することにした。タイマーは1000年後。費用は温泉一泊旅行ほどだが、今までの記憶を手放す必要がある。失いたくない記憶が3つあったが諦めた。消したい記憶は97以上ある。

浅葱佑(サイトからの投稿)
「もう保ちません」地面から声が聞こえた。耐久性に優れているはずの柱達が、これ以上耐えられない、ごめんなさい、と泣いている。そうか、と私は呟いた。気づいてあげられなくてごめんね。じゃあ、退職金。季節限定のコロッケを買うはずだったお小遣いの硬貨を、私は天空都市の外へ投げる。燃えた。

リリィ @lily_aoi
名前の書き忘れに気づいた時には手遅れで、案の定、息子は別の子の保存袋を持って帰ってきた。「どうしよう」夫と三人で袋を取り囲む。記憶を入れ替えないと成長しない。別の記憶を入れると別人物になる。袋を揺すっていると、「調べてみる?」と息子が検索画面を開く。保存袋 別の人 どうなる と。

リリィ @lily_aoi
手を洗面器に入れる。孫の手はもみじのようだ。「もういい?」いま手湯を始めたばかりなのに飽きたらしい。いいよと言うと、タオルを持って娘の元へ行く。手湯も雪も、この子の街にはない。娘の手もこうだった。一緒に手湯はできなかったけれど。ぬるくなったかと思ったがお湯はまだ熱さを保っている。

リリィ @lily_aoi
データは保存できていなかった。消えた数字はどこへいったのだろうと、帰り道、空を仰ぐ。ショートカット保存の怠慢だ。意味もなく電源を入れ直した。
データは週末で直した。頭の中にあるものは意外と消えないものだ。息子が妻の前で九九を暗唱している。「八の段、もう一回」と聞こえてくる。

浅羽海斗 @k_asaba
心の準備は出来ていた。この寒い冬に「一緒に海へ行かない?」なんて、別れを切り出されると思ったんだ。そう言うと彼女は微笑み、白いストールを僕にかける。「ずっと一緒よ」ほっとしたのも束の間、空に浮かぶ身体。「行きましょうか、月の海へ」忘れていた。ここは三保の松原。羽衣伝説の残る土地。

二度なかず @Futatabi_Nakazu
セールス担当が抜群に好みだったので、その生命保険に決めた。契約の違いも分からないので丁度よかったのだ。俺の賃金で彼に花束は贈れない。カモだとしても定期的に訪ねてくれることが嬉しかった。二年が経って彼が殺人で捕まった、家族に多額の保険を掛けていたそうだ。俺は初めて安月給を呪った。

秋桜みりや @mrycs0219
漆黒の夜空は何も見えない。加速する絶望を宥め星を浮かべる。どんなに小さくてもすぐに消えてしまっても星を並べる。やがてそれも難しくなり抵抗虚しく隕石画降ってくる。それでも落ち着くまで耐えて、夜空を見上げる。粉々になった全ては銀河の煌めきの一部となる。そうやって私は自我を保っていた。

二度なかず @Futatabi_Nakazu
とろ火の鍋の底を木べらでなぞる。はじめに南瓜のスープを褒めてくれたこと、覚えているかしら。この部屋が冷えていないのも、燃えていなかったのも、私がオープンキッチンで均衡を保っていたからなのだけれど、ご存知ないままでいてね。あなたの不始末で私、最後までかわいそうな女でいられるから。

鯉瀧堂(サイトからの投稿)
その記憶をまだ保存しているのと言われてしまった。単なる記憶かもしれないけれど、それを「忘れられない思い出」にタイトルを変えれば永久保存になってくれる。勝手な上書きや思い込みがあったとしてもそれも一緒に保存すればいい。聞いてくれる人がいない思い出は心の隙間をぬくもりで埋めてくれる。

雷田万 @light_10_10000
憧れの先輩と一定の距離を保つことは、果たして良い事なのだろうか。安定はするが刺激はない。そろそろ、現状維持を破壊する時なのかもしれない。 ラスト一周手前でスパートをかける。スピードを上げれば、胸の鼓動も伴って強くなる。最後は体力と想いの勝負だ。
レースも、関係性も、壊してみせる。

雲心 @tsukixkumo
水墨画のような美しい景色の夢を見たんだ。荘厳な山々から、霞と共に短い詩がいくつも流れて来るので、ひょいひょいと掴み取る。大切に無くさないよう保存ボタンを探すと、目が覚めた。頭の保存庫は霞だけを残して空っぽで、夢に全部流れ出てしまったようだ。
だから君に送る花束が、今日は無いんだ。

二度なかず @Futatabi_Nakazu
俺は「保留」を許さない。日課はSNS でクズ野郎を特定することだ。フる甲斐性も無い輩に、惚れられるだけの価値などあろう筈がない。今日も俺は「保留された」でワード検索を実行し、他人の勇気を踏みにじる人間を特定しては、呪いをかける。お前を踏みにじった日の俺が、呪われることを願っている。

すみれ @sumire_sosaku
痛む頭を抱えて、保健室のドアを叩く。
「すみません。体育なので休まさせてください」
「熱測って、そこのベッドね」
1週間ほど体調不良で、体育の度に来ているので慣れたものだ。
隣のベッドの気配も感じつつ、白いシーツに横たわる。遠くから聞こえる喧騒の中、罪悪感を感じながら意識が遠のいた。

二度なかず @Futatabi_Nakazu
保存容器の店だった。西陽が棚にぎっしりの硝子、琺瑯、アルミや何かに反射して、つるりと光ったのが私の目を焼いた。ああ、これなんて素敵だけれどいったい何を入れたものかな。店主は白い髭を撫でつけ、では容器のための容器を買ったらよろしいと、算盤を弾いた。翌日から、私は容器屋の主となった。

