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ポーランド・ジャズのライナー2枚執筆しました。参照音源一覧その2

東京エムプラスから発売される2枚のポーランド・ジャズ作品のライナーノートを執筆させていただきました。この2枚↓です。

①アダム・バウディフ「レジェンド~ヘンリク・ヴィエニャフスキの音楽にインスパイアされたアルバム」

②クバ・ヴィエンツェク&ピオトル・オジェホフスキ「ドラキュラの主題」

どちらの作品もポーランド出身の偉大な作曲家(ヘンリク・ヴィエニャフスキとヴォイチェフ・キラル)の音楽をコンセプトにしているのですが、どちらも「直接のカヴァー」ではなく、それらにインスパイアされた作曲と演奏になっている、というところがポイントです。

一風変わったコンセプトとも思えますが、近年ではジャズ・ピアニストで映画音楽家のクシシュトフ・コメダの楽曲を解体・再構築したスワヴェク・ヤスクウケの「コメダ(RECOMPOSED)」という見事な先例がありました。ちなみにこちらの国内盤(CORE PORT)のライナーも僕が担当していて、その手法について詳しく書いています。ここまでが共通のまえがきで、以下その1とその2でそれぞれ2枚のうち片方ずつに触れています。

本記事では、②(クバ・ヴィエンツェフ&ピオトル・オジェホフスキ「ドラキュラの主題」)のライナー執筆の際に参照した音源をいくつかご紹介します。

その1↓

その2「ドラキュラの主題」の試聴動画↓

本作のインスピレーションの源泉になっているのは、ポーランドを代表する現代音楽コンポーザー、ヴォイチェフ・キラルがフランシス・フォード・コッポラ監督の映画「ドラキュラ」のために作った音楽です。

実はキラルは、非常に多作な映画音楽の作曲家でもあったんです。アンジェイ・ワイダ(ヴァイダ)やロマン・ポランスキ、イェジ・スコリモフスキ、クシシュトフ・ザヌッシ、クシシュトフ・キェシロフスキら偉大なポーランド人監督の名作の数々で仕事をしています。

ポーランド最強のアーカイヴ発掘レーベルGAD Recordsからキラルのサントラが次々とリリースされています。これ↓はその1枚。

ヴォイチェフ・キラルのサントラについては下記のCDも聴きました。
Film Music - Wojciech Kilar(OCD602,Olympia)
WIelcy Kompozytorzy Filmowi 1 - Wojciech Kilar(Agora SA)

キラルは映画音楽の世界で数多くの美しいメロディを作っていて、それを教えてくれるソロピアノ作品↓もあります。ライナーでは違うアルバムを紹介していますがSpotifyになかったのでこちらを。

ライナーで挙げたCDはKuba Stankiewiczのソロピアノ作「Kilar」(V Records)です。キラルの音楽のことを何も知らなくても心震わせられる美しい作品です。

ポーランドでは、現代音楽またはジャズと映画音楽の二足の草鞋を履くコンポーザーが多いのですが、前者ではキラルがその代表的な存在。ひょっとしたら映画音楽作品のほうが多いかもです。ライナーでは、キラルの音楽の個性が映像と相性が良かったのでは、ということを書いています。

キラルの音楽性がよくわかる参考音源いくつか。

彼のコンテンポラリー・クラシカル作品でいちばん有名な「クシェサニ」とか合唱入りの「エクソダス」など。

ミニマル、チルアウト、プログレとかとの親和性も高い「ピアノ協奏曲」

現代音楽と映画音楽を股にかけたトップランナーがキラルなら、ジャズと映画音楽と言えば何と言ってもクシシュトフ・コメダですよね。ポランスキやスコリモフスキとのコラボが有名です。ライナーでは、戦後のポーランドで現代音楽とジャズが同時代的に盛り上がっていたことなども書きました。

ポランスキの「水の中のナイフ」「タンスと二人の男」など↓

コメダは本業?のジャズでも世界ジャズ史に燦然と輝く超名盤「アスティグマティック」を残しています。これマイルスの「ネフェルティティ」より前よ。ヤバくね? 今聴いても新しいです。録音もすごい。

