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【馬と人の関係】うつで2年間ひきこもっていた女性の苦しみと、その闇(3/3)

いつも「心」が孤独と不安の闇を作っていたけれど、
「体」はどんな時でも自分を守っていたという実感が得られたみゆきさん。
「自分の体を信じる」という意識がすこし生まれました。

今回はちょっと長め。ゆっくりと読んで頂ければうれしいです。


1. ルーカスとの絆作り

いつものように、ヒトがウマと絆を結ぶとき、第三者が馬場に入ることはありません。ヒトとウマが「生き物」としてお互いに向き合います。
いろいろと試してみましたが、11メートル四方の馬場のサイズが、お互いのパーソナルスペースを主張し合い、認め、受け入れ合うのに最適でした。

馬場

みゆきさんが馬場に入る前に、ウマとの絆を作る時は、
・状況の展開をあれこれ考えるのは不要であること。
・呼吸で自分が静かになっていることを、みゆきさんよりも早く認知しているのはルーカスの方であること。
など、心構えをご説明しました。

あとは馬場の柵の外からアドバイスします。
みゆきさんは、静かに馬場の中央に向かって歩いて行きます。

ルーカスは馬場の飼い葉桶から干し草を食べながら、耳をみゆきさんに向けて、それでも食べるのをやめず、ムシャムシャ。
でも、ポーズがすっと変わりました。
みゆきさんに自分の横っ腹が見えるように。

みゆきさん、馬場の真ん中で静かに呼吸しているうちに、また涙をこぼしています。この数年、いろいろな思いをしてきたみゆきさん。
あらゆる事に自信を持てなくなり、「自分には生きている価値がない」とまで思い詰めたみゆきさんですから、いろんな思いがこみ上げていたと思います。

通常、ヒトの側の状態によって、途中で休憩を入れることもあるのですが、この時は、休憩を挟まず、黙って様子を見ていました。ルーカスが干し草を食べながらも、片時もみゆきさんから目を離さないからです。

ルーカスと二人きりの馬場で、みゆきさんはいろんな思いが交錯したのか、とうとう、その場にしゃがみ込んで泣いてしまいました。

ルーカスは食べるのをやめました。
そして、みゆきさんのところへ、静かに頭をさげて歩いて行って、泣いているみゆきさんの頭の上に鼻をちょこんと乗せて、「ブルブルブルゥ」とやりました。優しい穏やかな目をしています。

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しゃがみ込んで泣いていたみゆきさんは、目の前にルーカスの蹄が見えたときは、何が何だか分からなかったそうです。
500kgの大きさに圧倒されて、気がつくと頭の上で「ブルブルゥ」とやられ、そのあと、「大丈夫だよ。」と聞こえたそうです。

ルーカスはその後、何度も何度も「大丈夫だよ。」、「大丈夫だよ」と繰り返し繰り返し言ってきたそうです。(あとで本人が仰ってました。そんな気がしたというのではなく、はっきりと「大丈夫だよ。」と聞こえてきたそうです。)

涙がせきを切ったようにあふれ出し、いつまでもルーカスの首に抱きつくみゆきさんでした。ルーカスはだまって静かな目をして立っていました。

これ以上、二人の様子を書く言葉を持ちません。


2. みゆきさんがたどり着いた答え

みゆきさんが涙を拭いながら、洗い場に上がってきておっしゃいました。
「ルーカスが『大丈夫だよ』って何度も何度も言ってくれました。」

「私がこんなふうになったのは、私が私のことを『嫌い』になっていたからでした。」

みゆきさんは、ちいさな時から、
人から「よくできたね。偉いね。」とか「すごいね。」と言われることが、嫌だったそうです。そう言われると、いつもその状態でいなければならない気がして、とてもプレッシャーになっていたそうです。たまにできないことがあると、周囲の、ほんの一瞬がっかりした雰囲気がつらくて、いたたまれない気持ちになったそうです。
学校に行きづらくなりましたが、女手ひとつで自分を育ててくれている、優しいお母さんには心配をかけたくなくて、頑張って学校に行きました。

中学校、高校と上がるにつれて、日常の些細なことでも、友人や先生の評価の的になるのが怖くてたまらなかったといいます。
大学には行きたくなかったそうですが、お母様の希望で進学しました。けれども、やはり周囲の評価の対象になるのが怖くて、とてもつらかったそうです。

みゆきさんの気づき1
これまで怖かった「周囲の評価」とは、成績とか、評判などではなく、「できる、できない。」、「上手、下手」、「明るい、暗い」など、他者が自分に対して抱くであろうと、勝手に思いこんだ「印象」のことで、つまり自分で自分を印象づけていたのでした。自分が一番厳しい目で自分を見ていたのでした。

就職活動は評価と品定めの空気がプンプンしていて、地獄の日々だったと言います。でも、お母様を少しでも楽にさせたい、早く自立したいとの思いでがんばり、外食産業の会社に就職が決まりました。

でも他者の評価目線が痛くて、働くようになっても、やはり萎縮してしまいます。萎縮した気持ちで空回りするみゆきさんに、就職して1年後に投げかけられた言葉があります。

「みゆきさんにはがっかりだよ。1年も教えて云々かんぬん・・・」

いろいろ先輩に教わったけれど、そのとおりに出来ない自分に落ち込んでいたところに、その先輩から言われました。最初の一言のあとは記憶にないそうです。そして配属先が変わり・・・ 結果的にはみゆきさんはつらくて、その会社にいられなくなり、退職しました。

その後、何度か職に就きましたが、頭が重い、体が動かない、息苦しいなどの症状のため、欠勤が続き、結局、退職してしまうということが続き、気がつくと、人と接することが心底から怖くて外に出られなくなったそうです。

みゆきさんの気づき2
自分は他者の評価目線が怖くて萎縮しているうちに、いつのまにか、自分自身をそのような目でしか見られないようになってしまい、「みゆきという人をどこの誰よりも嫌いになっていた。」
体がいくら自分のことを生かそうとしてしても、心がそれを否定するから、体が悲しくなり、めまい、頭痛、息苦しさが起こった。
体の頑張りや優しさを、心がいつも否定しているうちに心と体が離れて、バラバラになってしまった。

3. その後のみゆきさん

ルーカスにはこれまで書いてきたような、みゆきさんのいきさつはわかりません。その積み重ねである今現在のみゆきさんが「在る」だけです。
そして、おそらくみゆきさんの心に、なにか重くのしかかっているような状態と、体がそれに負けそうになっている状態がよくわかっています。

「大丈夫だよ。」と、みゆきさんに聞こえたその声は、ルーカスがその気持ちだけを純粋で混じりけのない、心と体が一致した状態で伝えただけです。心と体が一致した状態で発する言葉は、その核心だけがまっすぐ相手に伝わります。

ルーカスと絆を結んだ後の「安堵感」は、みゆきさんの心の闇を少しずつはらしていったようです。

何ヶ月かして、ふらっと立ち寄ったみゆきさんには、過去の塞ぎ込んだ様子はありませんでした。

「ちょっとハードル高いかなぁとも思いましたが、今は福祉関係の施設で働いています。福祉心理士の資格を取ろうと思って頑張ってます。」

みゆきさんが「ルーク、ありがとうね。」と洗い場から馬場に向かって声をかけました。
「ヒヒーン!」とすぐに応えたのは、タロウさん。
ルーカスはゆっくりとこちらに向かって歩いてきます。

みゆきさん、また涙がこぼれています。

おしまい


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