雪菜冷 @setsuna_rei_
子供の頃よく下敷きに雪をのせて眺めていた。ほんの少しだけ保たれる『綺麗』、やがて崩れる『綺麗』。ずっと見ていられた。東京の冬。ベランダに出て煙草を燻らせれば珍しく舞う粉雪。懐かしさに手を伸ばすもあっという間に溶けて消える。そっと手を引く。煙草の濁った煙だけがいつまでも白く残った。

トガシ @Togashi_Design
車と衝突し、怪我をして一時的に保護していたオオワシを空に還す時が来た。僕はオオワシを抱えた両手を高く掲げ、「飛べ!」と叫んだ。すると一陣の風が吹き、オオワシは空へと舞い上がった。僕の頭上でくるりと輪を描き、高く、遠く、その力強い羽ばたきで、一直線に地平線の彼方へと消えていった。

石森みさお @330_ishimori
失望保険に加入した。自分に、周囲に、失望するたびお金を貰える。がっかりして、うんざりして、くたびれ続けて。貯金残高が見たことない額になったころ、視界はぜんぶ灰色で、首をくくりそこねた後日、最高額の保険がおりた。友人にも家族にも失望したから独りぼっちで、愛は買えないものかと思った。

いちか(サイトからの投稿)
「保治さん?どこへ行くんです?」
 またこの女か。毎日毎日鬱陶しいやつめ。
「その名前で俺を呼ぶな!」
 俺は後ろに立つ白髪混じりの女にそう怒鳴ると、
「いいか!俺をそう呼んでいいのは家内だけだ!」
 と言って、勢いよく玄関の戸を閉めた。
 後ろからは女の泣く声が聞こえてきた。

鯉瀧堂(サイトからの投稿)
自分の気持ちの居場所が無いなんて悩むなら見直してみませんか。肯定感や平常心を保つための原動力は人それぞれ。筋肉にあるかもしれない、骨だって頼りになる気がする。支えるものが堅固なら心だって安心してそこにいられる。耳をすませば聞こえる心のラジオ体操。手を差し出すだけで青空に届きます。

雷田万 @light_10_10000
目の保養として視界の端に捉えていた女の子と、ついに目が合った。隣の女子社員とこちらを見ながら、何やらひそひそと話している。
意を決した彼女が、おずおずとこちらにやって来た。恥じらう表情も微笑ましいと思ったのも束の間、彼女の衝撃の一言に背筋が凍った。
「は……鼻毛、出てますよ……!」

雷田万 @light_10_10000
最低限の個人情報を伝えれば、電話一本で自分の未来が分かる時代になった。
「僕は東大に行けますか?」
「少々お待ちください」
試験前日に電話をかけてみるも、保留音は鳴り止まなかった。
聞き方が悪かったから回答に窮したのだろう。実際、試験会場として東大には行けたが、試験には不合格だった。

川瀬千紗(サイトからの投稿)
手にした瓶の蓋を開けると、部屋中に夏の夜空が広がった。漆黒の空に散りばめられた星々。風のざわめき、濃い緑の匂い。「おかあさん」と呼ぶ幼い声と、それに応える優しい大人の声。大切な記憶を保存したその瓶は『思い出』と呼ばれ、やがて人の心の中に1つずつ留め置かれるようになった。

浅葱 @xxsky07xx
気持ちの保温機能が欲しい。悲しくって苦しい時、あの日の温かさに寄りかかりたいの、何度でも救われたい。だって私はあの子になれないし、彼は隣にいないから。どれだけあの日を記憶の中で繰り返しても結局私は1人だし。もう、あの気持ちを素直に回顧することも難しくなっちゃうよ。ねぇ。

のび。 @meganesense1
死神はまた一つ絵画を持ち帰った。人がこの世を去るときは、必ず絵画が残される。それを回収するのも死神の大事な仕事だ。絵画は人の魂の記録であり、死神はそれを決して無碍には扱わない。全ての絵画は大切に保管されていて、死神はしばしばそれらを眺めては生きる事と死ぬ事に思いを馳せている。

坂岡恵 @megumisakaoka
わたしは何重にも重なった存在じゃないかって、いつも思っている。保冷剤に触れると、指先から手の平へ、ミシン目がひらかれてゆくのだ。じわじわと、見えないどこかへ溶け合うからだ。付箋みたいにめくられて、凍えた風を起こすのだ。きっと、どこかのわたしがのぞいている。冷えきって湿った空を。

辻島治 @Tsujishima_036
保存した写真データを消す。
あなたとの手紙を捨てる。
写真も捨てる。
あなたがくれた言葉を忘れる。
あなたの声を忘れる。
記憶から消えてゆく。
その温度も、感性も、砂のように指と指の間からこぼれ落ちるように時間は過ぎ去った。
さようなら、その言葉だけが床におちていた。
さようなら。

彩湖あにぃ @ayako_annie
人は死んだら保護色をまとう。病床の祖父が言っていた。見えなくてもお前の周りに溶け込んで、ずっと一緒にいるからね。そんな約束を思い出す。家の中の物音。窓から迷い込む風の声。ちょっとしたことに温もりを感じずにはいられない。だからあなたが旅立っても寂しくない。寂しいけれど、寂しくない。

鯉瀧堂(サイトからの投稿)
床に映し出された光は四角く区切られた窓から差し込んだもの。形を保った光は短いギフト。踏み込むのを躊躇うような正方形の光には意志も見えています。太陽が動けば形が消えてしまうのは分かっています。虚しさを隠したまま光が形を保つ時間に身を委ねるのです。明日も光が見えるよう目を閉じました。