ドラキュラの映画音楽は、コッポラ自らがキラルにオファーしたそうなのですが、彼はどうしてキラルを選んだのでしょうか。その辺の推理をライナーに書いています。またこの作品は、ポーランド人にとってポランスキとコメダによる「ローズマリーの赤ちゃん」と同じような意味を持っているのではないかということも書きました。

ライナー内で、以前僕が行ったインタビューからの言葉を引用したピアニスト、レシェク・モジジェルが弾くコメダ。

ちなみにライナーでは字数の関係で触れられませんでしたが、ポーランドのコンポーザーの現代音楽と映画音楽の二刀流スタイルはキェシロフスキとの名コンビが有名なズビグニェフ・プレイスネルや、スコリモフスキとのコラボでも気を吐くパヴェウ・ミキェティンなどの作曲家に受け継がれています。プレイスネルの楽曲をモジジェルやドミニク・ヴァニャなどのジャズ・ピアニストが弾いたり、ミキェティンの作品の録音にジャズ・ミュージシャンも参加していたりして、そのへんの交流も面白いですよ。

本作「ドラキュラ」で演奏している二人、クバ・ヴィエンツェク(アルト・サックス)とピオトル・オジェホフスキはどちらも今のポーランド・ジャズ若手世代きっての演奏家。どちらも天才です。演奏は特殊奏法の嵐なのですが、ものすごく聴きやすいし、理知的なグルーヴがあります。このアルバムの最大の特徴は、アヴァンギャルドな音楽性なのにどこかマシーナリーなフィーリングがあるところかもしれません。

オジェホフスキはソロピアノ・アーティストとしての別名「ピアノフーリガン」でも活動している鬼才。グレート・ムタとの一人二役をやっている武藤敬司みたいなもの? 彼の特殊奏法ピアノは非常に独特な構築性があって、エレクトロミュージックやテクノなんかも吸収している感じです。

伝統音楽のリズム「オベレク」をモチーフにしたこれとかマジヤバい。プリペアードの使い方、アイディアがすごいです。

ピアノフーリガンとしては、下記のアルバムもぜひ。どれもすごい。

Pianohooligan / Experiment : Penderecki
Pianohooligan / 24 Preludes & Improvisations

ポーランドのピアノでプリペアードやプレイングノイズの導入と言ったらスワヴェク・ヤスクウケのこの傑作↓をはずすわけにはいきませんね。エレクトロなセンスがバックグラウンドにある演奏です。

ところで本作「ドラキュラの主題」がレコーディングされたのは、ヤスクウケの「夢の中へ」と同じMonochrom Studio。近年リリースされた数多くの名盤を支えてきたスタジオで、本作は音響の美しさを味わう作品でもあります。ちなみにこのスタジオの音響設計は日本の豊島総合研究所のようです。

ピアノフーリガンは、ジャズ・ピアニストとしての活動では本名のピオトル・オジェホフスキを使っています。そちらではジョー・ザヴィヌルのカヴァー集のこれ↓がパねかった。なんで国内盤出ないの?

あとは彼のバンドHigh Definition QuartetがあのフェネスやポーランドのレジェンダリーなDJデュオSkalpelのIgor Boxxらと共演した作品↓なんかも面白いです。本作「ドラキュラ」と同じレーベルAnaklasisから。

対するヴィエンツェクも、一時は「ポーランドでいちばん忙しい」とか言われていた超売れっ子で、どこにでも現れる大活躍ぶり。サックス・トリオ編成によるリーダー作もシンセ導入&テクノやビートミュージックっぽいところとかもあり、かなりとんがってます。

しかもヴィエンツェクはハードコア・ラッパーKozaとのユニットでプロデューサー、トラックメイカー、ミュージシャンとしてヒップホップ・アルバムまで作っちゃってる。

字数の関係であまり詳しくは触れていませんが、この「ドラキュラの主題」では、ラッパーやDJ、テクノアーティストなどともよく共演している二人のバックグラウンドも強く感じさせる演奏になっています。二人が作り出す、非常に立体的な音響は聴いているとどんどんハマりますよ。

この二人、本作の前にエクアドルのベーシスト、ダニエル・トレードのアルバムでも共演しています。こちらも良いですねえ。

今ポーランドのジャズ・シーンでは、ヴィエンツェクやオジェホフスキと同じ地平に立つ、新しいセンスでジャズを捉えている若手アーティストがどんどん出てきています。最後にそうした人たちのアルバムをいくつか。


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