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最悪から始める、最高の旅。(映画「わたしは最悪。」を観て)

走り書きとはいえ、さすがに昨日のnoteはおざなりだった。

ということで、改めて映画「わたしは最悪。」について語ろうと思う。原題は「The Worst Person in the World」。救いのないタイトルだけど、最悪な自分を自覚して、初めてリスタートに至る旅もある。

いまいち自信が持てないときに、「それでも人生って、良いものだよ」と感じられる作品だ。以下、本文として僕の感想を記すけれど、ここまでの文章にピンときた方はぜひAmazon Prime Videoレンタルなどで視聴してみてほしい。(今のところ、定額見放題系のサービスでの配信はありません)

「わたしは最悪。」
(監督:ヨアキム・トリアー、2021年)


──

「悪い」ことしちゃう、楽しさを止めない

冒頭から、主人公のユリヤは迷いまくっている。迷いまくっているときはそれなりに大変そうなのだけど、健全に迷っているように見える。

医者を志したかと思えば、心理学に専攻を変えるし、かと思えばカメラマンになろうとする。カメラマンとしてもなかなか芽が出ない中、ちょろっと執筆した文章がSNSに話題になって、「わたし、文筆家いけるんじゃない?」なんて勘違いする。こういった心変わりを「悪いこと」とは言わないけれど、何かしらの手応えを感じながら意思決定していく姿に共感を覚える人も多いはずだ。

自分の進むべき道への心変わりばかりではない。

ユリヤは歳の離れた恋人から、同世代の男性にスイッチする。「あなたのこと、嫌いになったわけじゃない」「別に好きな人ができたわけでもない」なんて嘘をついて。確かにユリヤは魅力的だ。でも僕としては、半分くらい、別れを告げられた男性に感情移入してしまうのだ。

でも、それが「半分くらい」で留まるのは、ユリヤは全力で生きているから。そしてどこか楽しげだからだ。カジュアルにドラッグを摂取するシーン(ユリヤはずっと若い頃から勉学に励んでいたので、このときまでドラッグを試したことがなかった)も爽やかに映る。

悪いことだって分かってる。でも止まらない。それは「止められない」んじゃなくて、自分の意思で「止まらない」と決めているから

とても清々しい。

死を前に、未来を語れなくなる。

この映画の素晴らしさのひとつに、生(楽しさ)と死(苦しさ)の落差の大きさが挙げられる。

登場人物のひとりが、病に倒れてしまうのだ。そのシーンのリアリティに思わず釘付けになってしまう。

以下は、その彼が口にした台詞だ。

病気に鳴る前からもう創作の模索をやめてた。
古い映画を繰り返し見てばかりだ。
リンチ監督や「ゴッドファーザー Part2」。
「狼たちの午後」は何回見ればいい?

(映画「わたしは最悪。」より引用)

音楽も聴いてる。
以前聴かなかった曲をね。やっぱり古い曲だ。
大人になるまで知らなかった。
まるで隠居した老人だ。

(映画「わたしは最悪。」より引用)

20代初めに受けた刺激だった。
あんな強烈な経験はあれ以降ないけどね。
僕は経験を重ねた。
それが僕のすべてさ。
ガラクタの知識と記憶だ。使えない。
役立たずだ。

(映画「わたしは最悪。」より引用)

僕は正直なところ、今、死について想像することができない。どんな死に方をするのか考えることすらできない。まだまだ全然生きられると思っている。だが、そんな楽観が幻想であることを、大病を患った知人が教えてくれる。

映画の彼もまた、病は突然だった。それまで自分が死ぬことなんて考えていなかっただろう。彼が病について口にし、そして言葉を継ぐ中で、徐々にそして急激に物語は暗転していく。

ああ、こうやって、人間は死を自覚するんだなあ。

その5分あまりのシーンは切なく、そしてとても恐ろしく感じた。

わたしは最悪でも、わたしの人生は最高だ。

「人生」という言葉を軽々しく使いたくはないものの、「人生って最高だよね!」と思える瞬間はときおり訪れる。

それは本当に些細なことだ。僕も先週、「よかれと思って意訳したライティングが褒められた」という嬉しい出来事があった。ああ、そこ気付いてくれたのねと。

結局、映画の中では“何者”にもなれなかったユリヤ。ふたりの元恋人をそれぞれ別の理由で失い、不安定な生活に戻ってしまった。カメラマンとして、俳優のスチール写真の撮影を指示されたユリヤは、自分の仕事はとことん表舞台のスポットライトを浴びないと思い知る。

それでもユリヤは、また歩き出す。「あれ、この写真って案外良くない?」なんて前のめりになる。だーれも気付かないポイントかもしれないけれど、自分の中で手応えを感じられたのだろう。

とても楽しく、そして悲しい物語は、そんなささやかな「手応え」と共に幕を閉じる。ユリヤのバトンが、まるで観客に渡されたようだった

──

ちなみに、日本における上映日は2022年7月1日。

「ファーストデー」とあって、同日に公開された映画は

  • ゆるキャン△

  • バズ・ライトイヤー

  • ブラック・フォン

  • リコリス・ピザ

  • エルヴィス

  • モガディシュ 脱出までの14日間

  • 哭悲/THE SADNESS

といった、秀作揃いの前評判があった。

感覚的には、ポール・トーマス・アンダーソン監督の「リコリス・ピザ」、バズ・ラーマン監督の「エルヴィス」に負けじとも劣らず、じわじわと評判が広がっていったのが「わたしは最悪。」だったように思う。

この映画を観れば、全てを忘れて疾走(失踪?)したいという思いに駆られるだろう。と同時に、「いまの人生も、たぶん悪くない」と地に足つけた旅を再開できるはず。未鑑賞の方、ぜひご覧ください!

そして映画メディア「osanai」でも、コピーライターの里沙さんに感想を執筆いただいています。併せて読んでみてください。

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