鯉瀧堂(サイトからの投稿)
均等に距離を保って並んだ276の灯。日暮れと共に灯が作る景色は人を吸い寄せる。でもこの景色をもう見飽きたという人がいる。お行儀よく並んだ灯は変化のない美しさ。色は変わるけれど形は同じ。見る人の気持ちは灯に伝わるのだろうか。滲んで見えるのは雨ではなく灯の涙。晩秋の都会に佇んでいる。

鯉瀧堂(サイトからの投稿)
意識が飛んだ時間は刹那。その後に始まったのは生命を保つための作業でした。造られた暗闇に引き摺り込まれ、5時間を経て開いた目に映った歪んだダウンライト。体内の部品の1つが新しくなったのを告げられ再びついた眠り。揺蕩う意識の中、3本足でいつものペースを保っている私が私には見えました。

児島成 @joe_kojima
部員たちは週末の街に出かけ、週末っぽいものを探してはスマホに保存する。
月曜に見せ合う。
それが、
週末保存クラブ。
終末保存クラブ?
土曜は魚じゃなしに水族館を保存し、
日曜は僕の代わりにあいつを保存した、
滅びそうなものばかり保存してしまうんだよね、と囁く君が。
崩れ落ちそうで。

75 @naco7524
誰もいなくなった実家の取り壊しが決まり、姉と一緒に片付けをした。「金庫に保管してあったんだけど」苦笑しながら姉が持ってきたノートの表紙には、母の字で二人の好物と書かれていた。ノートに書かれたレシピを姉と試す。砂糖と卵だけで作る卵焼きは、懐かしい味がして、少ししょっぱかった。

友川創希(サイトからの投稿)
道を歩いていると『公園右』という看板が立っていた。この辺に公園なんかあるんだと思いながらも私は行ってみることにした。少し進むと公園があった。そこからは、富士山が言葉で表せないくらいきれいに見えた。初めてこんなに美しい自然を見た。この景色を一生自分の心の引き出しに保管したい。

トガシ @Togashi_Design
祖父の金庫が五十年ぶりに開く。中には一体何が保管されているのか、家族一同興味津々だ。出てきたのは一冊の本。みんな一瞬にして興味を失い、潮が引くように離れて行く。本の表紙には、丸い小さなシミが付いていた。祖父はコーヒーが好きだった。きっとコーヒーを飲みながら、この本を読んだんだな。

うぐいす丸3号(サイトからの投稿)
「見て!あった!!」
瞳を一等星の様に輝かせて彼女は確保した本を堂々と私に公開する。作者直筆の限定サイン本だが私には顔も知らない人の落書きでしかない。あれを探すのに休日を巻き込まれた報酬がさっきの彼女の笑顔だ。とても割に合わないと思いつつ私は脳内カメラロールにお気に入り保存した。

武川蔓緒 @tsurutsuruo
懐かしいスナック。「何年ほっとくの。持って帰って」ママから渡されたのは、冷凍保存された女の手。ラップを剥ぎ、己の手と合せる……浮ぶ。女との一度きりの海。『唇以外、不一致』と嗤い、指を解き離れゆく、ニンフの影絵……「ママ、コレ俺のと違うよ。別の客の」苦笑する俺を皺を殖やし睨むママ。

武川蔓緒 @tsurutsuruo
無機質な電子音のクラシック。「一寸御免」と云ったきり。解ってる。保留音の向うで、私から彼女へと、還る支度。それでも受話器を手に、待つ。零れる泪、外れる指環。崩れる壁と床。空に浮く私と猫。赤い烏の群。竜胆色の雲海。ふたつの満月。半身石となった天使或は悪魔……クラシックは未だ、鳴る。

武川蔓緒 @tsurutsuruo
2限目。理科室で、おのおの自習。私は小説をかき、隣の麻美は編物。向いの果保は場にそぐい白衣を纏い何やら実験。スペースをとるので文句を言うと「ごめん美味しいお茶淹れるから」と。果保はアルコールランプでフラスコを2つ煮立たせており。色を幾度も変えゆく液体。麻美は編物で鼻を抑え倒れる。

武川蔓緒 @tsurutsuruo
犬が小さくなってゆく。ハンドバッグにいれ散歩にゆく。船に乗っても、島に着いても、空は夕闇の儘で、道は瓦礫が続くばかりで、犬を放せない。ホテルに泊る。私だけらしく、客室フロアに光はない。犬をバッグから出し。眼と鼻の三角の星座とともに廊下を駈ける。常備灯が保つ迄。犬が消えてしまう迄。

のび。 @meganesense1
ここに保育所があった。いじめられて泣いた、逆上がりができなくて泣いた、居残りで給食を食べさせられて泣いた、保育所があった。でも今はもうない。草一本もない空き地で「大丈夫だ」と囁く。その声を保育所に通っていたときに聞いたような気がした。保育所はもうない。でも僕はいる。まだいる。

武川蔓緒 @tsurutsuruo
はじめての地方。電車にのり、漆器の有名な町。さらに電車にのり、硝子器の煌く町。急行でゆく途中、『保養』という名の駅を過ぎた。高架より眺める町並は、丈のひくい、使い慣らしくすんだ器の色。帰りに各駅停車で降り立とうとした所、誰かのばした足に躓きころび、私の軀は破片を散らし、壊れた。

若林明良(サイトからの投稿)
電話を保留にして訊いた。「グーグルプレイカードってどこですか」若い女の店員が売場まで案内してくれた。電話の主が3万円と5万円いずれかと言うので5万円分を買った。「はい、はい、今購入しましたのですぐ家に戻ります」店員がやけににやにやしている。俺は詐欺犯よりもあの女が憎い。教えろよ。

cofumi @cofumi8
道を歩く度に痛みを伴う。どこか骨折しているわけではない。サッカーのように向かってくる敵を避けたり、レッドカード並みに足を掴まれたり。僕の人生の道は険しい。今は38度に保たれた羊水が恋しい。優しさに満ちていた世界。あの時通った道には愛しかなかった。出来る事なら産道にもう一度戻りたい。

