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上杉雪灯篭まつりを知っていますけども!

去年は二人で。
今年は一人で。

つっても、現地集合なだけなんですけどね。

上杉雪灯篭まつりを知っていますけども!

あれから一年。

本当にいろんなことがありました。

藤島さんとの出逢いから、竹あかりと米沢とヒトカタリに出逢い、自分の夢を何度も何度も描き直して、追いかけ、たくさんの経験をしてきました。

気がついたらたくさんの仲間ができていて、一緒に夢を追い続けたいと思える人がたくさんたくさん増えたのでした。

そんな大好きな米沢の地に、またもや帰ってきましたよと。

まぁ一年ぶりではなくて一ヶ月振りなんですけど。
結構頻繁に帰ってきているのですけれども。

先月は高畠が実家になったところでした。
今回の雪灯籠まつりはお馴染みの相田ハウスで寝泊まりをしながら、竹あかりの設営と、お祭りの運営、観光をしちゃいましたとさ。

去年は「仕事!仕事!仕事!」ってな気持ちが強かったので、お祭り自体はそこまで楽しめておらず。
さらには当時の私はTHE人見知りだったので、緊張しまくっていたし、藤島さんからのプレッシャーもあった(俺の紹介なんだからヘマすんじゃねぇぞ的な、こう、上司的な)(そんなつもりないと思いますけど)
今年はもう竹あかり的なプレッシャーもないし、単に「米沢大好きなのできちゃいましたヘッヘー!」ってノリで参加しようかなと。

ので、今回は全力で楽しんじゃいました。そういうお話です。

雪灯籠祭りは準備期間を含めて全部で三日間。

1日目 竹あかり設営準備
2日目 竹あかり設営
3日目 撤収

動きは去年とそこまで変化はしていません。

雪灯籠まつりはその名の通り、雪灯篭と、キャンドルのライトアップも行われています。私たちお祭りお手伝いスタッフが基本的に竹あかりの作業に携わっているというシステムなのですね。

私みたいな県外の人でもスタッフ登録をすれば、お手伝いに参加できちゃいます。フェイスブックから実行委員会の人と繋がってしまえばあとは行くだけ!超簡単!

関東からは私を含め七人。ただし到着は全員バラバラ。
忙しいのと、バスを逃すのと、怪我して来れなくなっちゃったのとで、みんな自分の参加スタイルが自由で、とても面白い。

竹あかりガチ勢の私と、もう一人が初日から参加する予定でした。
同じ夜行バスで向かったのにお互いにそのことを到着するまで知らず。仲が良いのか悪いのか……。

まぁガッチリお互いのスケジュールやどう動くかなんて、正直そこまで関係のない話なのかもしれません。知ったからといって、なにが変わるのかという。
帰省ってそういうもんだろう。

一日目

早朝5時に、相田さんが駅まで迎えにきてくれて、無事に我々は帰省に成功したわけです。連絡を色々とミスって直前になってしまったのにも関わらず、相田さんはいつでもどんな時でも、迎えにきてくれます。ありがたいがすぎます。ほんとに。

山形の平均気温は0度とか2度とか。暖冬とはいえ、寒がりにとっちゃ寒いもんは寒いもんで。
部屋をストーブであっためてくれていた相田さんは本当にホスピタリティの塊ですな……私の第二の実家です。

バスでの疲れを癒しながら、数時間寝たら、いよいよ仕事開始!
去年は猛吹雪のなか作業したので、もう何が何だかわからなかったけれど、今日はとっても晴れていて最高の作業日和でした。

CHIKAKENから、後藤さん(すごくかっこいい)と藤島さん(半年ぶりくらいに会えた)、アクセルリンクから大学生が多数、それに竹あかり実行委員、地域のボランティアの人と、いろいろなところからいろいろな人たちがお手伝いにきていました。

