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アンジェイ・ワイダ監督追悼 ワイダ映画と音楽、そしてジャズ

50年代後半からポーランド映画のすばらしさ、クオリティの高さを世界に知らしめてきた、映画史に残る巨匠アンジェイ・ワイダ Andrzej Wajdaが10月9日に亡くなりました。90歳でした。

初期の代表作「抵抗三部作」(世代、地下水道、灰とダイヤモンド)でも知ることができる、ポーランドの激動の時代を生き抜いて来られたことを思えば、大変長生きされたという印象もあります。

さて、彼の映画界での存在はあまりにも大きく、現在巨匠となっている世界中の監督たちも彼の影響を受けたり、尊敬したりしています。なので、私がここで映画人としての彼やその作品について書かずとも、これからたくさんの人がその視点から書くでしょう。

というわけで私は自分なりのやり方で彼を追悼するべく、この紹介記事を書きます。ちなみに彼のファミリーネームは実はワイダではなく「ヴァイダ」です。ここではしばし日本での通名を忘れていただき、ヴァイダで通しますね。この機会にポーランド語のwはヴ(+母音でヴァ行。wa ヴァ/wi ヴィ/wu ヴ/we ヴェ/wo ヴォ・語末のwは「フ」)だとおぼえていただけると嬉しいです。

ヴァイダの周りには、常にポーランド最高の作曲家やミュージシャンがいました。彼らは芸術家という絆以上に、戦後の混乱期をともに生きる仲間という意識が強かったのだと思います。そして、その仲間たちに自分の作品の音楽制作を積極的にオファーし、スクリーンに流れる映像美とともに彼らの音楽のすごさを世界に知らしめたのです。

まさにポーランド芸術の親善大使としての役割をヴァイダは果たしたのです。

それでは、どんな作曲家たちがどんな作品に関わっているのかをご紹介して行きましょう。

クシシュトフ・コメダ Krzysztof Komeda
ポーランド・ジャズの礎を作った伝説の作曲家、ピアニスト。映画音楽作品は数十を数えます。ポーランドのジャズの話を日本の人とすると、ほぼ必ずこの人の話題になります。アメリカのマイルス・デイヴィスみたいな感じですね。ヴァイダ作品では初期の青春映画『夜の終りに』で音楽を担当。しかもチョイ役で出演もしています。

上の写真はその『夜の終りに』のワンシーンなのですが、バイクの一番後ろに乗っている眼鏡くんがコメダです。コメダのジャズ演奏をもう一曲聴いていただきましょうか。「東欧のカインド・オブ・ブルー」と呼ばれている1965年の傑作『Astigmatic』からの曲です。

さて、上のバイクで彼の前に座っているのが彼の良きライヴァルだったジャズ・ピアニスト、アンジェイ・チシャスコフスキ Andrzej Trzaskowskiです。チシャスコフスキはヴァイダ作品には音楽を提供していませんが、彼もジャズ出身の映画音楽家として名を馳せます。

イェジ・ドゥドゥシ・マトゥシュキェヴィチ Jerzy Duduś Matuszkiewicz
コメダに先駆けてシーン最先端を突っ走っていた戦後ポーランドの最初のジャズ・ヒーローです。メロマニ Melomaniというスウィング・ジャズ・バンドを率いて、後輩格のコメダやチシャスコフスキらをメンバーとして参加させていました。彼もまたジャズ発映画音楽家として偉大な存在でした。ヴァイダ作品では石原慎太郎も監督を務めたオムニバス映画『二十歳の恋』ワルシャワ編で音楽を制作。
*下の動画は「二十歳の恋」のものではありませんが彼の仕事です。

当時のジャズ・ミュージシャンたちにとって映画が重要な居場所になっていたこと、そして若者たちにとってジャズが大事な居場所になっていたことがよくわかるのが『夜の終りに』だと思います。データなどの目に見えない部分で、若き映画監督たちとジャズ奏者たちは友情を育んでいたはずです。

アンジェイ・コジンスキ Andrzej Korzyński
コメダやチシャスコフスキ、マトゥシュキェヴィチらはジャズと映画音楽を兼任するマルチな作曲家でしたが、一方70年代からは映画音楽を専業で制作する職業映画音楽家も活躍しはじめます。このコジンスキはその先駆的存在でもありましたし、自分のやりたいことをすべて映画音楽にぶち込むかなり個性的なサウンドの持ち主でもありました。ジャズ・ロック色が前面に出た彼の音楽はプログレ・ファンやDJにも愛されています。ワイダ作品では『すべて売り物』『蝿取り紙』『白樺の林』『大理石の男』『鉄の男』などで音楽を担当。ポーランド映画史に残る隠れた名コンビなんですよ。

これは『蝿取り紙』のテーマ曲みたいなラウンジ・ボッサの名曲。ポーランド・ジャズ最高のジャズ・コンテンツとして知られるジャズ・コーラス・グループNovi Singersの紅一点エヴァ・ヴァナト Ewa Wanatがヴォーカルです。