ヒトシ(サイトからの投稿)
一足早い大掃除。埃の積もった保存棚の隅っこに琥珀色の瓶を見つけた。親父が元気だった頃に仕込んだ梅酒。十年物か。硬くなった蓋をこじ開け、グラスに注ぐと芳醇な香りが広がる。熟成が進んでまろやかになった液体。あの日止まった親父の時間は、こんなところで動き続けていた。穏やかにゆっくりと。

もとし @motobaritone
君が奏でるピアノはとても真っ直ぐで、心が洗われるよ。どう?国際的に有名になった気分は?おめでとう。でもきっと長くは続かないよ。強がりだけど本当は寂しがり屋だもんね君は。これからどんどん孤独になっていくよ。天才の宿命さ。弟子に超えられる訳にはいかないな。師匠の私も面目を保ちたいんだ。

チバハヤト(サイトからの投稿)
「あなたとは血が繋がってないの」
「知ってたよ」
「ごめんね、嘘ついてて」
「大丈夫。身を挺して私を守ろうとしてくれた時に、ママは本当のママだって思えたよ」
「ありがとう…」
サイレンの音が遠くに聞こえる。痛みと流血で意識が保てない。
ふたりの手は、固く結ばれていた。

もとし @motobaritone
紙の辞書を買って英語の勉強を1年続けた。不慣れな英語を苦労しながら2、3年…。ようやく食べ終わった。必死に英語を覚えた甲斐あって、アメリカ人の彼女へのプロポーズも冷静さを保ちながら何とか成功—-。我が家には子供が産まれた。紙を大切にする優しい子。ヤギ男の私は今日もまた紙を食べ続ける。

五十嵐彪太 @tugihagi_gourd
眼前で事故が起きた。バイクと流星の衝突だった。双方ともに無傷であったが、すぐにポリスが現れ、私は事故の状況を淡々と語った。周囲に、私は平静を保っているように見えただろうか。或いは装っているように見えたかもしれない。実際は衝撃で激しく輝く流星に願い事を五つも唱えて興奮していたのだ!

もとし @motobaritone
眠らない街があるように眠り続ける街もある。故郷の眠る街では「もう勘弁してよ!」だの「もう歳だから…」と不平不満ばかり。だから眠らない街に移住を決めた。「まだ呑むだろ?」と酔っ払い。「まだ若さを保ってる!」と頑なな中年男。彼に故郷を紹介した。「もう歳だから…」言葉がすぐ変わり始めた。

はぼちゆり @habochiyuri0202
慣れない山で日が暮れてしまった。見渡すと明かり、民家だ。「御免下さい」と戸を叩くと、中から身なりの良い女性。助かった。私はすぐにそれを喰らい、血を啜る。中にはやせ細った老婆までいるではないか。「これは保存食に…」そこで私の記憶は途絶えた。「化けもん風情が、儂の獲物に何をした」

若林明良(サイトからの投稿)
中学一年の途中からずっと保健室で勉強した。保健の先生になりたてのその人は最初僕の扱いに苦慮していたがそっとしておいてくれた。本当はダメだけどたまに紅茶とお菓子をくれた。カーテンで仕切られた先生と僕。卒業おめでとうと言ってくれたのに僕は最後まで言葉が出てこなかった。先生ありがとう。

巫女椿(サイトからの投稿)
この窓から見える四角い世界がわたしのすべて。
つながれた針から流されるこの液体が
わたしの命の糧。
頼りない息がこの世界とつながる細い細い道。
わたしとわたしの小さな世界に住む人々の記憶だけがわたしの生きた証。
太陽月雲星々
わたしの世界を彩るのは空


この呪文がわたしの名前

もとし @motobaritone
「助け、て…。」息苦しくなる。保健の先生に助けを求めたが取り合ってもらえない。『ほら自分で何とか言いなさい。待っててあげるから。』とあしらわれる。修学旅行での劇の本番は明日。台詞は覚えて来た。ただ相手役は先生だ。「す、好きです先生!」これは劇じゃなかった。公開告白の時間だった…。

tomodai @phototomop
「話が聞けないなら立ってなさい!」。怒鳴られた僕は涙をこらえた。ママは僕をここに連れてきて「ちゃんとお話を聞いておとなしくね」と言った。「ひとじちにとられてる間はうかつに文句も言えない」ってママとパパ話してたな。ひとじちって、うかつって、なんだろ?保育園の片隅で僕は考える。

11月29日

AYAKA @ayk_aky
永保元年、興福寺の僧徒がめちゃめちゃに暴れ申した。多武峰の民家をめちゃめちゃに焼いたから拙者は光る天狗の鼻を抱いてめちゃめちゃに逃げた。 (あと少し…ババアのペガサスが来るまで時間を稼げ!!)
黒煙を噴き上げ紅炎に染まる闇夜の多武峰を走った。
もうめちゃめちゃに、走ったでござるよ。

もとし @motobaritone
指人形職人の私。だが学生時代は手先が不器用だからと同級生たちにからかわれた。その悔しさを糧に、来る日も来る日も指人形を造り続けた。やがて私は好きが高じて、本物そっくりの模型まで造っていた。そう、好きなのは人形ではなく同級生たちのしっかりと保湿された指の方だった。「私、指綺麗…?」

リマウチ @rIMAUCHI0420
保安官には右腕がない。生まれつきだそうだ。もう馬鹿にされたり哀れみの目で見られるのにも慣れていた。ある日、保安官は上司に呼び出されクビを宣告された。腕がない保安官では不安だというクレームが入ったかららしい。あぁ、またいつもの目線か。上司はじっと私の存在しない右腕を見ていた。