竹あかりのお話を聞く私たち。

久しぶりに会う人、始めましての人……
いろんな人に会うたびにまた「帰って来れたなぁ」と思えるもんだ。

一年前にこの場所で「姐さん」と呼ばれてから、いろんな人に「さよねぇ」って呼ばれる機会が増えた。主に米沢を中心に。そして今関わっている人もほとんど。

呼ばれるたびに懐かしくなって、あの時の私を思い出してしまう。こんなに呼んでくれる人が増えたよって、教えたくなる。
あの頃の私とは、だいぶ変わった状態の私が今、この場所にいる。それが面白くって、不思議だ。

そんなこんなで、いつの間にかかわいい弟と妹がたくさんできましたとさ。

いろんなお話をして、相手のことを知っていく。
ついでに私の話もして、相手にも知ってもらう。
黙々と作業をする時間、ゆるっと話す時間、どちらも楽しくて、あっという間に作業が終わりました。

は〜〜〜〜〜い楽しい!準備から楽しい!!

去年と同様、初日は竹あかりの修繕を行なって、中身のLEDライトを取り替えていきました。やはり、外に飾るオブジェは劣化がつきもの。去年よりもかなり多い人手とともに、のんびりお話ししながら作業をしました。

遠く離れた土地でも、知り合いや、友達以上に懐かしさや親しみを運んでくれる人たちがいるっていうのは、改めて不思議なものだなぁと思えた。

「ねぇさーん」って呼ばれるたびに、あ、この場所が私の故郷だったのかもなと錯覚する。

家族みたいな人、っていうとなんだかきな臭い感じがするので、「ふぁみりーって感じ」って表現しようと思う。ふぁみりーって感じ、なのだ。みんなみんな。

日が傾いてきて、気温も下がっていく。暖冬とはいえ、山形の冬はあったか本州育ちの私にとっては厳しいものだった。前回の反省を活かして、厚着をしてきたものの、まだ足りなかったようだった。

あと、ジーンズ生地の上着は雪を吸うからとてもじゃないけれど、使い物にならないことをいまだに私は知らずにいた。

服の厚みは5センチくらいアップしたけれど、防水とか撥水とか、そのへんの知識はすっぽり頭から抜けていまして。しっかりと震えながら、足の感覚がなくなっていくのがわかりました。
最初は「暑いね!」とかほざいて上着を脱いでいたのに。私は寒暖差を考慮しない服装しかできないらしかった。

作業が終わったら、CHIKAKENのお二人をホテルまで連れていったり、お風呂に行ったり、途中合流の人を拾ったり(予定が遅れて外でウクレレ弾いて待ってた。どこのスナフキン?)、となんやかんやでやることずくし。

ご飯を食べて、買い出しして、相田ハウスで飲み会。
のんぞ、にの、のどさん、むぎ、あべちゃん兄妹……

久しぶりの再会を果たした人、初めましての人……全部関係なくゲラゲラ笑いながらお酒を飲んで、取り留めない話を話し続けます。

何を話したかはそんなに覚えていない。けれど、楽しかったのは本当で、夜中3時になっても話はつきませんでした。次の日、7時起きとかなのに。
夜中に、酔っ払った私が寝ている人の枕を掻っ攫ったりとやりたい放題したのですが、そんな楽しい一日もようやく終わり、我々も寝たのでした。
まぁ、その妖怪枕返しの被害者は私と朝から作業を共にしていたハルトさんなのですが。

米沢で一番青い

先月のわらじ神輿まつりにもいた人で、なんと去年の雪灯篭にもいたそうだ
本当は一年前に知り合っていたはずなのですが、私は「竹あかりや!」と燃えていたので限られた人としかお話ししていなかったので認知しておらず。
向こうも「ほとんどの参加してた人には話しかけたんだけどな……」と広く関わろうとしてくれていたのに私はカウントされておらず。
なんか、私たちの最初は、すごく悲しい感じなのだ。

ただ、もっと悲しいことにハルトさんは銭湯で靴箱の鍵をなくしたり、手袋なくしたり、帽子忘れたりと、なにかと運のないヤツ。
ついでに先月のわらじみこしでスマホをどこかに落としたらしい。

