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「靴を脱ぐ」という自立心

3歳の次男と公園に行ったときの話。

なんでもないことだけど、息子の靴の中に小石が入って。スッと立ち止まり、息子は自分で靴を脱いで、靴を裏返しにして小石を出していた。

ちょっと前だったら、「足が痛い」なんて言って、父や母に助けを求めていたのではないか。

そりゃ、自分で靴を脱いだ方が早い。大人の理屈だとそうだけど、息子に「自立」というスタンスがなければ、「靴を脱ぐ」という行動に至らないのではないか。

最近では言葉数も増え、長男とそれなりの言い争いも多くなってきた。

余裕がないときには「静かにして!」と叱ってしまうけれど、喧嘩もまた、「自分の意見を主張する」という行動の顕れなんだよなあ。

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この文章を書いているときに、映画メディア「osanai」に寄稿いただいている兼業主夫、今井峻介さんのnoteを読んだ。

「選択肢が少ない、制約条件が多い、不自由なこどもの中にどうして僕は自由を見出すのか」という今井さんの問い。

かくいう僕も、息子たちが幼少期に過ごした東京を離れ、地方の町に引っ越してきた。友達をいちから作らなければならない息子たちにとって、これほど「不自由」を強いるシチュエーションもないだろう。

それでもこんな“石の道”を発見すると、バランスをとりながら歩くという遊びを見つけてしまう。

すぐ手近なところにある物事すべてが、子どもにとっては遊びにつながって、それがある種の自由“感”になるのではないだろうか。

子どもの姿を見て、思う。

僕は自立できているだろうか。彼らのように自由を携えて生きているだろうか。いつか子どもが親離れする日までに、その答えを獲得できたらと思う。

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