巫女椿(サイトからの投稿)
「君は君を保つために何をする?」
不思議な問いを投げる彼を見る。
「僕は僕が造り僕を造る世界を保つために、まずは君をとめるね」
ぼくは刺された。
すべてを保つためにすべてを壊す。
彼をとりまく全てがとまり、最後に彼がとまる。そこで彼の世界は保たれる。
彼の世界が保たれることを…

甘辛いタレ @amakaraitare
夢に小汚いオバさんが出て来て、こう言い捨てた
「自費で写真集を出せ」
私の女神像は崩れ去ったが、お告ならばと20代の内に果たす事が出来た。 そんな事も忘れて70歳を超えた頃、ふらっと入った神保町の本屋で再会した若く美しい自分。
そして鏡に映っている小汚い女神も又自分だったと気付いた

tomodai @phototomop
「最近物忘れがひどくなってなぁ」。じいちゃんがつぶやく。将棋をうったり、苦手な折り紙をしたり、青魚を食べたり、じいちゃんは記憶を留める努力を惜しまない。頭の中には、最愛のばあちゃんとの日々が大事に保存されている。じいちゃんはがんばる。いつの日か、ばあちゃんと再会するその日まで。

若林明良(サイトからの投稿)
私は幼稚園いっとんねん!あんたら貧乏人とちゃうで!由美ちゃんが言う。保育園組は税金を最大限利用する貧乏人なんだって。金持の由美ちゃんはその私立幼小中高大一貫校へ進学。私はずっと公立校。久しぶりに街で会った。大学どこ?東大。由美ちゃんみるみる真っ赤になり…あれ?貧乏人って言わんの?

へいた @heita4th
毎日お仕事お疲れ様です。奥様のご紹介で参りました。生命保険は如何ですか。万が一のことがあった時大事な方に保険金が振り込まれます。病気に自殺に不慮の事故。人生は分からない事だらけ。お体の具合は悪くありませんか。大丈夫。あなたがいなくてもお金があればみんな幸せ。生命保険は如何ですか。

へいた @heita4th
社会人になって数年が経つ。出張ではしゃぐこともなくなった。出先の景色に見慣れたし、なにしろ金がかかる。今では新幹線の駅でミックスジュースを飲むくらいが楽しみだ。時間があるときはたこ焼きの列に並ぶ。職場に菓子くらいは買っておくかな。冷凍餃子を夕飯に。あ。お姉さん、保冷剤2つつけて。

へいた @heita4th
インタビュー記事を見るとつい年齢を確認してしまうようになった。何歳にあれをやり、何歳にこれをもらう。その『何歳』を自分がどんどん追い越していく。ぱちんと音が鳴って顔をあげる。お湯が沸いた。お茶を入れる。お茶なら上手にいれられる。そうして、バランスを保つ。何もできないままの自分の。

へいた @heita4th
帰宅するなり熱が出た。動けない程だ。「夕飯は?」という夫に事情を話してどうにか眠る。目が覚めると夫はとうに出勤した後で台所はぐしゃぐしゃ。机の上に「冷蔵庫のを温めて食べて下さい」とメモがある。朦朧としながら冷蔵庫を開ける。保存容器を取り出して温めなおす。カレーと、冷えた気持ちも。

畔出みるひ @kuro1deMilch
Eが北極星ならBは東。雄鶏が鳴いたら、歪んだ心臓に水をやる。薬を溶いて描いた風景、ポケットに小石を詰めこんで歩く。保育園から帰るには母親がいないとダメで、電車が走るのは動脈でも静脈でもない、あの女の子も、手の上のカスタネットも音ももうないけどある、ぼくがいなくなってもある小石を。

山口絢子 @sorapoky
父の生家の柱には、四つの漢字があった。保、茂、勇、仁、四兄弟の名。次男である父、茂の名が一番上に。叔父さん、でかかったからなぁ。従兄の誠が言う。ガキ大将だった父の腕は晩年、私より細かった。後日、誠によって解体された跡地に行ってみた。ありがとう。十五年越しにようやく言えた気がした。

畔出みるひ @kuro1deMilch
捨てたのは、君が渡ってきた歩道橋がアシンメトリカルだったから。噛み合わないピースを無理やりボンドでくっつけてパレードしてきたけど、剥くときは、か細い皮を切らないように君を抱き上げて星を探す。ジャンケンあいこで二度寝だってする。「保険は効かないよ」って君。わかってる、僕は蜂を殺す。

ゆき @HoneyDippeR6324
保健所が譲渡会を行うと聞き、犬好きの私は見学に来た。
「こいつはもういい歳なのに引取り手がなくて」
しかし笑う年高の職員が癇に障る!
「保護犬引取のサインはしました。そちら独り身なら今からデートしません?」
笑われていた職員を連れ出す。これが私が愛犬とパートナーと出会った運命の瞬間。

あおい @aoist5
深夜ラジオの音楽。窓から見えるオリオン座。ホットミルクと読みかけの小説。昼間の喧騒とは真逆の静寂な時間に身を委ねる。この状態や気持ちを表わす最適な言葉を探して、思いつくままに書き連ねては、また今日も上書き保存。同じことを明日もするんだろう。これこそが至福のひとときだと知りながら。

チバハヤト(サイトからの投稿)
実家の古い倉庫を整理していると、戸棚の奥から瓶詰めの梅酒が出てきた。そこには達筆な母の字で「2010年春」と書いてあった。母は数年前に亡くなった。母の梅酒を毎年楽しみにしていた父も最近亡くなった。
梅酒をひとくち口に含むと、保存されていた家族の思い出が、ゆっくりと私を温め始めた。