さらには枕まで取られてほんまに可哀想。

人一倍熱心に作業していて、誰よりも真面目なのに、この仕打ち。
さすがの私も優しくしようと思った一日でしたとさ。

二日目

案の定ちょっとお酒の残るあくびをして起床。
今日からいよいよ設置が始まるので、体のコンディションはさておいて、現地に向かいます。米沢組はほとんどお仕事があるので先に出発し、お手伝い組の私たちはのんびりと集合先に向かいます。
昨日ウクレレを弾きながら待っててくれたはなちゃんをパーティーに加えて、関東組は足を引っ張らないように頑張りますと。

この日に、関東から2人到着する予定で、それまではお祭りに向けて本格的な設置作業が始まるのでした。

去年CHIKAKENあたりでわちゃわちゃやってたからか、設置メンバーに私も入れてもらえて、電線の圧着や、配置の細かい指示飛ばしのお仕事をもらいました。

後藤さん(マジイケメン)に、設置のコツを教えてもらいながら、雪の中に竹あかりを埋めていきます。大体の配置が決まったら、今度は配線作業。

私もしばらくは竹あかりの設置から離れていたので、忘れてるかも……と不安だったのですが、手は覚えているものですね。
コードを剥いて、圧着して、結束バンドでまとめるところまで案外ちゃんと覚えているものでした。

手袋しない方が作業しやすいの、バグです。


そして経験者面しながら(姐さんと呼ばれるのもいいことに)、指示を飛ばしていきます。地声もそこそこに大きいので現場監督みたいになりました。

そんなこんなでわちゃわちゃ作業を進めていると、藤島さん(そういえば茶髪になっていた)から、「ここはさよさんにしか頼めないから(絶対に言ってました)と目玉オブジェの配線をつなげるまぁまぁハイレベルな作業を任されたりして、親分からの信頼を感じてルンルンしてるのをバレないように、作業を進めました。

日の入り前に竹あかりの設置は終わり、ほっと一息。
去年はもうちょっとギリギリだった気がするので、人手も活気も作業効率もかなり向上したってことなんですかね。まぁもしくは私がとても仕事ができたからなのかもしれません。

今度はキャンドルの火付けのお手伝い。

両手にチャッカマンを持ってろうそくに火をつけていきます。LEDにはない、優しい光もまた素敵ですね。

雪に埋まった竹あかりやオブジェを踏まないように、一つずつ作業していきます。風が吹いてなかなか火のつかないチャッカマンにやきもきしながら、近くの人と話をしながら点灯作業を続けます。途中、ちょっと雪が降ったり止んだりを繰り返しながらも、なんとか今日一日のやることを終わらせることができました。

点灯式も終わり、無事に私たちが配線した竹あかりもライトアップができて本当に一安心。これで電気がつかなかったらめちゃくちゃに焦りますからね。

いつも通り素敵な竹あかり
キャンドルゾーンも素敵すぎる!!

一日があっという間だったような、めちゃくちゃ長かったような。不思議な時間軸で一日を過ごしました。

まだまだこの日は終わらない!!!

合流した関東組と共に車に乗って、ぎゅうぎゅう詰めになりながら温泉に向かい、荷物を置いたら高畠へ。
なぜか。

わらじ神輿で仲良くなった人たちに会いにいくため~~~!!!

先月、アツくお話をしたナベさんと、そこで働いているレイナの元へ、米沢から高畠まで車をぶっ飛ばして向かいました。
扉を開けるのと、そこには数人の常連さんと、レイナとナベさんの姿が。

レイナはお昼頃にも雪灯篭の会場で会っていて、その時にちらっと話はしていた。
ついでに「note全部読んで、今小説の方に着手しているところ」などと嬉しい報告も。もちろん私のnoteです。ぐへへ。

わらじみこしの楽しかった経験を綴った体験記から、どんどん私の超個人的エッセイを遡ってくれたそうで。
ついでに小説まで。いやぁ照れちゃうね。
その話も詳しく聞こうと、関東組を誘ってナベさんのもとへ車を走らせたのでした。

