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ポーランド人ピアニストと話した「ねぶた祭り」のこと

僕が住んでいる青森市は明日からまたねぶた祭りです。我が街では、ねぶたが終わると夏が終わると言われ、実際そのあとは秋の気配が漂いはじめるのですが、市民のマインドの面でも「祭りの後」っぽい消化試合的な認識になるのかもしれません。そして、長い冬が待っています。

青森市の雪、こんな感じです。

さて音楽ライターとしての僕は、いちおうポーランドのジャズが専門分野ということになっています。この分野を日本に広めるため、これまでディスクガイドの監修&共著、トークイベントの出演、コンピレーションCD(↓の2枚)の選曲、DJ、映画の字幕監修などなどいろんなことをやってきました。

青森市は偶然引っ越してきたに過ぎず、この街でポーランドのジャズ専門のライターをはじめたのもまた偶然に過ぎないのですが、ポーランドと青森にいくつか共通点があることに驚かされました。

リンゴやカシスの世界/日本におけるトップクラスの生産地で、独特の個性を持つクリエイターを数多く輩出。母語(ポーランド語/津軽弁)の習得難易度が高く、シャイで最初はとっつきにくく会話も弾まないのに内にはとても熱いスピリットとこだわりの強さが秘められている人が多い。

津軽地方のいたるところで見られるリンゴ

そんな共通点のうちの一つが、ねぶたのようにシンプルなメロディとリズムを持つ民謡の伝統が文化や日常の中に深く根づいているというところだと僕は思っています。

青森市では、ほんとうに数多くの人がねぶた囃子の演奏に関わります。笛、太鼓、手振りの鉦に跳人(はねと)たちの思い思いの踊りとかけ声がかけ合わさってダイナミックな囃子が形成されます。それはこの街の各地で、演奏の技術が次の世代へと受け継がれていく伝承のシステムが機能しているからこその一体感。

ちなみに、ポーランド・ジャズの伝説コメダのこの曲↓にもどことなく「ねぶた」が感じられます。リズムが似てません?

僕はポーランドに住んだことがないので、あくまでライターとしての視点から見た表面的なイメージに過ぎませんが、少なくともこの国の、ジャズというプラットフォームの中においては、民謡や伝統音楽が太く受け継がれているように思います。民謡の要素を色濃く反映した「民謡ジャズ」というジャンルがとても盛んなのです。

青森とポーランドの文化の交差点にいる僕は、過去に何度かポーランドに現地取材に行ったことがあります。その頃僕はまだフェイスブックなどSNSで盛んに発信していて、投稿内容の中には青森の風景の写真や文化についてのものもけっこうありました。

市内某所にあるトンガリシェイプのビル

そもそもフェイスブックをはじめたのは、ポーランドのミュージシャンたちが発信する情報をいち早くキャッチしたかったのと、みんなとネット上でコミュニケーションを取りたかったから。

当然ポーランドの人たちも僕の青森に関する投稿を見ているわけです。だからなのかどうか、ポーランドに行くと「あの(青森の海の)写真良かったね」とか「君の街ではどういうものを食べるの?」とかなどの青森ネタ会話になることもあるのでした。

八甲田ロープウェイから見た山の紅葉

そんな中で特にびっくりしたのが、2018年の冬にクラクフで「実は僕、君の街のサマー・フェスティヴァルを見に行ったことがあるんだよ」と言われたことです。それはグダニスク出身のピアニストSzymon Burnos シモン・ブルノスの言葉でした。サマー・フェスティヴァルとは言うまでもなくねぶたのこと。

シモンはあの豪華客船「飛鳥II」の船内バンドの仕事で世界をまわったことがあって、ちょうどねぶたの時に青森に寄港したのだそうです。実は飛鳥IIってけっこうポーランドのミュージシャンが演奏の仕事で参加してることがあるみたいで、同じくピアニストのKamil Piotrowicz カミル・ピョトロヴィチもこの仕事の途中、横浜で船上から雪景色を見たと言ってました。

青森市の海

その会話をした時シモンはヴァイオリニストのTomasz Chyla トマシュ・ヒワが率いるクインテットのメンバーで、同バンドは何と、インプロヴィゼーションがベースになった組曲を収録した意欲的な2ndアルバム「Circlesongs」で「Yoshinori's Garden」という曲を僕に捧げてくれていたのでした。ヨシノリは僕の本名なのです。

トマシュ・ヒワのバンドは、レペゼン・グダンスクの才能にあふれた若手が集結したスーパー・バンドで、4thの「Da Vinci」からメンバーが一部交代してシモンは脱退してしまうのですが、彼らは変わらず仲が良いみたいですし、グループでもソロでもいろんなことにチャレンジして、ポーランドのジャズが好きなら絶対に見逃せないコミュニティを形成しています。

僕自身はそれほどお祭りが好きなわけでもなく、ねぶたをしっかり見たのもこの20年間近くの青森市暮らしの中で2度くらいしかありません。でも、この時期になると街のあちこちから聞こえてくるねぶた囃子の練習の音や、祭りムードが徐々に盛り上がってくる空気を感じると、シモンと交わしたねぶたについての会話を思い出して、ふふっと笑ってしまうのです。

青森とポーランドの遠いようで近い縁を感じて、気持ちがあったかくなる感じがするんですよね。今日もまた、そんなささやかな思い出を胸に、ねぶたを明日に控えた青森市の街を歩いたのでした。

↓では、グダンスク・シーンが生んだアルバムをいくつかご紹介。ちなみにグダンスクと青森市は、北側に海がある港街という共通点もありました。

青森市の海その2

トマシュ・ヒワ・クインテットはデビュー直後にヴロツワフのジャズ・フェス取材で知りました。真夜中に行われたライヴを見てその音楽性に衝撃を受け、会場で売っていた1stをすぐ衝動買い。

シモン・ブルノスが以前「こんなの作ったよ」と教えてくれました。テクノ・ポップやエクスペリメンタル、エレクトロニカとかがミックスされた感じ。

メンバーがアメリカ人風の変名(例:Piotr Checki → Peter Stanley Chester)を使っている一筋縄ではいかないエクスペリメンタルでポスト・ロックなジャズ。

シモンと同じく飛鳥IIの仕事をしたカミル・ピョトロヴィチのセクステット最新作。彼は日本のベーシスト小美濃悠太さんとも共演してます。

今、日本でものすごく注目されているピアニスト2人のうちハニャ・ラニはグダンスク出身ですし、グダンスクよりさらに北のプツクという街の生まれのスワヴェク・ヤスクウケのセクステットはグダンスク・シーンの旬の若手を起用。

現代ポーランド・ジャズを代表するスーパーヒーロー、レシェク・モジジェルとヴォイテク・マゾレフスキもグダンスク出身です↓


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