チバハヤト(サイトからの投稿)
目覚めると、辺りは真っ暗だった。
時間を確認したいが、暗くて見えない。
僕は失明したのだろうか?
冷静さを保ち、思考を巡らせた。
そうだ、ここは極夜の南極だ。鬱気味になり、昨晩は安定剤を飲んで寝たのだ。
どうやらスマホの充電が切れている。電気も付かないから、後で修理しなきゃな。

えのしの @enom_shinob
もう限界、意識を保てない。手足も悴み身動きがとれない。瞬く星々に抱かれて瞳を閉じる。瞼の裏にはきみの笑顔。お出掛けなんて久し振り、とはにかんだのはいつの頃か。広い宇宙の片隅で暗闇に飲まれてこのまま終えるのか。ああ、聞こえる。起きて、たくさんの星の流れ!隣りで歓喜するきみの声が。

朔巳 了 @satOru_saKumi
クラゲとお化けは似てるね、と不意に娘が言った。意味を尋ねると、クラゲは死んで海に溶け、お化けは空気に溶けて行くのだそう。私は思わず面食らう。妻が以前こんな話をしていた。「私、死んだら名前も姿も無くして、雰囲気になりたい」と。保たれた姿のない存在に。娘よ、ママがそこにいるのかい?

 @5000004xxx
古い水槽を買ったので、水を飼育し始めた。
エアレーションし、水温25度を保ち、人工プランツを入れる。
分厚く、濁りや気泡のあるガラスを通して見る水は、そこだけ時が違うように思えた。

餌は私の話。
逝った恋人の話。

ブクブクピチパチ応えてくれる。
涙が混ざる。
何か生まれてくれたらいい。

二度なかず @Futatabi_Nakazu
保健室の側には来校者専用のトイレがあった。一般生徒用とは違って、自動水栓の蛇口が付いているのだ。手をかざすと、水と一緒に細い鍵が洗面台へ落ちてくる。掃除用具入れの鍵穴へ差し込めば秘密の小部屋が開く。そんな噂も懐かしい母校に赴任して三日。鏡に、細い鍵を摘んだ新米教師が映っている。

waka @HummingDays
肌の乾燥で悩む彼に保湿クリームを貸したら肌の調子が良くなって髪型や服装などにも気を使うようになった。
最近、久しぶり会う友人達が自分に気がついてくれないと嘆く彼。
大袈裟だなぁと笑う。
それにしても最近デート中に
「ねぇ君たち俺らと一緒遊ばない?」
とよく声をかけられる。
なんでだろ?

11月28日

糸井翼 @04200420s
水やりを怠ったせいか、私の感受性は壊れてなくなった。壊れたものは仕方ないから、饅頭と温泉の湯を練り合わせ、お酒で香りつけして心を埋める。ほとんど砂糖でできた新しい感受性は触れるとほろほろと壊れながら、次の連休まで穴を埋め、心を保つ。それは、いつか私の本当の感受性が戻るまでのこと。

リマウチ @rIMAUCHI0420
保育園の押し入れ。そこには大人に秘密の世界が広がっている。ほら、目をつぶって。数を数えるよ。それ、イチ、ニイ、サン。どうだい?虹の滑り台が見えるかい?あっちはゴリラのブランコだ。夢中になって遊ぶといいよ。ただし気をつけて。頬をつねると現実に戻っちゃうから。気をつけて。気をつけて。

美原仁義 @MiharaHitoyoshi
人間は危険予知のために悪い思い出の方が記憶に残りやすく、良い思い出ほど砂像のように脆く崩れ去ってしまうものだ。この記憶保存装置を使えば砂像を再形成することができ、良い思い出に浸った時の幸福感を得られる。しかしその叡智を手に入れた人類は永遠に幸福に浸り現実の危険を避けられず絶滅した

チアントレン @chianthrene
名前を付けて保存し続けた代々の女達によって太郎の容量はいよいよ限界に迫っていた。堪忍袋はすぐ切れるし男としての器もずっと狭く扱われる。そこで記憶の整理が上手い出旗なる男に任せてみた。思い出の女達は見る間に圧縮統合されただ一人の完璧な元カノにまとまった。無論太郎は終生独身となった。

のび。 @meganesense1
「たもつさまいらっしゃったんぜ」
今年も村にたもつさまがやってきた。広げた両腕の右手に白、左手に黒の湯呑みを持って家々を回る。湯呑みに酒を注ぐと、ふらついて零すので何度も何度も注ぐ。両腕の均衡が保たれるとたもつさまは「万事保たれる」と笑い、両手の酒を飲み干して、次の家へと向かう。

にちと @soudasa92chi10
君の笑み、彼らの姿。
目の前の光景に、頭に血が上る。
だめだ。平静を保てと自分に言い聞かせる。
どうして君が。
違う。
どうして君のために、彼らは。どうして、僕のためには。
違う。
冷静に考えろ。
憎むべき相手を見定め、為すべきことは。
君はよくも僕の彼らを――。
平静を取り戻した時、僕は。

大場さやか @sayaka_ooba
ぺたぺたと保湿クリームを塗っている、無防備な私の表情を、鏡で見ている。気がつくとかさかさしている肌に、無理やり異物を叩き込んで、ほらしっとりしなさいと発破をかける。ねえ、別に頬を撫でてくれる誰かがいるわけでなし。自分のためにしては地味な、それでも大事な、毎日の、加齢への抵抗運動。

(サイトからの投稿)
あれはとある休みの日だった。多忙な毎日に耐える体を保養しようと、電車を使い静かな田舎へと足を運んだ。そして、そこで彼女と出会った。彼女もまた自分と同じく、疲れた体を保養するべくこの地へと足を運んでいた。
一年後、多忙な日々が続いている。また体を保養しに行こう。もちろん二人で。