キャアキャア言いながら再会を喜び、お酒を注文。運転手はノンアルで。

カラオケスナックということで、私としては懐かしの気持ちでいっぱいなのですが、他のメンバーは緊張した面持ちで身を固くしていました。

そういえば、若者はスナックとかにいかないんでしたっけ? もう若くないな……と心の中の老いを感じながら、レイナとナベさんとで話をします。先月の高畠のお祭りの話をのんびり振り返りながら。

「本当に楽しかったんだなぁっていうのが伝わってくるエッセイだったよ」
「ワーン嬉しい……ほんと読んでくれてありがとうね」
「それでナベさんにも見せて」
「おお」
「ナベさんがわらじみこしのおっちゃんたちにも送ってた」
「ぉお!?」

レイナとの会話。だいぶ感無量でした。

いつの間にか、私の記事が高畠のおじさまたちの間で回し読みされていた事実に慄きます。急に恥ずかしくなっちゃって、ナベさんの方をうまく見れません。

「ぶっちゃけ、どうです?」
「やっぱりお祭りのことを外の人が発信してくれるのって本当に嬉しいことだと思うよ。ニュースとかはやってるけど、体験した人の生の声っていうのはあんまりないから、貴重だった」
「ワァ……(ちいかわ)」
「でも間違ってるところが二つあったぞ」
「ワ、ワァ!(ちいかわ)」

さすがナベさん。

間違いを見つけるくらい隅々まで読まれていたご様子。
「(ナベさんは)漫画くらいしかいつも見ないのに、全部読んだってことはよっぽど面白くて、読みやすかったんだよ」なんてレイナが言ってくれちゃって。

ちょ、ちょっと幸せすぎやしませんかと。

さすがに動揺してきちゃう。
こんなに幸せなことってあるんでしょうか。自分の作品を読んでくれて、さらに感想までくれちゃって。

「小説は、もうちょっと考えさせる余地みたいなものがあれば、小説家になれそうな文章だと思った」
「エッセイは、本当に感情が伝わってくる文章で、どんどん読んじゃった」

レイナの文章の感想。超絶一部だけど、とってもとっても幸せな時間になりました。

泣いちゃうって。こんなの。
たった一ヶ月前にであって、ちょっとしてから書いた私のnoteから、いろんなことを考えて、いろんな感想を私に教えてくれて。

こんなにも、こんなにも物書きとして、書き手として幸せなことはあるんでしょうか。
生み出した言葉や、考えてきた表現で、少なからず誰かが読んでくれて、心を動かしてくれて。それを伝えてくれて。

この上ないくらい幸せを感じました。ちょっと泣きました。

そこからレイナの話を聞いて、もっともっとレイナのことを知れました。
もっともっとレイナのことが大好きになれた瞬間。
言葉の一つ一つが、スッと心に染み込んでくる感覚がありました。

いろんな経験が、きっとレイナの言葉に力を与えているんだなって思えた。
かっこいいな。

いまでもちょこちょこ連絡を取り合う仲。最近は「まつ毛をキープするならこのコスメ!」って話をしました。あとは愛とか恋とかを考えてみたりとか。

こうやって私の書いたものがきっかけになって誰かと仲良くなれるってことが、とっても嬉しい。
もっと書きたい、もっといろんなことを考えたいって思えるから、本当に嬉しい。

書き手モチベが爆上がってきたところで、アルコールのモチベーションも上がってくる。肩を組んで歌って踊って、あっという間に閉店のお時間。

ほとんど全員酔っ払っています。

まだまだここにいたかったけれど、「またいつでも帰ってこいよ」のナベさんの言葉で、寂しさを振り払います。
ここも実家みたいなものなのでいつでも帰ってきます。連絡なしに帰ってきちゃいます。

