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【馬と人の関係】浮足立つ

浮き足立つとは、恐怖心や不安感から理性が引っ込み、自失の状態になることを言います。誰でもそんな経験があるのではないでしょうか。


1. 浮き足立つ根源は恐怖と不安

ウマは草食動物です。
すなわち、肉食動物に命を奪われるという宿命を背負っています。

この森の中のどこかに、

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こんな視線で自分たちを見るものがいる。

オオカミの目3


鳥たちのざわめきに気づくのが遅れたり、

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忍び寄る足音に気づくのが、少しでも遅れたら・・・。
命を落とす。
生きていくためには、つねに警戒を怠れない。

5500万年の時をかけて身に染みついているウマの本能は、今でも変わりません。

だから、
ウマは茂みが嫌いです。
何かに驚いて横っ飛びすることがあります。(これ怖いですよ。)
聞いたことのない音にはとても敏感です。(ヒトには聞こえない音も)
両耳をピンと立てて、じっと聞き耳を立てます。(全集中で聞いてます。)
見慣れないものには近づきません。(ヒトには当たり前のものでも)

ヒトが無頓着で、ウマの恐怖や不安に早期に気づかないと、ウマの恐怖や不安を増幅させます。

ウマは、自分の不安や恐怖に気づいてくれない「ヒト」に対しても、大きな不安を感じます。
そして、白目をむいたり、後ろ足でたったり、急に駆け出したりします。

つまり、「浮き足たった」状態です。

いったんウマが暴れ出すと、ヒトには、なすすべがありません。
そうなると、ヒトはあわてて、「力」で抑えようとしますが、時すでにおそし。どうにもなりません。

最悪です。

こうならないためには、
ウマが周囲の環境に心が動く様子を早期に感じ取らなければいけません。
周囲の変化に対処しなければいけません。
どんな状態になっても、ウマに信頼されるヒトでいなければいけません。
どんな状態でも、毅然としたリーダーシップを発揮しなければいけません。
数限りなくある、「〇〇しなければならない」.

これらは、世間が大好きな情勢判断力、人望、指揮統率力。
いわゆる、限りなくある「〇〇力」。
一言で言えば、「人間力」

なんか、ちょっとつまらないですね・・・。

結局、自分にないものを外に求める構図。
本当は、自分の中にすべてあるのに・・・。


2. 恐怖と不安を共有する。

ホースハーモニーでは、基本的に、
「〇〇しなければならい」は少ないですよ。

ウマが驚くのは、周囲の環境変化そのものではありません。
変化のスピードです。大きく変化するか、徐々に変化するか。
「変化の原因」ばかり気にしていると、「変化のスピード」への気づきが遅れます。

周囲の変化に対処するということも、あまりないかもしれません。
それよりは、「受け入れる」術を身につけます。
「拒絶」するなら「対処」しなければいけませんが、「受け入れた」ならば、「適応」します。

どんな状態になっても、ウマに信頼されるヒトになろうとはしませんが、「いつも」ウマと「共に在り」ます。恐怖も不安も共感をもって。
ですから、ヒトだって恐ければ「恐い」と、ウマに伝えてかまいません。
結局それが、相互のいたわりになります。

毅然としたリーダーシップを発揮する必要は滅多にありません。
これをやるとヒトもウマも疲れてしまって、「共に在り」たくなくなってしまいます。

オオカミの気配
獲物を狙う鋭い眼光
急に飛び立つ鳥の群れ
忍び寄る足音

実はその予兆は早い時期に現れています。
群れで生きると、誰かがそれを感じています。
その情報が「信頼」に足るかどうかではありません。
「共に在る」から「信頼」しかありません。
静かに、穏やかに、温かく、仲間の不安と恐怖に「共感」しているから、「変化の速度」そのものが感じられます。

オオカミはとても情緒豊かで、優しい生き物です。
異なる種への思いやりを見せることも、枚挙にいとまがありません。

ウマはそれをよく知っています。
ウマが不安と恐怖を感じるのは、変化の原因ではなく、変化のスピードです。ということは、実は大概のことには驚かないとも言えます。
逆説的ですね。

ウマが浮き足立っているときほど、ヒトはまず、呼吸をします。
すでに変化が急激に起こっていますから、その変化に気づかなかったのは、ヒトの側に原因があります。

息を吐いて、肩の力を抜きます。

暴れているウマを目の前にして、そんなことができるか?
という疑問があるかも知れませんね。

できますとも。

なぜなら、ヒトが息を吐いたとき、
ヒトには、ウマが制御不能で暴れているようには見えません。

ウマが助けを求めているように見えるからです。


おしまい。


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