兎野しっぽ @sippo_usagino
押し入れの中に古びた缶を見つけた。好奇心から開けてみたけど、ボロボロの紙くずや端切れなどガラクタばかり。なんでこんなものを大事に保管しているのだろう。
持ち主の祖母は、なぜかくすくすと笑っていた。
「大きくなったらわかるよ」
懐かしそうに目を細める祖母の横顔は、どこか母に似ていた。

四藤良介 @zTQNFLMWQLRnf35
変わらなければならない、私も、貴方も。それがずっと私が考えていた私たちのやるべきことだと思う。雨の3時にはあまり読みたくない種類のメールだ。変わる、か。と小さく呟いた。白い溜息が魂に見える。メールは保存せずにいる。そのうち押し出されて無くなることを期待して。せめてメールだけでも。

若林明良(サイトからの投稿)
心の均衡を保つために胸のやじろべえを外す。ゆれるものをなくしましょう。それから手紙を開く。初めて貰ったラブレター。太ってるなんて思わない。僕は文香さんが大好きです。うふふ。いけない、心がゆれてしまう。旭川の花火。雨ふるような獅子座流星群。最後にみせた困り顔。わたし明日結婚します。

白猫 @neconeco70321
孫がオモチャの兵隊で遊んでおる。見ておると、3回に1回は味方同士を戦わせ、5回に1回は兵隊をつまんで投げ捨てておる。なぜだと聞けば「命令違反で排除」と答えが返ってきおった。唖然とした儂に、孫は「ボクの権力を保持するためさ」と無邪気に笑いおる。孫の顔が歪み、チョビ髭の男が立ち上がった。

畔出みるひ @kuro1deMilch
保育器の空は透明で、よく見えた。降りしきる手が、みんなの息をつぶしていた。つぶれた息を、彼は吸いつづけた。この子ダメかも。泣かない彼を、老婆が空から見ていた。やがていっぱいになると彼は裏返り、つぶれた老婆からジャムをすくった。いつか、僕も甘くなる、生き物がたくさん、集まってくる。

畔出みるひ @kuro1deMilch
雨あがりの落ち葉に、「連れてって」と打ち明けたら、手と足に嫌われた。アルミニウムの翅の化石、盗んだけど、君を見たくても、後ずさりすらできない。保存瓶に入れた耳、傾けたら、鳥の独り言が聞こえた。「水に晒せば大丈夫」落ちた僕を啄んで、飛び立ったのは君だった。次の雨で、きれいに食べて。

よつ葉 @Kleeblatt3939
近所には立派なスーパーがあって何時でも何でも手に入るけど、曾祖母から教わった保存食を祖母は今も作る。「結婚した年はコケモモの当たり年でね…」祖母は毎回同じ話をしながら、煮沸した硝子壜にコケモモのジャムを詰めた。ジャム壜に大事に詰め込まれた祖父母の思い出を私は今少しずつ食べている。

よつ葉 @Kleeblatt3939
道路拡大と木の寿命という理由で切り倒されることになった桜並木。新人という理由で今日も桜並木保存団体の排除のために、座り込み老人たちの所へ行く。話を聞けば彼らが残したいのは、桜の木と共にある彼らの記憶だとわかる。「最後に桜と写真を撮ろうよ」僕の声かけに老人が泣きながら立ち上がった。

MOTOM(サイトからの投稿)
 お稲荷様が苦手になった。我が身を保つのが難しくなったせいもある。昔は両手を合わせ、義母の真似をして毎日お祈りしていた記憶がある。ところが、白狐の伝説を何度も聞かされ恐ろしくなった。「恋しくばたづね来てみよいづみなる」、狐を母にもった陰陽師、安倍晴明。「しのだの森のうらみ葛の葉」

MOTOM(サイトからの投稿)
「流れ行く大根の葉」は、早いのか青いのか、時々分からなくなる。有名な虛子の俳句。大根なら早いかもしれない。大根葉なら青いかもしれない。頭の中で、鴨とか雁(がん)とかイメージが錯綜する。鎌で切り捨てられた大根葉が次々と川を流れてゆくように、未来永劫を保証する物など在るはずもない。

MOTOM(サイトからの投稿)
 昔の映画、「ファンシーダンス」の一場面。修行僧姿のモックンが「保つ」と返答した。何を「たもつ」と云っていたか、定かではない。厳しい禅問答とはこんなものかと微笑んだ。例えば、かつて女人禁制だった霊山や相撲の土俵にも、今なら登れる。生涯保つべき掟なんて、本当は何一つ無いのであろう。

MOTOM(サイトからの投稿)
 鉛筆の芯がゴキッと折れたのは、入社試験で「柳澤吉」まで書いた時だった。代わりの鉛筆もナイフも持っていなかった。愛用の青いシャープペンが見つからず、あわてて家を出たのを悔やんだ。徳川五代将軍、綱吉の側用人。駒込の六義園は彼の下屋敷。「保」まで解っていたのに、あの時人生が変わった。

秋助 @akisuke0
花壇が踏み荒らされていることに気付く。通勤や通学で多くの人が行き交うからだ。人の数秒を縮めるために、花の一生を終わらせる。なんとも身勝手な話なのだろう。ボロボロの姿が今の自分と重なって、花が崩れないように保管した。何かを犠牲にしてまで楽しようとする、人々のエゴすら忘れないために。

ダニー @5FUmQge6xskyxmC
昨日の晩、裏山に星が落ちた。木々を薙ぎ倒し、山肌を抉ったその星は、空に浮かんでいた時の輝きを保ったままだ。
「お前の時もこんな風だったよ」
似合わないサングラスをかけた養父が煌々と輝く星を眺めながら言った。 「あの子が人の形になるのはいつになるかしら」
「すぐだよ。お前と同じならね」

