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教科書を読む「蜘蛛の糸」⑥

noteで夜な夜な一人で綴っていた朗読の為の解析文を4月本にしていただきました。突然のお声がけに驚きましたが、編集の林さん出版社カンゼンさんのお力でどんどん本になっていく様子は感動でした。沢山取材もしていただきました。皆様に本当に感謝です。
https://note.com/kanzen/n/nb742a0fe1e0f

noteでの蜘蛛の糸は途中までだったので、ここからは本の内容と一緒ですがとりあえず最後まで解説を。


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すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、今ではもう暗の底にいつの間にかかくれて居ります。それからあのぼんやり光っている恐しい針の山も、足の下になってしまいました。この分でのぼって行けば、地獄からぬけ出すのも、存外わけがないかも知れません。カンダタは両手を蜘蛛の糸にからみながら、ここへ来てから何年にも出した事のない声で、「しめた。しめた。」と笑いました。

「血の池が闇の底に隠れ、針の山も足の下に」と全ての情報がプラスで自分に都合よく見えてきます。自分勝手な人間の目線です。カンダタの忘我と浅はかさの増幅のピークをあの叫び「おりと、おりろ」の箇所に持っていくのです。「すると〜存外わけがないかもしれません。」は気持ちが高揚し「しめたしめた」というセリフに向かっていくのでスピードをあげてかつ上っ調子で。すると、の「」をスタッカートに発声し、待ちきれずに次の一生懸命の「」を焦ってかぶれていきます。蜘蛛の糸の下方に気づくという落ちサビ前のピアニッシモ。自分だけ人知れずに動いていると思い込むカンダタと同じようにセリフを吐きながら自分の頭の中で「しめた、しめた、早く、早く」と言葉をリフレインさせてください。

そしてカンダタのセリフ「しめた、しめた」です。声の出し方のヒントはいつも文中にあります。皆さんももう何年も出したことのないような狂喜の声をあげてください。かつ細い儚い糸を両手で絡めてしまうくらい、全身の力が今、雲を持つ手にかかっているのですから、体の中の喜びを絞り出してエネルギーを爆発させてください。そしてなんの努力もなく宝くじが当たった時のようなしてやったり感。軽薄にほくそ笑んで出すのです。


ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限かずかぎりもない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。カンダタはこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、莫迦ばかのように大きな口を開あいたまま、眼ばかり動かして居りました。自分一人でさえ断きれそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数にんずの重みに堪える事が出来ましょう。もし万一途中で断きれたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。そんな事があったら、大変でございます。が、そう云う中にも、罪人たちは何百となく何千となく、まっ暗な血の池の底から、うようよと這はい上って、細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、せっせとのぼって参ります。今の中にどうかしなければ、糸はまん中から二つに断れて、落ちてしまうのに違いありません。

「ところがふと気がつきますと」にはたっぷりの間。プラスからマイナスへの場面転換です。そして現実の場面を一つ一つ発見しながら、自分の運が尽きていくことへの焦り、追い込まれ詰んでいくことで感情が乱れ始めるのです。「罪人」「蟻の行列」「一心に上ってくる」気味悪いワードはしっかり地を這うように出しつつ、感情の乱れは「ところが」「まるで」「どうして」「もし」などの音の高さを不揃いに輪舞させてあげると良いです。

自分一人でさえ」からは側と我に帰り、身勝手で狭い考えの中にどんどんとらわれていきます。もしこうなれば、もしこうなったらと焦りとともに声自体半べその状態です。そして、よく文章をみていくと、「自分一人〜」現状「もし」仮定、「折角」結果、「そういう中にも」現状「今のうちに」仮定「糸は」結果・・という具合に現状と仮定と結果が繰り返されるのでリズムよく文を刻んでいきます。


 そこでカンダタは大きな声を出して、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己おれのものだぞ。お前たちは一体誰に尋きいて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚わめきました。

そしてやってまいりました。このセリフです。
糸の下の方に捕まる罪人たちを振り落とすように叫んでください。
 何万理となく離れている糸の下に届くようにです。罪人の注意を引き付けるように。「こらッ、罪人どもオッ〜」と子どもが地団駄を踏む感じでもあります。「この糸は己のものだぞ」は威嚇して。「お前たちはいったい誰に聞いて上ってきた」問い詰めて。
 この辺りになると恐怖でもうわけが分からなくなって、騒ぎ立てるのです。
 「あがってきたーあー!」と言葉の後にまた「あ」が出てくるような言葉自体整ってなく絡まってる。「下りろ、下りろ」は最初の下りろは「下りろッ」と振りほどくように発声し、二つ目の「下りろーーーッ」はもう一度念を押して「ろーーー」からに力を入れます。声を枯らしての命令。もう横暴の極みなのです。極限の中で、人の身勝手さがピークに達した常軌を逸した叫びです。

 その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、カンダタのぶら下っている所から、ぷつりと音を立てて断きれました。ですからカンダタもたまりません。あっと云う間まもなく風を切って、独楽こまのようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。
 後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。

喚きました。」から「その途端でございます」は間などなく一気行ってください。でもここではまだ予想させずにむしろ期待値を微妙にあげて。「ぷつりと音を立てて切れました。」ここあたりからもうお釈迦様の素知ら感じを入れていきます。しれっと切れるのです。言葉もさらりとあっさり。時うに驚きを入れずに。「ですからカンダタもたまりません」の「カンダタ」は
しっかり立ててあげて。「あっという間に〜落ちてしまいました」まで直線的に一息で言い切る感じです。に対し「後にはただ〜短く垂れているばかりでございます」はスローモーション。糸が降りてきてから切れるまでの、その状況により速度が変わるカンダタの脳内時計をしっかりととらえてください。


2021、9、15 TBSアナウンサー堀井美香