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人間は「身勝手である」という前提。(映画「羅生門」を観て)

実は、「スタイル」というものに興味を持てなかった。

それは映画に限らず、小説やアート、ファッション、料理やスポーツに至るまで。ありとあらゆる「スタイル」というものの中身を掴みかねていた。

これは、編集者としては致命的である。勉強不足を飛び越えて、勉強放棄と非難されても仕方がない。実際「スタイル」をきちんと学び、その本質を掴むことなくして、どんなジャンルも適切に語ることはできない。

それが揺るぎない真実であると理解しながらも、「あの人っぽいね」とか、「○○に影響を受けているよね」とか、「○○のオマージュじゃないか」という話に、半歩遅れてしまうのが僕である。

*

どうやら、是枝裕和さんが監督を務めた「怪物」という作品が、故・黒澤明が手掛けた「羅生門」のスタイルを踏襲しているらしい。

不朽の名作と呼ばれながら、最近まで鑑賞したことがなかった。黒澤明、三船敏郎、芥川龍之介……。ふーむ。

しかし編集の師から「『怪物』を語るには、『羅生門』は欠かせない」と言われたら、やっぱり観るしかないわけで。「怪物」鑑賞後に、時を置かず「羅生門」もNetflixで観てみることにした。

https://www.netflix.com/title/60010815/  (Netflixでは7月24日まで配信されているようです)

共通点は、3つの視点ということ。

しかし、3つの視点で語られていることは、「怪物」と「羅生門」では全然異なっている。

「怪物」は、シングルマザーの早織、小学校教諭の保利、子ども(湊、依里)の三者の視点によって描かれている。「視点が異なれば、見ている世界も異なる」というのがミソだが、彼らの見ている世界というのは、彼らとしては「正しい」世界である。つまりそこには嘘はなく(多少の誇張はあるかもしれない)、あくまで視点や主観の違いが、双方のすれ違いを生むという構造だ。

「羅生門」は、山賊(演・三船敏郎)、女性(演・京マチ子)、武士(演・森雅之)の三者の視点だ。山賊が、武士の妻である女性を強姦し、なんやかんやあって武士を殺してしまう。山賊は捕えられて、奉行所で裁判を受けるという筋書きである。

「怪物」との違いは、三者の視点(言い分)に、虚実が混じっているという点だ。山賊は武勇伝のように殺人を語り、女性は「かわいそうな女」として身上を語り、武士(死んでいるので巫女によって代弁)は山賊と女性の愚かさを語る。「じゃあどれが真実なの?」と関係者が顔を見合わせるも、実は真実はどれも違う──

そこに、人間のエゴというか、身勝手さが露見するという話だ。

人間は身勝手だ。

それを「怪物」はあまり描いていなかったように思う。「身勝手」というよりも、「そういうもの」として、すれ違うのが「あるある」的な感じで描いたところに「怪物」の物足りなさがあったのではないだろうか。

人間は、平気で嘘をつく。

もちろん文脈によっては、こうした断定はレッテル貼りとして非難されようが、でも、人間というのは大小様々な嘘をつき続けてきた歴史があるわけで。それを正面から描き切ったところに「羅生門」の価値があったように思う。

三船敏郎や京マチ子、森雅之の演技がダントツに優れている。特に京マチ子の演技には痺れた。最初はあんなにも可憐に見え、強姦されたときには同情さえしたものだが、変わり身の早さはたくましさと同時に怖さもあって。あの表情の変化は、どうやって「演技」で叶えたのだろうか。

凄まじい物語を経て、ラストシーンの一抹はようやく希望が見える。「怪物」も希望が見えたという人がいるが、その希望はちょっとした「手癖」のようなものが内在したように思えてならない。

いや、もちろん「怪物」も素晴らしい作品ではあったと思うけれど、「羅生門」という不朽の名作は、奇しくも「門壁」のように立ちはだかったような気がするのだ。

是枝裕和は、「羅生門」を超えられるか。それは、今後の彼自身のキャリアを占う上での試金石になっていくはずである。

──

「名作は、絶対に観た方が良い」

誰もがいうけれど、その凄みをようやく理解できた。1950年代、今より技術も予算もなかったと思うが、「映画をつくるぞ」という気概に満ち溢れていた。映画「羅生門」を皮切りに、過去の名作にもどんどん触れていこうと思う。(100分de名著、ならぬ、100分de名画、なんてのがあっても楽しそうですね)

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