たつきち @TatsukichiNo3
それが日本茜だと知って、その一帯の実を採った。茜は根で染める。根を採取するためにはもっと柔らかい土に植えなくてはならない。春になったら畑に植えよう。問題は採取した実の保存だ。春まで眠らせるには箱に入れて土の中がベストだろう。間違ってそこで芽を出すことのないよう眠っていてもらおう。

11月27日

石森みさお @330_ishimori
保健室は瑠璃色だった。透明な青い光が床にゆらめいて、無数のネオンテトラが泳いでるみたいだった。真ん中の椅子に乗っかった先生が女王様みたいな顔でウインクして、青いセロファンを蛍光灯に貼りつけた。窓も扉も全部ふさいで、やっと呼吸ができる類の人間もいるのだ。仮初めの水底で人の皮を脱ぐ。

はなぐるま @hanaguruma26
保健室のベットをはじめて使う。わたしをむかえにきてくれるお母さん。すこし特別なような、不思議なきもち。朝、冷たい手がおでこにあたる。どんな?て聞かれる。いつもは、きいてくれない願いがかなったり、お昼にテレビがみられたり。
風邪も悪くない。そんな事を大人になっても寝込むと思い出す。

美原仁義 @MiharaHitoyoshi
夜景が一望できるレストランで彼と幸せな時を過ごしていた

「素敵な時間をありがとう」

「大丈夫、君を愛してるから」

「ずっと一緒にいたいな...」

突然、豪華な内装とは不釣り合いな単調なタイマー音が響いた

「恋愛保険をご利用いただきありがとうございました、保証期間はこれで終了です」

.kom(サイトからの投稿)
今日も僕は、職員玄関からこっそり入ってまっすぐ保健室へ。保健室登校、それが今の僕の精一杯。
保健室の先生は、そんな僕に言う事は「ちょっと出てくるね。」と「ただいま。」だけ。余計な事を言っても聞いてもこない。
だから今日もカーテンの下、見える所に上履き置いて、精一杯の保健室登校。

秋助 @akisuke0
壁掛けカレンダーを見る度に、楽しみではない予定が可視化されて落ち込む。バイトの面接、保険料の支払い、職場の忘年会。捨てたら予定ごと消せればいいのに。破りかけたページにはなまるが描かれていた。誰との、何の用事だったのか。不満だけではなかったことに気付き、その記念日を丁寧に書き込む。

川瀬千紗(サイトからの投稿)
駅のホーム、人混みの中。「じゃあ、また」隣にいる彼女にこの言葉を放てば、友達のまま僕らの時間はまた終わる。その保たれた距離を変えたくて、僕は一生分の勇気を振り絞った。彼女の手に僕は触れた。ひやっとした感触がした。彼女は何も言わず、僕も黙っていた。指先だけがただつながっていた。

畔出みるひ @kuro1deMilch
体育館でドリブルしているのは、あなたに見えているほど私じゃない。三乗すると今になる保健室の私は、絶滅した人類の記憶をスリッパで経口摂取して、彼方へ届ける役。美しく飛ぶ紙飛行機の折り方など考えつつ。張りめぐらされた血管に目を回す速贄だったり。ドーナツだったら、どこまでも口紅。

雨蕗空何 @k_icker
きれいな思い出を取り出して、小瓶に詰めて保存したい。
頭の中からなくなって、思い返せなくなってもいい。
変わらずにはいられない関係性の中で、このきれいな思い出ごと、あなたを嫌いになってしまうよりは。

雷田万 @light_10_10000
通勤鞄に入れたお土産と共に、父が仕事から帰宅した。お土産と聞きスイーツやフルーツを期待した母と娘だったが、鞄から登場したのは賞味期限が切れそうな災害時用の保存食。
早速乾パンの缶詰を開ける。生まれてこの方口にしたことのなかった娘は、一つ取り出してぽいっと口に入れた。
「まずい……」

鈴木林 @rinhayashi_tw
寝落ちる瞬間に暗闇の中の点と目が合う。なんだあれ、あ、保温のスイッチ切り忘れてる。毎夜ベッドに溶けながらその光を発見した。明日には消そうと思いながら。光は語り始める。おかげさまで孵化します。急な言葉に焦り、暗闇の中炊飯器に近づくと、カピカピご飯を想像して蓋を開けた。中は空だった。

秋透清太(サイトからの投稿)
通勤ラッシュで賑わう駅のホームに携帯を落としてしまった。駅員に事の次第を伝えると、すぐには拾えないため、駅舎で保管してもらい帰りに受け取ることになった。念のため電話番号を教えてほしいと言われて、連絡を貰う携帯がないことに気づく。駅員もそのことに気づいて、二人で笑った。平和な朝だ。

秋透清太(サイトからの投稿)
二十歳になり保護観察期間を終えた今日、約束どおり保護司に預けていたジッポーを返してもらった。無遠慮な保護司は目の前でよくたばこをふかしたが、俺は約束を守り一度もたばこを咥えなかった。保護司が無言で一本のたばこを差し出してくる。それにジッポーで火を点けて、ふたりで空に煙を吹いた。

秋透清太(サイトからの投稿)
昨年結婚したばかりの後輩の女の子に、夫婦仲を保つ秘訣はなんですかと聞かれて、うまく答えることができなかった。結婚して20年、特段変わったことはしていない。お互い仕事をして、一緒にご飯を食べて、同じベットで眠りにつく。いってらっしゃいと、おかえりなさいのキスをする。ただそれだけだ。

秋透清太(サイトからの投稿)
未曽有のウイルスで一度は保留になった結婚式当日、客席を見ると煌くステンドグラスが目に入る。色とりどりのガラスに囲まれたみんなの口元も、様々な色のマスクで覆われている。それでも、みんなが微笑んでくれているのが分かった。カラフルな笑顔に見守られながら、私たちは口づけを交わした。

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