帰ってこられる場所があるって、本当に幸せだ。
帰りを待っててくれる人がいるっていうのも、もっと幸せなことだ。

ナベさんのスナックだけじゃない。アクセルリンクのみんなも、のんぞやむぎも、みんなみんな。ふぁみりーって感じの、みんな。

人に逢いにいける旅って素敵やなぁ。ひとりぼっちの期間が長かったからこそ、改めてそう思えた。

ベロベロに酔っ払って、鮨詰めになりながら大雪のなか帰宅する。
ぎゅうぎゅうに詰め込んでいるのに、暴れるから阿鼻叫喚だ。おまけに酒臭い。
窓を開けると寒すぎて冷えるしで、小さな地獄が広がっているのであった。

そんな小地獄を経て、相田ハウスに帰宅。ここから飲み直しです。

そういえば今日が米沢滞在最後の一泊になるのだから、惜しまず体力を使って、全力で楽しみます。
疲れない体を持っている今だからこそ、出し惜しみはしません。

相田さんと、久しぶりにお話をして、ちょっとだけ過去の傷と向き合って。
首が折れるくらい頭を撫でてもらいました。

だんだん歳を重ねていくと、もう大人扱いが当たり前になってしまって、長らく誰かに頭を撫でられることはありませんでした。それでも相田さんからしたら私はまだまだ小娘なわけでして。

たまーに子供に戻っていいよって言われてるような気がして、また泣けた。

それが嬉しくって、あったかくって。
また帰ってきたいってまたまた思うわけ。
いろんなものが込み上げてきて、ギャン泣きしたらティッシュを差し出してくれる人がいて。
詳しい内容を知らずとも、「さよねぇが元気でいてくれれば、それでいいから」なんて恥ずかしがりもせずに声をかけてくれる人がいる。

そういう人のおかげで、今、私が踏ん張って立てているのかなぁ……なんて思ったり。

知らない間に、いろんな人に支えてもらいながらなんとかここまできているのかもしれない。いろんな人が私をみていてくれているのかも知れない。全然ひとりぼっちじゃないじゃん。そう思いました。

そのまま一睡もせず、早朝集合の1人を迎えに行って、私は無事に爆睡。さぁ、最終日を楽しみますよ。

三日目

竹あかり撤収までは初めての参加でして。
だいぶテンションが上がっておりました。

最終日は朝からの準備がないのでお昼からの集合で、たっぷりと寝て、体力回復させてることができました。

お昼に集合して、打ち合わせが終わったら、夜の動きを確認します。ちょっとしたキャンドルの巡回があったりしますが、基本的には自由時間です。
お祭りの催しを見て回ったり、屋台を巡ったりと米沢のお祭りを満喫します。

気がついたら熱燗を飲んでおり、ついでに米沢の日本酒を飲み比べたりと昼間からやりたい放題。
舞台ではダンスや歌や、いろんな出し物が行われます。
CHIKAKENからの竹あかりへの想いを後藤さん(足が長すぎる)と、お手伝いポジションの藤島さん(コートが長すぎる)が、お話をしてくださる。

このお祭りの中で唯一の真面目な時間です。

来年も観れるのかしらと思いながら、2人と、竹あかり実行委員のちゃんみらをあったかい目で見守りました。
花笠(むぎが出てた!かっこいい!)を見たり、アカペラや純烈を見たりと、長時間突っ立っててもなかなか見応えのあるものばかりで、超絶に楽しかったです。

夜は米沢ラーメンを食べて、撤収はしっかりと参加。
竹あかりを雪から救い出して、電源を落とします。これでまた一年、見れなくなるね……とはならず、
他のお祭りでもこの竹あかりは展示されているようで、米沢にとどまらずいろんなところで大活躍しているようでした。

撤去されていく竹あかりがどこか寂しいものに見えました。これが終われば私たちも帰らなくちゃならない。
米沢にはまだまだこれからも定期的にくるけれど、竹あかりが目的で来られる人や、今年でアクセルリンクを卒業する人とは、また一年くらい期間を空けなくちゃ会えない。もしかしたらそれ以上になるのかも知れない。