あと『大理石の男』のオープニング↓もカッコいいです。フロア・ネタで使われまくっている名曲ですね。これはソフト・ロック系のフィメール・ポップ・コーラス・ユニット、アリバプキ Alibabkiが歌っています。

ちなみに『蝿取り紙』にはポーランドを代表するシンガー・ソングライターのマレク・グレフタ Marek Grechutaもチョイ役で出ています。そんな感じでヴァイダはロックやポップ・シーンともちゃんとつながりがあったんですね。

ヴォイチェフ・キラル Wojciech Kilar
20世紀ポーランドを代表する現代音楽家のひとりです。そして、すばらしい映画音楽家でもありました。ポーランドではジャズだけでなく、現代音楽のコンポーザーも多数映画音楽に携わりました。ヴァイダ作品では『パン・タデウシュ』の「ポロネーズ」がとても有名ですが、他にも『愛の記録』『コルチャック先生』など後期の作品を中心に担当しています。ロマン・ポランスキ作品の仕事も超有名です。

タデウシュ・バイルト Tadeusz Baird
彼もまた現代音楽シーンに大きな足跡を残した作曲家です。特に1956年に彼が同じく現代音楽作曲家のカジミエシュ・セロツキと一緒に立ち上げた現代音楽専門フェスティヴァル「ワルシャワの秋」は現在も続いており、若手作曲家たちの良き登竜門になっています。ヴァイダ作品では『サムソン』『ロトナ』で音楽を担当。

ヤン・クレンツ Jan Krenz
若い頃は上のバイルトらとつるむバリバリの現代音楽作曲家でしたが、やがてポーランドを代表する大指揮者として大成しました。近年は作曲家としての再評価も徐々に増えてきています。ヴァイダ作品では何と言ってもあの『地下水道』ですね。

アンジェイ・マルコフスキ Andrzej Markowski
この人はあまり有名な作曲家ではありませんが、上の『地下水道』でも描かれたワルシャワ蜂起にも実際に参加したという経歴を持っています。戦後はロンドンで音楽を学び、ポーランドでミュージック・コンクレートという手法に挑戦した最初の作曲家とも言われています。指揮者としても著名です。ヴァイダ作品では長編デビュー作『世代』『灰』など初期作品で音楽を担当しています。

クシシュトフ・ペンデレツキ Krzysztof Penderecki
この人は、ある意味ポーランド音楽界最高のヒーローかも知れません。トーン・クラスターという手法を使った「広島に捧げる哀歌」は誰もが挙げる現代音楽の名曲です。ヴァイダ作品では最後期の『カティンの森』で既存作品の抜粋という形で音楽を提供しています。60年代はけっこう旺盛にドキュメンタリー映画やテレビ番組のために音楽を制作していた模様です。

パヴェウ・ムィキェティン Paweł Mykietyn
ジャズ・ミュージシャンも「いまオススメの作曲家」として挙げることも多い現代の現代音楽家のヒーローになりつつある人。イェジ・スコリモフスキ監督からの信頼も厚く、彼の話題の最新作『イレブン・ミニッツ』もムィキェティンの音楽です。ヴァイダ作品では『ワレサ 連帯の男』『菖蒲』で音楽を担当しました。日本での愛称「ミキちゃん」

さて、そんなヴァイダの遺作となってしまった『残像』(2017年公開予定)では50年代にロンドンに移住したポーランド人作曲家アンジェイ・パヌフニク Andrzej Panufnikの作品をピアノとチェロで演奏して音楽にしているようです。最後の最後まで、ヴァイダはポーランド音楽の親善大使でもあったのですね。

さて、個人的な思い出を最後に書きます。私がポーランド映画やヴァイダの作品にはじめて触れたのは、10数年前まで住んでいた東京の、中野区立中央図書館に和田誠が表紙を書いたポーランド映画傑作選のビデオ・シリーズが置いてあったからです。同シリーズで最初に借りたのが確か『地下水道』だったかと。衝撃を受けました。特に最後の「手」の場面に。

今のように仕事になるまでポーランドのジャズにドはまりするのはもう少し先のことなのですが、ひょっとしたら「ポーランド」という国を強く意識しはじめたのはこの頃がきっかけだったのかなと思います。それほどに、この時ビデオで見た作品の数々が印象的だったのです。

青森に引っ越してからは、今では超レアな「ワイダ 幻のコレクション」というビデオ・シリーズを人に借金してまでオークションで落札したりしました。それらは今でも宝物です。借金は、返すのにだいぶかかりました(苦笑)

一映画ファンとしては、近年の作品は正直あまり・・・という感じではありましたが、偉大な監督なのは変わりませんし、現実に対して映画で向かい合う姿勢はすごいと思います。すばらしい「もうひとつの世界」を、ほんとうにありがとうございました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。お会いしたかったです。

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