寂しいなぁ。

でもまぁ、来年の楽しみが一つできたって思えれば、いつか会えるってわかっているのならば、それはそれでいいのかも。
それに、何かのタイミングで、どこかで会えそうな気がいつでもしているのだ。一年なんてあけなくても、ひょっこり会えちゃうような気もしているのだ。
みんなに別れの挨拶をしていたら、泣き出しちゃう子もいて。

あぁ、なんて私は幸せ者なんだって思えたよね。

こんなにも別れを惜しんでくれる人がいて、抱きしめてくれる人がいて。
全然ひとりじゃないじゃんって、ようやく思えた。

私も、「待って”ま”す”か”らぁ”!」って言えるような、そんな人になろう。
言ったからには、ちゃんと待つ人になろう。

改めて、改めてそう思えた。

最後のんぞ別れの舞をしたら、後藤さん(最後までずっとイケメン)に怪訝な顔をされたこと以外は、全部素敵な思い出になりました。

またしばらく会えない人たちがいっぱいいるけれど、

でも、

別れがあるからきっと私たちは強くなれるとも思うのだ。

また会う時まで、パワーアップして、お土産話をたくさん持って、お話しすることを楽しみにすればいいのだ。だから、まだまだ待てるよ。大丈夫。

そんなあったかい気持ちになって、お祭り会場を後にしましたとさ。

そんなこんなで

夜行バスで帰宅する私たち。帰るまでにちょっとだけ時間がありました。
さて何をするか。

酒盛りですね~~!!!

最後の最後まで、酒の一滴すらも舐め尽くす、そんな勢い。前日の買い出しであまりにもお酒を買ってしまったので、飲まなきゃ!な精神のだけなんですけれども。

相田さんは普段一人暮らしなので、大量の酒やつまみがあっても困っちゃう(絶対にそんなことはないけれども)。
時間のある飲兵衛たちがこぞって酒を飲むと。そういう運びですね。

今年で米沢を離れる、同い年の人と色々と話します。この場で唯一の同い年は、なんだか気が許せちゃうもんで、ゲラゲラ笑いながらいろんな話をします。

途中で私の帰りの準備がとんでもなく進んでいないことに気づいてドタバタしながら準備をして、ガールズトークもして、てんやわんやの大騒ぎ。
ここでもわらじみこし以来の人がいて、いろんな話をします。
まぁ、そこまで実りのある話ではないけれど。
それを気軽に、ぽんぽん話せるのがお酒の力なのかなって思います。

もう何をみても何を話しても面白いゾーンに入ってしまいました。
お酒の入っているグラスが小さいのも面白いし、短時間でいろんなお酒をぐいぐい飲んでいるのも面白い。この後本当に帰るのが信じられなかった。
ハルトがポップコーン作るの失敗して呼吸ができなくなる。

最後の最後まで飲んで、騒いで、大笑いして、駅前へ向かいました。

たくさんの人のお見送りと、お土産とお手紙をもらって、最後の最後でもっとハッピーな気持ちになりました。

あぁ、嬉しいな。

こんなにもまた「帰ってきたい!」と思える場所があるなんて。とってもありがたい。

この文章を書いている時点でも、いろんな人の顔が思い浮かんでくる。

ありがとう。言っても言っても足りないくらいの嬉しい気持ちをもらいました。

まだまだもらった恩を返せるくらい——いや、誰かに送るくらい何も成し遂げてはいないけれど、それでも誰かに何かを与えられる人になりたいと思うくらいには、大きくなった気がします。

バスの外からスマホのライトを当ててなんちゃってディズニーをしながら、見送ってくれた人たちに別れを告げます。これでまた、わたしたちは東京に帰っていく。

適度に酔っ払って、すぐに眠りについたけれども思い出すのはあの雪景色と竹灯篭、みんなの姿……。

また一つ、忘れられない思い出ができてもう少し日常を頑張ってみようと思えたのでした。

ちなみに、相田さんの家に化粧道具一式忘れました。しばらくすっぴんです。


最高の仲間たち!ありがとう!!

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